35話「裏舞台へ」
「け、消すというのは一体・・・・・・?」
「文字通りの意味ですよ。」
そう答えながら水の民の長であるズミアスの方に視線を向けた。
「ズミアスさん。黒い石は持って来ていますよね?」
俺に問いかけられ、少し焦った様子で答える。
「え、えぇ。放置しておいて万が一にでも魔物に奪われてしまっては大変なことになりますから。」
「では、ここに一つ持って来てもらえますか?」
「わ、分かりました。外の者に持ってこさせましょう。」
そう言ってズミアスが天幕の外で待機していた見張りに伝え、黒い石を持ってこさせた。
俺は黒い石を受け取ると、皆が見えるように一度置く。
「では、よく見ててくださいね。」
一度置いた黒い石を再び拾い上げる。
「き・・・・・・消えた!?」
次の瞬間には、俺の手にあった黒い石はきれいさっぱり消えて無くなっていた。
まぁ、インベントリに入れただけなのだが。
傍から見れば消えたようにしか見えないだろう。
「こういう事です。実は”色無し”たちを滅ぼすことが、神から賜ったもう一つの使命なのです。」
これも賢者の石が考えた設定である。
「な、なんと!? そうでしたか・・・・・・。対応を急がせます。」
「よろしくお願いしますね。」
それから各種族に通達がいき、後日捕まっていた闇の民たちが全員平原に集められた。
彼らを奴隷として使っていた者たちからは不満の声もあったが、先の設定のおかげで納得させられたようだった。
集まったのは千人まではいかないが、結構な数である。何も知らされていない彼らの表情は不安げだ。
そして大勢の野次馬たちが彼らを囲んでいる。
「それでどうするの、賢者の石?」
<いきなりっちゅうのも可哀相やしな、あの子らにちょっと説明したるか。>
賢者の石から微弱な魔力の波動が広がる。
闇の民にだけ聞こえる波長で語りかけているのだそうだ。
波動が響くにつれて、彼らの表情に安どの色が灯っていく。
「ひ、光の使者様、今の魔力は・・・・・・?」
「えーっと・・・・・・彼らを落ち着かせる魔法です。暴れられても迷惑ですから。」
「おぉ、なるほど! 流石は光の使者様です。」
俺が族長の相手をしている間に、闇の民たちは現状を理解出来たようだ。
<よっしゃ、ほんならやってまおか!>
「分かったよ。それで、何をすればいいの?」
<”障壁展開”してくれたら、あとはウチが制御するわ。>
「了解・・・・・・”障壁展開”!」
起動語を唱えると、闇の民たちを包み込むように魔力障壁が展開された。
そして障壁内の魔力濃度が徐々に薄くなっていく。
中に居る闇の民たちが眠るように倒れ、一人、また一人と魔石化していった。
一時間もしない内に障壁内の闇の民たちは全員黒い石になり、転がっていた。
「おぉ、あれだけ居た”色無し”たちが・・・・・・。さすがは光の使者様。」
野次馬たちがざわつく中、落ちている黒い石を巫女たちと協力して拾い集め、それらをインベントリに収納していく。
全てを集め終えると、族長たちが近寄り話しかけてきた。
「これでようやく”約束の地”の奪還へ挑むことが出来ますな。」
「いえ、まだです。」
「それはどういう事でしょうか、光の使者様?」
「まだ”色無し”は残っていますから、彼らを滅ぼしてきます。」
「では我らもご同行致しますぞ!」
「”色無し”討伐は私一人で行ってきます。貴方たちはここに残って”約束の地”奪還の準備を進めて下さい。」
「しかし、光の使者様をお一人で行かせるなど・・・・・・。」
これから闇の民たちが集まっている”外地”へ赴き、魔石化した闇の民たちを戻していかないといけないのだ。
そこへ付いてこられるのは正直言って邪魔なだけなのである。
「私の箒は一人乗りですから。それとも、走って付いて来ますか?」
「い、いや、それは・・・・・・。」
「そういう訳ですから、皆さんはこちらで準備をお願いします。」
「・・・・・・承知しました。こちらはお任せください、光の使者様。」
会話を聞いていたクアナが声を上げる。
「私たちも置いて行かれるんですか、御使い様!?」
「・・・・・・ごめんね、今回は一人で行ってくるよ。少し時間が掛かりそうだしね。」
あれだけの量の魔石化した闇の民たちを元に戻さないといけないのだ。数日で終わらせるのは難しい。
彼女らを連れて行けば、その間は障壁を張った家の中に閉じこもってもらわなければならなくなる。
それならばこちらで自由に過ごしていてもらった方が良いだろう。
「そ、それだとわたくしたちではなにもできませんわ・・・・・・。」
「たいくつだしなー。」
「気持ちいいことなら出来る。・・・・・・しないの?」
「ゎ、私は、め、面倒だから、い、行きたくない。」
「あはは・・・・・・。分かりました、私たちもお留守番しています。」
「うん、お願いね。」
巫女たちに別れを告げ、箒に跨って広大に広がった野営地を後にした。
そして見えなくなったところで地面に降り立つ。
<どないしたんや、こないな場所で降りて?>
「ここからは転移陣を使って行こうかと思ってね。」
<それなら野営地から行けばよかったやん。>
「巫女たちならともかく、緊急事態でもないのに大勢の目に晒すのは良くないかと思ってね。一応未来の技術だし。」
<確かにそうやな。>
地面に魔力を流し、土を操って適当な小屋を作り上げる。
その中に”内地”で設置していた転移陣を描いたプレートを敷けば完成だ。
「それにしても、本当に私一人で来て良かったのかな?」
<せやかて全員連れて行くのは無理やて自分でも言うとったやないか。>
「そうなんだけど・・・・・・。未来では光の使者と全員が力を合わせて闇の民を倒したみたいな話になってたから。」
<ん~・・・・・・せやけどその伝わっとる話がホンマやとは限らんやろ。深く考える必要もないんちゃうか。>
確かに、後世の人間が都合の良いように話を改竄した可能性も考えられる。
いや、むしろその可能性が高いのかもしれない。なぜなら、魔力の濃い地域に彼らが踏み込むことは難しいのだから。
「・・・・・・そうだね。よし、出来た。」
<よっしゃ、ほんなら行こか!>
こうして俺は再び”外地”へと舞い戻った。
”外地”では”内地”から送った住民と共に盛大に歓迎され、宴が催された。
そして翌日から魔石化した闇の民の復元作業を始め、ひと月以上の時間を掛けて全員を元に戻すことに成功したのだった。
毎日復活祭なんて開いてなければ、もうちょっと早く終わらせられたのだが・・・・・・。
ともあれ、これでようやく準備は整ったのだ。
俺を崇める闇の民たちに別れを告げ、野営地へと帰還したのだった。




