41話「寝起きドッキリで邪竜さんがブチ切れたようです」
「あの、賢者の石さん。」
<なんや?>
バキッと純魔晶の砕けた音が耳に届く。もちろん、俺たちが引き起こした音ではない。
「あの邪竜、なんか唸り声上げてない?」
<奇遇やな、ウチもそんな気がしとってん。>
破砕音と共に透明な壁に亀裂が走り、砕け、邪竜を封じている壁が崩れていく。
そして邪竜の顎が開いていき、太くて鋭い牙がギラリと顔を覗かせた。
「グゥワァァァァァオォォォォ!!!!」
邪竜の咆哮が響き、分厚い純魔晶の壁越しでもビリビリと振動が突き抜け、山を揺らす。
触手で身体を固定していたお陰で尻もちを着かずに済んだのは幸運だった。
「ちょおおおお! アイツ死んでたんじゃないの!?」
<知らんがな! アンタこそ魔物の気配分かるんとちゃうの!?>
「魔力を感知出来るってだけだよ! あんな濃い魔力の中にいたら感知もクソも無いって! それよりどうすんのさ、アレ!」
<落ち着きいや。やることは変わらへん。光の剣で邪竜をぶった斬るだけや!>
それもそうだ。少々不意をつかれたように感じてしまったが、むしろノーリスクで光の剣を起動出来たのだから当初に想定していたよりも状況としてはずっと良い。
とはいえ――
「・・・・・・あんなの、本当に倒せるの?」
あの邪竜は俺が今まで見た中で断トツに強い魔物だ。六本脚でさえ赤子どころか蟻んこ同然だろう。
それを巫女たちの支援があるとはいえ、俺一人と剣一本でどうにか出来るのか。
<さてな。言うたかもしれんけど、ここまで全部ぶっつけ本番なんや。それでもウチはウチに作れる最高の武器を作ったつもりや。>
確かに使い勝手はどうあれ、これだけの威力を発揮する武器は魔女の武器庫をひっくり返しても拝めないだろう。
<せやけど・・・・・・これでもちと足りひんか? なんちゅーバケモンや。>
そう、これでは威力が足りない。アイツにとってはいいとこ爪楊枝くらいにしかならなさそうだ。
・・・・・・ちょっと足りない、どころじゃ無いな。
「ならどうするの? 逃げるなら今だよ?」
<アホ言いな! やり直しはもう利かんのや!>
「分かってるよ、言ってみただけ。で・・・・・・何か案は無いの、賢者さん?」
<ちょい待ち・・・・・・考える!>
「なるべく早くお願いね・・・・・・こっちは暴れる光の剣を押さえこむだけで精いっぱいだから!」
会話している間にも巫女たちから送られる魔力を喰らい、刃を伸ばしていく光の剣。
しかしこのままでは光の刃が邪竜へ届く前にアイツが動き出してしまいそうだ。
<それや! 暴れさすんや!>
「そんなことしたら余計に手が付けられなくなるよ!?」
<構へん! 光の剣は魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほど威力が上がり続けるんや・・・・・・理論上はな!>
「それはそうなんだろうけど・・・・・・。」
暴れる光の刃は今以上に純魔晶を砕き、更に魔力を溢れさせるだろう。
そしてその魔力を吸い、光の剣は威力を増す。ただし、制御も困難になっていくのだ。
今でも触手を複数本使って光の剣と自分の身体をぐるぐる巻きにし、触手の先端を地面に深く突き刺して固定している状態だというのに、これ以上暴れられたら吹き飛ばされる可能性もある。
「私が制御できる保証は無いよ?」
<そこは根性でなんとかせえ! アイツに剣を振り下ろす一瞬だけ制御出来たらそれでええんや! アイツが動き出したらそれこそもう手ぇ付けられへんで?>
今でも触手をフルに使っていっぱいいっぱいの状況だってのに無茶を言ってくれる。
けれどもその無茶を通さなければならない状況でもあるのは間違いない。
空を飛ばれでもしたら邪竜を倒す可能性はグンと下がってしまうだろう。
覚悟を決めるしかないのだ。
「・・・・・・分かったよ。クアナたちは大丈夫?」
(っ・・・・・・はい! 任せて下さい、御使い様!)
苦しそうなクアナの声が頭の中に響く。彼女たちも限界が近いのかもしれない。
<ハハハッ、どっかの御使い様とは根性の入り方がちゃうな!>
「うるさいよ! それじゃあいくよ、皆!」
邪竜に真っすぐ向けていた刃先を切り上げるように動かした。
光の刃と純魔晶が触れ、ギギィと悲鳴を上げる。純魔晶が砕け、溢れた魔力が光の剣へと吸収されて光の刃の威力が増す。
そして制御の利かなくなってきた光の刃が右へ左へ、上へ下へと暴れて更に純魔晶を砕き、加速度的に魔力が増えていく。
「うわぁ・・・・・・っ! これ・・・・・・止まらないっ!」
触手だけで支えるのはもう無理だ!
もっと物理的な何かで・・・・・・!
「そうだ!」
地面に突き刺した触手から、触手の中に土を取り込み固めていく。
あっという間に俺の身体を覆う土の触手が出来上がった。
魔力で強度を上げた土の触手がギリギリと締め上げ、俺の身体と光の剣を支える。
<よっしゃ! これならいけるで!>
光の刃が鞭のようにうねり、純魔晶を破壊していく。
数十倍に膨れ上がった魔力はもう殆ど制御出来ていない。
暴走に近い状態で光の刃は膨張を続け、遂に邪竜の喉元に届くまで成長した。
<今や! 振り下ろすんや!>
「言われなくても・・・・・・っ! ハァァァッ!!!」
ガチガチに固めた土の触手を操作し、振り下ろす。
しかし無理矢理動かしたせいで触手を巻き付けていた腕からボキリという嫌な感触と、激痛が襲ってきた。
「ぐぁ・・・・・・っ!!」
反射的に刃先がズレ、僅かに狙いが逸れる。
振り下ろされた光の刃は、邪竜の片腕をバターのように切り飛ばした。
痛みを感じたのか、邪竜が一際大きな咆哮を上げる。
「グギャアァァァァァァッ!!!」
<アカンもう一回・・・・・・なんや!?>
邪竜が翼を大きく広げて羽ばたかせると、ヤツを覆っていた純魔晶の壁が弾け飛んだ。
今の痛みで邪竜が完全に覚醒してしまったようだ。
純魔晶の檻から解き放たれた邪竜はゆっくりと空へ浮かび上がっていく。
ギョロリと濁った眼球が動き、俺の姿を捉えた。
「グルァァァァァァァァァオ!!!!!!」
「えー、おはようございます・・・・・・じゃないよね?」
寝起きにぶん殴られて怒り心頭・・・・・・といったところか。




