29話「一冊満足」
「え・・・・・・や、やだ。」
俺が神言について聞いた時のルエンの答えである。
ひょっとして嫌われてる・・・・・・?
「ど、どうしてダメなのかな? 次に行く場所だけでも教えてもらえれば・・・・・・。」
ルエンは窓の外を眺めたまま答える。
「それだと・・・・・・い、意味ないから。」
「そ、そうなんだ・・・・・・。それじゃあ、どうすれば一緒に行ってくれる?」
「・・・・・・わ、分かんない。」
そう言ってルエンは窓枠に伏せるようにしてもたれかかり、溜め息を吐いた。
こうして後ろ姿だけを見ていると、深窓の令嬢のようだ。
「そんなこと言わずにさ。私たちと一緒に行こうよ、ルエンちゃん!」
横でそんな俺たちのやり取りを聞いていたクアナがルエンに呼びかけた。
しかしルエンはやる気なさげに視線をチラリとクアナに方へ向ける。
「あなたはどうして巫女なんて、で、出来るの?」
不意に投げかけられた質問に、クアナは少し怯みながらも答える。
「それは・・・・・・神言が視えるからだよ。」
「そ、それだけで、どうして巫女をしなくちゃいけないの?」
「だって、他の人には・・・・・・視えないから。言わなくたって、ルエンちゃんには分かるでしょ?」
「・・・・・・フフ、そ、そうだね。け、結局は、私がやるしかないんだもんね。」
諦めたように乾いた笑いを漏らし、再び窓の外に視線を戻すルエン。
先ほどまでの騒ぎがウソのように、舞台の周囲は静かだ。
まぁ、大半が自宅療養中だからであるが。
「なにいってんだ、ルエンのねーちゃん?」
「しーっ、オトナにはふかーいじじょうがあるのよっ。」
フーエとフーケがこそこそと囁き合っている。
「で、でも、御使い様が来てくれたことには、か、感謝してるよ。」
「え、そうなの?」
嫌われているのではないかと思っていただけに、ルエンの言葉は意外だった。
「わ、私が次の巫女を見つける必要がなくなったから。だから・・・・・・そ、そこは感謝してる。」
「そ、そうなんだ・・・・・・。そんなに嫌なことなの?」
自分が嫌なら、さっさと次の人にバトンタッチしたいと思いそうなものだが・・・・・・。
「つ、次の巫女見習いを見つけた時、さ、最初に何をするか、し、知ってる?」
俺の内心を感じてか、ルエンがそんな問いかけをしてくる。
当然答えは知らないので首を横に振るしかない。
「そ、その子の葬儀をするんだ。まぁ、け、形式的なものだけど。それでも、そ、そんなのはやりたくない、から。」
俗世との関りを断つ、という意味合いらしい。
クアナの方へ視線を向けると、その視線に気づいたクアナが苦笑いを返してくる。
どうやら本当のことのようだ。確かにそんなのは御免被りたいな。
でもそう考えられるあたり、ルエンも心根は良い子なのだろう。
「そ、その様子だと、ほ、本当に知らなかったのね。」
「私は神言の内容さえ教えてもらえれば良いからね。」
まぁ、”本物の御使い様”が居たとしたら分からないけど。
俺としてはいちいち回りくどいことをせずとも、神言さえ分かれば良いのだし。
「じ、じゃあ、神言の内容も、し、知らないの?」
「知らないからこうして聞きに来てるんだよ。知ってたら私一人で済ませてるよ。」
実際自分一人で済ませた方が早く終わらせられるだろう。大所帯で移動する必要も無いし。
でも、こうして皆と旅をするのは悪いとは思わない。心の平穏に一役買ってくれているのだ。
「ひ、一人じゃ・・・・・・無理。」
俺が「そうなの?」と首を傾げるとルエンが頷いて答える。
「あ、ある意味御使い様も私たちとお、同じなのかも・・・・・・ね。」
彼女たちが視ているものが何なのかは分からないが、俺も神言に振り回されているうちの一人だと考えればそうとも言える。
「確かにそうかもね。それじゃあ・・・・・・私が何をすれば仲間として一緒に来てくれる?」
ルエンが一瞬考え、口を開く。
「わ、私を満足させてくれたら、い、一緒に行ってあげる。」
随分と要領を得ない答えだな・・・・・・。
頭を捻っていると、誰かが俺の腕を引いた。
「ドーチェに任せて、御使い様。」
「いや、多分ドーチェが考えてるのとは違うから・・・・・・。」
ドーチェに任せたら大変なことになりそうだ。主に夜の生活が。
ルエンのことを考えれば・・・・・・やはり”炎くらべ”ということになるだろうか。
「”炎くらべ”で・・・・・・ってことで良いんだよね?」
「でも、み、御使い様がやっても、だ、ダメ。」
「まぁ、それは聞いてるよ。」
ルエンはどちらが勝つか負けるか分からないような勝負が好きらしい。
ただルエンは長年の観戦の結果、集落全員の強さを把握しているため、舞台に上がった瞬間に勝敗が分かってしまうのだ。
その時の体調や訓練の結果で多少の変動はあるだろうが、彼女にとっては些細な変化なのである。
俺の実力はファイナとの”炎くらべ”でバレてしまっているし、今更舞台に上がってギリギリの勝負を演出したところで無駄だろう。
「ルエンはさ、どういう”炎くらべ”が見たいの?」
「い、命を懸けた、そ、壮絶な戦い。」
えぇ・・・・・・。
随分と無茶な注文である。
ドーチェでさえ若干引いてるぞ。
火の民の血の気の多さが、妙なところに出ているようだ。
だが火の民たちを集めて殺し合ってください、なんて言えるわけもない。
そんな状況になってしまえば、神言がどうとか言っている場合ではないだろう。
「けど、ルエンにとっての理想の戦いみたいなのはあるってことだよね?」
「あ、ある・・・・・・のかも?」
「じゃあ、それを作ってみようか。」
「つ、作る・・・・・・?」
無ければ作るしかないのだ。魔道具のように。
「実際に命を懸けた勝負なんてさせられないでしょ? ということで・・・・・・ほら、これに書いていって。」
紙とペンをインベントリから取り出し、ルエンに手渡す。
「実現させるのが無理なら、物語にしてみようってことだよ。」
「も、物語・・・・・・。」
いわゆる昇華という作業である。
これで無理なら・・・・・・二人ほど鍛えて勝負させるしかなさそうだが。
「何それ、面白そうですね!」
クアナは興味ありげだが、中身は多分血生臭いものになると思うぞ・・・・・・。
それからルエンの執筆作業が始まった。
基本的にはルエンが好きに書き、詰まったら一緒に考えたりアドバイスしたりといった形だ。
最初の内は頻度が多い、というか付きっ切りのような感じだったが、徐々にその頻度は減っていった。
内容としては、一人の火の民の少年が殺された両親の仇を取るために戦っていく、というストーリーだ。
相手を倒し、その相手の力を奪って強くなった少年がさらに強い相手と戦うのである。火の民に相手の力を奪うような能力なんて無いのだが、そこは創作なので問題は無い。
ついに仇を打ち倒し、最後は自らの復讐の炎に焼かれ少年は命を落としてしまう。他にもいくつか案は出たのだが、ルエンはこれが気に入ったようだ。
そして画力は無いが、異様に禍々しい迫力のある挿絵も添えられ、一月ほど経ったころに一冊の本が完成した。
仕上げに手持ちの材料で装丁し、ルエンに手渡す。
「おぉ・・・・・・で、で、で、で、出来た・・・・・・!」
長い時間をかけ、一つの作品を完成させたということに達成感と満足感を覚えてもらえたようだ。
思ったより時間が掛かってしまったが、誰かを訓練させて戦わせるよりかは余程マシだろう。
かくして――俺たちはようやく次の場所へと旅立てることになった。
*****
――数百年後。
とある火の民の末裔が一冊の書を見つける。
その者の判断で、その書は火の民の”闇の歴史”を記した禁書として永きにわたり封印されることとなるのだが、今はまだ誰も知らない。




