33話「後退」
「よし、これで終わり・・・・・・っと。」
転移門の設置を終えた俺は軽く伸びをし、ガラガラの倉庫から外へ出た。
地下なので外の様子は分からないが、そろそろ陽が沈む頃合いだろう。
「クアナたちの話は終わったかな? しかし今日はどうしようか・・・・・・。」
<何や、何か問題でもあるんか?>
俺の独り言に、賢者の石が反応する。
「陽のあるうちに皆を連れて魔力の濃い場所から退避するのが難しいなと思って。」
自分は平気だが、皆はそうもいかないのだ。
最悪俺が皆を背負って強行軍するしかないだろう。
<そんなことかいな。ウチに任しとき!>
「任せろって、何か案でもあるの?」
<まずはな――>
俺は賢者の石に言われるがまま一軒の空き家を確保した。
集落は空き家だらけなので、一声かけただけで好きな場所を使っていいと言われたのでこれは簡単だった。
「で、家は借りられたけど・・・・・・この家をどうするの?」
<なら、光の剣の”障壁展開”を使うんや。>
光の剣にはいくつかの機能があり、”障壁展開”はそのうちの一つを起動する起動語らしい。
俺が光の剣を構えて空き家に向かって起動後を唱えると、空き家を包み込むように結界が出来上がった。
<こんなもんかな。中に入って確かめてみてや。>
結界に足を踏み入れると、中の魔力濃度がかなり薄くなっていた。
これなら皆も楽に過ごせそうだ。
<どや、中々便利やろ?>
「うん、ありがとう。これでクアナたちも休めそうだよ。」
その場を離れて再び巫女の家に戻ると、皆が死屍累々となっていた。
「ポポネンさん、話はもう終わりましたか?」
「伝えなアカンことはもう伝えました。」
ポポネンがチラリと俺の手に収まっている光の剣に目を向ける。
「賢者の石様もお勤めを果たせそうで何よりです。寂しゅうなりますわ。」
<今まで世話になったな、ポポネンちゃん。ススーナちゃんにもありがとう言うといて。>
俺はクアナたちを引き取り、用意した空き家へ担いで連れて行くと、彼女たちの体調はたちまち回復した。
「すごく体が楽になりました、御使い様!」
<せやろせやろ! ウチに感謝するんやで!>
「はい、ありがとうございます、賢者の石様!」
クアナは素直だなぁ・・・・・・。
「フーエとフーケも大丈夫?」
やはり一番心配なのは俺よりも小さな二人だ。
だがそれは杞憂だったようで、今は二人とも元気そうだ。
「はい、だいじょうぶです。」
「だいじょうぶじゃないよ! しぬかと思ったんだから!」
「あはは・・・・・・二人とも問題は無さそうだね。ドーチェは平気?」
「ん。平気。」
「あれ、ルエンは?」
「寝るって言ってた。」
「分かった。ちょっと様子を見てくるよ。」
ルエンの寝室まで行き、扉をノックする。しかし返事がない。
嫌な予感がして扉を開け放つと、ベッドの上に大の字になって寝転んでいるルエンの姿を見つけた。
「えっと・・・・・・ルエン?」
「ど、どうしたの、み、御使い様。」
「いや、返事が無かったからどこか身体を悪くしたのかと思って。」
「べ、別に平気。む、むしろあれだけしんどかったのに、もう歩き回ってる方が、い、異常。」
そう言われればそうかもしれないが・・・・・・。
気怠げに答えたルエンには、見る限り問題は無さそうである。
「そ、そう・・・・・・。今日はここに泊まるからゆっくり休んでくれて良いよ。」
「それなら、あ、安心。」
その後は夕食まで皆思い思いに過ごした。
夕食の時間になればルエンも起き出してきて、食べ終えたと思ったらまた部屋へと戻って行った。
体調がどうのというよりも、生粋の引きこもりなのだろう。まぁ、俺も人の事は言えないが。
自分も部屋へと戻り、ベッドの上で足を投げ出す。
何気無しに習慣になってしまった未来から送られてきたメッセージのチェックを行うため、メニューを起動させる。
<おもろそうな魔道具使ってるやん、御使い様。>
「え、もしかして見えるの? 他の人には見えないはずなんだけど・・・・・・。」
<まぁ、ウチは魔力の流れには敏感やからな。で、それは何なんや?>
興味津々な賢者の石に、ゲームメニューの魔道具の説明をしてやる。
<へぇ、便利そうやん。使えたら、の話やけど。>
「はは、普通の人が使うには消費魔力がね。」
他愛ない会話をしながら、メッセージを開いて中身を確認する。
「え・・・・・・っ、あれ!?」
開いたメッセージを見て、思わず声を上げてしまった。
<なんやいきなり素っ頓狂な声出して。何かあったんか?>
「メッセージが・・・・・・元に戻ってる!」
<めっせーじ? あぁ・・・・・・なんや手紙みたいなもんやったか。それがどないかしたんか?>
「読めるようになってた部分が、また読めなくなっちゃってるんだよ!」
そう、今まで七割以上が読めるようになっていたメッセージが、三割近くまで文字化けして読めなくなってしまったのである。
読めていた部分はメモして残していたためそこまでのダメージは無いが、今まで順調だっただけにショックが大きい。
<要点が掴めんな。もうちょい詳しく話してくれるか?>
賢者の石に今までのことを時間をかけて詳しく説明していく。
俺が未来から来たらしいことも含めて。
<なるほど、御使い様ってのは未来人のことやったんか。>
「自分で言っといてなんだけど・・・・・・信じるの?」
<せやな。なんや妙に納得がいったわ。御使い様いうのに全然神々しないし。>
それはそう。返す言葉も無い。
<つまり、その”めっせーじ”が読めんようになったっちゅーことは、今のままいけば御使い様の知る未来からズレてまうってことか。>
「私の仮説通りなら、ね。」
<その仮説は間違ってへんと思うで。ついでに原因も分かったわ。>
「本当に!?」
伊達に賢者を名乗ってるだけはある。
<原因は多分闇の民やな。>
「闇の民って・・・・・・彼らが何かするの?」
<何もせんのが問題なんや。>
「えーっとつまり・・・・・・”外地”や”内地”の闇の民たちに何かをさせるの?」
<ちゃう。他にも居るやろ・・・・・・捕まっとるのが。>
「あ、そういえば・・・・・・。」
水の民や地の民たちに捕まっている闇の民たちか。
<御使い様の知る未来に闇の民が居らんかったっちゅーことは、そこに闇の民が混ざっとるのはマズイってことやろ?>
確かにそうだ。闇の民は一度、彼らの歴史から消える必要があるのだ。
今まで保留にしてしまっていたが、ここに来て立ちはだかる問題となってしまった。
<まぁ大丈夫や。ウチに任しとき!>
そう言って、賢者の石はとある計画を語って聞かせてくれるのだった。




