36話「教育はスパルタで」
「おかえりなさい、御使い様!」
「ただいま、みんな。」
さらに広がった野営地に戻った俺を、クアナたちが出迎えてくれた。
「皆さんがお待ちですよ。」
再開の挨拶もそのままに族長たちが待つ天幕へと案内される。
天幕をくぐると、集まっていた族長たちの視線が一斉にこちらへ向けられた。
「お戻りになられましたか、光の使者様。首尾は如何ですか?」
「えーと、何も問題ありませんよ。穢れは全て浄化されました。」
「おぉ、それは素晴らしい!」
「それで、私が居ない間はどうでしたか?」
「兵たちの訓練を行うと共に、出立の準備を整えておりました。ただ、光の使者様がいつお戻りになるか分からなかったため、出立には今しばらくお時間を頂く必要が・・・・・・。」
確かに、俺がいつ帰ってくるか分からなければ食料などの準備は難しいだろう。
「分かりました。では準備が済み次第、”約束の地”へ向かいましょう。それでいいんだよね、クアナ?」
クアナに確認すると、彼女が頷いて答える。
「はい。”約束の地”ではまず、隠された神殿の封印を解いていただくことになります。」
「え、神殿? 封印? 何それ初めて聞いたんだけど。」
<今初めて言うたしな。>
「イシも知ってたの? もしかして知らなかったのって私だけ?」
<知っとってもどうしようもあらへんしな。>
「それはそうだけど・・・・・・。」
話によると、霊峰オストーラを取り囲むように四つの隠された神殿があるらしい。
まずはそれらを確保しなければならないそうだ。
「で、その神殿って何のために必要なの?」
<光の剣が真の力を発揮するには、その神殿で巫女が祈りをささげる必要があるんや。>
なるほど。
ただ真の力を発揮したところで、あのライターの火みたいなの光の刃がどうにかなるとも思えないのだが。
「必要性は分かったけど・・・・・・神殿の場所は?」
<大体分かるで。近くへ行けばもっとはっきり分かるようになるわ。>
つまり、その神殿とやらまでクアナたちを連れて行けばいいって訳か。
「だったら、私が先に神殿の封印を解いてこようか? 私だけなら箒で飛んでいけばすぐだし。」
場所の下見も出来るし、一石二鳥だろう。
<いや、止めといたほうがええで。>
「どうして?」
<あの辺りは魔力もかなり濃くなっとるから魔物も多いはずや。封印を解いてる間に襲われても知らんで。>
封印を解いている間はしばらくの間、無防備になってしまうらしい。
そんなところを襲われては堪ったもんではない。
<せやから、その間に護衛してくれるもんも連れて行かんとアカンのや。>
「でも、六本脚に手も足も出なかった人たちを連れて行っても無駄な犠牲が出るだけじゃ・・・・・・。」
しかも風の民たちが苦戦していたのは”約束の地”から追い出されたはぐれ個体である。
それよりも強い六本脚なんて相手にも出来ないだろう。
<そこでウチの出番やがな!>
「出番って・・・・・・まだ何か便利な機能でもあるの?」
<それは見てのお楽しみや。とりあえず戦い方も覚えてもらいたいし、前哨戦と行こか。>
賢者の石が各種族から強い者を十人ほど集めるように指示を出し、クアナたちがそれに従う。
しばらくすると俺やクアナたちを含めて、五十人近い大所帯が出来上がった。
そしてこの人数で”約束の地”のある方角へ向かって進み始める。
その道中、賢者の石の作戦が各種族の者たちに伝えられていった。
「そのような方法で本当に”約束の地”に巣食う魔物を倒せるのでしょうか、賢者の石様。」
<なんや、ウチを信じとらんのか?>
「い、いえ、そのような事は決して!! ですが、私たちではあの魔物に敵わなかったのは事実なのです。そんな私たちに光の使者様をお守りすることが出来るのか・・・・・・。」
<ウチの言うことをちゃんと聞いたら大丈夫やて!>
こうして緊張の面持ちを見せる彼らと共に数日間歩を進め、遂に”約束の地”の端の端へと辿り着いた。
<そろそろ魔力が濃くなってきたな、頼むで御使い様。>
「はいはい・・・・・・”障壁展開”っと。」
起動語を唱えると俺たちを包むように結界が展開され、中の魔力が薄まった。
”内地”で使ったものと同じ機能だが、今回のはかなり広く展開されている。
「おぉ・・・・・・身体が軽くなった! 先ほどまでの倦怠感がウソのようだ!」
<さて、それで誰から行くんや?>
賢者の石の言葉に、騒いでいた者たちが口を閉ざした。
そしてしばらくの沈黙。
「わ、我らに行かせてもらえないでしょうか、賢者の石様!」
名乗り出たのは風の民の一人であった。
<よっしゃ! その意気や良し! ほんなら一番手は風の民に任せよか!>
風の民たちを先頭にし、”約束の地”の領域へと足を踏み入れていく。
すると、いくらもしないうちに一体の魔物が釣れた。
「あ、あれは・・・・・・ヌシ!?」
「いや、あのヌシよりも更に大きいぞ!?」
姿を現したのは真っ黒な毛皮で身体を覆った六本脚の魔物であった。
こちらの人数を警戒してか、遠巻きに様子を窺っている。
ガタガタと膝を震わせる風の民たちに賢者の石が檄を飛ばす。
<何やっとんのや、さっさと行かんかい!>
結界の端に立ち、震えながら武器を構えた彼らを与しやすいと取ったのか、地面を蹴って一気に襲い来る六本脚。
「ひ、ひえぇぇぇぇ!!」
「うわぁぁぁ!!」
その様子に半ば腰を抜かすように逃げかえってくる風の民たち。
<おぉ、その調子や! 中々ええ芝居やで!>
「芝居じゃないですうぅぅぅ!!」
芝居かどうかはさておき、事は賢者の石が立てた作戦通りに進んでいる。
一足跳びに風の民たちに追いついた六本脚は、同時に結界の中へと入り込んだ。
一番後ろに居た一人に剛腕から伸びた爪が届くかというところで、六本脚の巨体がぐらりと揺れ、その勢いのまま倒れ込んで地面を轟かせた。
その様子を呆然と見つめる風の民たち。
<何をやっとんねん! さっさと止め刺さんかい!>
「う、うおぉぉぉ!」
賢者の石に一喝され、風の民たちが雄たけびを上げながら倒れた六本脚に武器を突き立て始める。
分厚い毛皮に殆ど刃は通らないが、それでもダメージは少しずつ蓄積していく。
六本脚も倒れた状態でもがいて抵抗するが、先ほどまでの力強さは無い。とはいえ、当たれば大怪我は免れないだろう。
慎重に避けながら一撃、一撃と攻撃を加えていく。
そして・・・・・・風の民たちの喉が枯れた頃にとうとう六本脚の命は尽きた。
「や、やった・・・・・・。」
賢者の石の作戦というのは、結界の中に魔物を誘い込むことである。
魔力の濃い場所から一気に魔力の薄い結界内に入ったことにより、魔力欠乏のような症状が出たのだ。
そこをタコ殴りにして六本脚を倒したというわけである。
肩で息をしながらへたり込み、勝利の余韻を味わう風の民たち。
信じられないという顔で、返り血に染まったお互いの姿を見つめ合っていた。
だが、息を吐くのも束の間。
<さて、次は誰がやるんや?>
賢者の石のスパルタ教育は始まったばかりであった。




