27話「後ろ髪」
合流した俺たちはフーエとフーケの風魔法で断崖絶壁を上り、谷底から脱出した。
そこからトラックに乗り、ドーチェの指す方角へ走らせる。
幾度かの夜を越えた頃、進む先にモクモクと煙を噴き上げる山が見えてきた。
「もしかして、アレがそう?」
助手席に座っているドーチェに尋ねるとコクリと頷く。
やっと着いたか、と思いながらアクセルを踏む触手に力を入れるも、そこからさらに数日を要し麓に辿り着いた。
「おー、でっかーい!」
フーケがはしゃぎながら頂上を見上げ、俺も釣られてそちらに目を向ける。
大きすぎて視界に入りきらない山の天辺から立ち上る煙は、青い空を灰色で覆い隠していた。
「それでドーチェ、火の民はどこにいるの?」
そう尋ねると、ドーチェの指は山の上の方を指した。
それに従い、トラックを走らせて山を駆け上っていくと、途中でドーチェが声を上げる。
「いた。」
彼女の視線を追うと、その先には一人の妙齢の女性がこちらを睨むように仁王立ちで待ち構えていた。
腰まで伸びた長い真っすぐな炎色の髪が風で靡き、引き締まった脚はしっかりと地面を踏みしめてその上に揺れる二つの実を支えている。
クアナやドーチェたちと同じような意匠の服を身に纏っており、どうやら巫女でありそうだ。
彼女と目が合うと、ニィと口角を上げて口を開く。
「よぉ、アンタらが御使い様御一行かい?」
「はい、そうです。あなたは?」
「オレはファイナ。火の民の巫女だよ。アンタらを迎えに来た。・・・・・・で、このデッカイ箱みたいのは何なんだい?」
「早く移動するための魔道具です。隣に乗ってください。」
ドーチェには荷台の方へ移動してもらい、ファイナを助手席に座らせる。
「おお、こりゃ早いねぇ! さすがは御使い様だ!」
「それで、集落はどちらに?」
ファイナの案内通りにトラックを走らせていくと、山の中腹辺りにある平地へ辿り着いた。
段々になった平地がスロープでつながり、石を積み上げて造られた小屋がポツポツと立ち並んでいる。
入り口辺りでトラックを降りると炎色の髪をした人たちがチラチラとこちらを伺ってくる。
ファイナの後ろに続いて歩いて行くと、土俵のような舞台のある広場へと連れていかれた。
「さぁ上がりな、御使い様。」
ファイナに言われるがままに舞台に上がると、彼女も同様に舞台に上がり俺の対面に立った。
「えーと・・・・・・何をするんですか?」
「”炎くらべ”さ! アンタの力を見せてもらうよ、御使い様!」
そう言って呪文を唱えると、ファイナの手のひらにバスケットボール大の炎の玉が出現した。
「アンタも炎を出しなよ。」
遠巻きに見ていた火の民たちがぞろぞろと集まってきた。
そのうちの一人がファイナに呼びかける。
「何やってんスか、ファイナさん!」
「御使い様が力を示して下さるってさ!」
「え、じゃあそっちにいるのが・・・・・・!」
ざわざわと集まってきた人たちにどよめきが起き、期待の目が向けられてくる。
こりゃ今更断りにくいな・・・・・・。
「はぁ・・・・・・分かりました。”火”。」
ポン、と俺の手のひらの上にスーパーボールくらいの火の玉が生まれた。
それを見た周囲の反応は、明らかにガッカリとした空気を漂わせている。
「そんなので大丈夫なのかい?」
「ええ、このくらいあれば十分ですよ。」
「へぇ、それじゃあ見せてもらおうか!」
ファイナが投げるように炎の玉を俺に向かって放った。
俺も真っすぐ飛んでくる炎の玉にぶつけるように火の玉を放つ。
舞台の中央でその二つがぶつかり合う。
接触した瞬間に俺の火の玉からファイナの炎の玉へ魔力を流し込んだ。
そしてその進行方向を180度転換させる。
「なっ・・・・・・”火”!」
ファイナは自分の方へUターンしてきた炎の玉に驚きつつも、新たな炎の玉をぶつけて相殺させた。
「な、何だい今のは・・・・・・?」
「ファイナさんの炎をちょっと操っただけですよ。」
「へぇ、ならこういうのはどうだい! ”火”!」
今度は火炎放射器のようにファイナの炎が俺に向かって襲い掛かってきた。
たしかにパワーは凄いが、それだけである。フラムの能力を近くで見ていた俺にとっては恐れるようなものではない。
新たに生み出した小さな火で触れて魔力を流し込んで操り、ファイナの炎を絡めとっていく。
全てを受け止めると、大人の背丈ほどの炎の玉が出来上がった。
その炎の玉にさらに魔力を流し、凝縮させていく。ビー玉サイズまで凝縮させると、強烈な光を放つ玉が出来上がった。
それを指先に灯し、ファイナの方へ向ける。
「どうしますか?」
ファイナはガクリと肩を落としながら答えた。
「まいったよ、さすがは御使い様・・・・・・オレの負けだ。」
周囲がどよめき、やがて歓声に変わっていく。
「さて、それじゃあオレの家に案内するよ。ルエンのやつも紹介しないとな。」
「ルエン・・・・・・?」
「オレが面倒見てる巫女見習いだよ。」
ファイナと共に舞台を降り、観客たちが作った道を通っていく。
群衆を抜け、いくつかのスロープを上った先にあった大きな家にファイナが入っていった。
俺たちも彼女に続いて家の中へ入っていく。
廊下を進んで行くと、一番奥の部屋の前で止まった。
「おい、入るぞ。」
そう言いながら返事も聞かずにファイナがドアを開け放つ。
部屋の中には、こちらに背を向けて窓の向こうのを眺めている少女の後ろ姿があった。
「ぇ・・・・・・。」
思わず声が漏れ、胸の奥でドクンと鼓動が跳ねる。
長い癖毛の揺れる後ろ姿があまりにも似ていたから。
「どうしましたか、御使い様?」
クアナに声を掛けられ、何でもないと答える。
「御使い様がおいでなさったぞ。そこから見てたんだろ、ルエン。」
ルエンと呼ばれた少女はこちらを振り向き、眠たそうな瞳でこちらをじっと見つめる。
年のころは十二歳くらいだろうか。
伸びた炎色の癖毛は彼女の垂れた大きな瞳を半分ほど隠している。
俺の知らない顔だった。思わずホッと胸を撫で下ろした。
その少女は気怠げに小さく会釈して口を開いた。
「あ。ども。」




