28話「フォカヌポウ」
短い挨拶を済ませると、ルエンは再び窓の方へ向き直ってしまった。
その様子を見たファイナが呆れたように声を掛ける。
「なんだ、御使い様はお眼鏡にかなわなかったのかい?」
ファイナの問いに半分だけ振り返り、ルエンが答えた。
「ぁ、圧倒的過ぎて、だ、駄目だね。」
「そりゃあオレが弱いってことかい? ん?」
眉を引き攣らせたファイナが、ルエンのこめかみを両拳でグリグリと締め上げる。
「い、いだっ・・・・・・いだだだだっ! ゃ、やめろファイナ・・・・・・!」
「とにかく、ちゃんと御使い様に挨拶しな!」
解放されたルエンが涙目になりながらこちらへ振り返りそうになったが・・・・・・。
「・・・・・・ぁ! ちょ、ちょっと待って! は、はじまる!」
そう言ってルエンは食いつくように窓から身を乗り出した。
それを見たファイナがやれやれと溜め息を吐く。
何が始まったのか気になった俺は、ルエンの邪魔にならないよう窓の外へ目をやった。
窓からは俺とファイナが先ほど”炎くらべ”をした舞台が上から見渡せるようになっており、舞台には一人の男が上がっている。
「あんなの見せられちゃ血が騒いで仕方ねぇ! 誰か相手しろや!」
男がこちらまで聞こえてくる声で叫んだ。
そして間も空けずにもう一人の男が舞台に上がってくる。
「俺が相手してやるぜ!」
舞台の周囲からは二人に向かって歓声やヤジが飛ばされている。
二人は向き合い、同時に呪文を唱えた。
舞台の中央で二つの炎が盛大にぶつかり合う。
「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
ぶつかった衝撃で飛び散る炎が二人の身体を焼き、切り裂いた。
時間が経つごとに彼らの足元に出来た血だまりは大きくなっていく。
ちらりと横を見ると「んふーっ、んふーっ」と鼻息を荒くしたルエンが、瞳を大きく見開いて食い入るようにその様子を見つめている。
そしてついに決着の時が訪れた。
「ぐわあぁぁぁぁぁ!!」
後から舞台に上がってきた男が吹き飛ばされ、舞台の上に大の字に倒れた。
同時に隣から「んほぉぉぉぉっ!!」と奇声が聞こえてくる。
驚いてそちらへ目を向けると、ルエンが舞台の惨状を見て恍惚の表情を浮かべて笑っていた。
「デュフ・・・・・・デュフフフフ・・・・・・。」
お、おおぅ・・・・・・。
俺は一瞬でもこんなのとフラムを見間違えたことを心の中で謝罪した。
しかしそれも束の間、ルエンは深い溜め息を吐くとスライムでも干したように窓枠にもたれかかった。
「はぁ~~~・・・・・・。」
「ど、どうしたの?」
「飽きた・・・・・・。」
そう言って先ほどとはうって変わり興味が削がれた目で舞台を見つめている。
「そいつは最近ずっとそんな感じなんだ。放っといて大丈夫だよ。そんなことより長旅で疲れてるだろ? 今日はうちで休んでいきなよ、御使い様。」
「えぇ、お願いします。」
ファイナの言葉に甘え、この日は彼女らの家で休ませてもらうことにした。
俺が貸してもらった部屋からも舞台が見え、そこではまた別の人たちが”炎くらべ”を繰り広げていた。
どうやら火の民は血の気が多い者が多いらしい。
そんな彼らを尻目に部屋を出て家の中を散策していると、ファイナが台所で夕食の準備をしていた。
「おう、どうしたんだい、御使い様? 腹減ったんならもうちょい待ってくれよ。」
「いえ、あの・・・・・・ルエンについて・・・・・・。」
「あぁ、あの子のことかい・・・・・・。」
ファイナは手を止め、席に着く。
彼女に促され、俺も席に着いた。
「ルエンは普通の火の民と違って”炎くらべ”をやるのが好きじゃないみたいでね。変わりに、見る方が好きみたいでな。」
巫女見習いとして引き取り育ててきたが、幼少の頃よりそうであったようだ。
しかし巫女としての力は高く、ファイナよりも炎の力は強いらしい。
「でも、さっきはあんまり元気が無いようでしたけど・・・・・・。」
「まぁ、なんてーか・・・・・・飽きてきてるんだとさ。」
「そういえば、そんな事を言っていましたね。」
「”炎くらべ”なんて言っても、勝つヤツは大体決まっちまってるしね。」
「なるほど・・・・・・。」
要するにマンネリ化してしまっているということである。
そうそう都合よく力が開花したりするものじゃないしな。
「御使い様のことは強すぎてお気に召さなかったみたいだけどな、ハハハ。」
「みたいですね・・・・・・。」
ルエンはどちらが勝つか分からないようなギリギリの勝負がお好みらしい。
俺が彼らと”炎くらべ”したところで勝つのは目に見えてるしな・・・・・・。
なのであまり俺に興味を示さなかったのだ。
「まぁ、御使い様が来たことでルエンも正式な巫女になったわけだし・・・・・・これで自覚を持ってくれるだろ!」
「だと良いんですけど。」
「よし、それじゃあオレは夕食の支度に戻るよ。」
「はい。私も部屋に戻ります。お話ありがとうございました。」
用意された部屋に戻り、寝台の上に身を投げ出す。
「とは言っても・・・・・・あの調子じゃ、こっちの用事にも支障をきたしそうだしなぁ。」
むしろ巫女であることを何とも思っていなさそうだ。
本人がなりたくてなったものじゃないだろうし。
「とりあえず、夕食が終わった後でルエンと話してみるか。」
そう心に決め、少しでも彼女と打ち解けるきっかけになればと外で行われている”炎くらべ”を夕食の時間まで眺めることにした。




