26話「次の場所へ」
「これでよし・・・・・・っと。」
数日かけて転移陣を刻んだプレートを設置し、一仕事終えた解放感を味わいながら腕を突き上げるようにして身体を伸ばす。
”内地”に居る闇の民がどれだけの人数か分からないので、用意してもらった倉庫ギリギリの大きさで作ったために少し時間が掛かってしまった。
だがこれで一度に二十人ずつくらいなら転移できるだろう。あとは”内地”の方に対になる転移陣を設置すれば完成だ。
「ここでの滞在ももう終わりかな。少し名残惜しいけど。」
この地下の街での生活は悪くないものだった。
他の種族に比べて文明がかなり進んでおり、毎日温かいお風呂に入ることも出来たし、フカフカのベッドで眠ることも出来た。
食事は地下で作物を育てられる畑型の魔道具のおかげでいつでも新鮮な野菜を食べることも出来る。まぁ、肉は少なめだったが。そのせいか筋肉ムキムキマッチョマンな闇の民を見かけることは無かった。
ここでの暮らしで唯一の悪い点は、陽が当たらないことくらいだろう。
「時間的には昼前くらいか・・・・・・。飛ばせば陽が落ちる前に砦まで戻れそうだ。」
クアナたちを砦で待たせているので、ここを発つのは早い方が良いだろう。
それに、ゆっくりした分だけ未来へ帰る時間も遅くなってしまう・・・・・・というのは変な話だが。
倉庫を後にし、行きかう人々と挨拶を交わしつつ長老宅へと歩を進める。
戸を叩くと、長老自らが顔を覗かせた。
「おや、どないしはりましたか光の使者様。まだ何ぞ足りんものでもありましたか?」
「こっちで出来る準備はもう終わったので、そろそろお暇しようかと思いまして。」
「ええっ、何言うてはるんですか! もっとゆっくりしていって下さってええんですよ!?」
「そうしたいのは山々なんですけど、仲間を待たせているので。」
「・・・・・・そうでっか。それならお見送りくらいはさせて下さい。」
そう言って長老が家の中に呼びかけた。
「おーい、光の使者様がお出んなるから見送ってくるわ!!」
家の奥からパタパタと足音が返ってくる。
長老の隣から顔を覗かせたのは彼の奥さんだ。
「もう行かはれるんですか? 大したおもてなしもできませんで・・・・・・せや、ちょっと待っとって下さいね。」
彼女が再び家の奥へ消えたかと思うと、今度は果実と野菜が山盛りに入った籠を抱えて戻ってきた。
「今朝畑から採ってきたものです。こないなものしかありませんけど、持って行って下さい。」
「アホか! こないなもん持たされても光の使者様が困るだけやろが!」
「せやかて他にお土産になるようなもんあれへんしねぇ・・・・・・。」
二人のお土産論議が始まる前に割って入り、ずっしりと重い籠を受け取った。
「そんなことはありませんよ、仲間も喜ぶと思います。ありがとうございます。」
食料は実際有難い。
持ってきている携帯食も無限にあるわけではないし、現地調達するにしてもそれだけ時間が掛かる。
量はインベントリに格納できるので、あればあるほど有難いというわけだ。
それに、育ち盛りの女の子が四人もいるのだ。果物なんかはすぐに売り切れてしまうだろう。
「ではそろそろ失礼しますね。お世話になりました。」
「ちょ、ちょお待って下さい。せめて入り口までお見送りさせて下さい!」
長老と街の入口にあるエレベーターへと向かう。
その道すがら、長老がすれ違う人に俺が発つことを喧伝するものだから、入り口に辿り着いたころにはちょっとしたパレードのようになってしまっていた。
「また来てな、光の使者様ー!」
「今度はうちにも泊まっていってやー!」
集まった人たちの声に手を振って応えながらエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まるとさっきまでの喧騒がピタリと収まる。
冷たい壁に背を預け、溜め息を吐いた。
「中々に大変な場所だったな・・・・・・。」
地上につきエレベーターが開くと、中に土と草の匂いが入り込んできた。
胸いっぱいに外の空気を吸い込みながら外へ出ると、葉の隙間から差し込む陽の光が鮮やかな緑を映えさせている。
ふと後ろを振り返るとエレベーターの扉はピッタリと閉まり、とても作り物には見えない大木が聳え立っていた。
今までの出来事が夢だったかのように一瞬錯覚してしまったが、インベントリを覗くと現実であったことを証明している。
「さて、超特急で戻るか。」
インベントリから取り出した箒に跨って浮かび上がり、砦の方角へ向けて加速させた。
時間をかけて歩いた森林地帯を一瞬で抜け、景色はすぐに絶壁ぎ挟まれた岩肌が剥き出しの一本道へ変わった。
「お、もう砦が見えてきた。帰りは楽々だったなぁ。」
道が分かっていると気分的にも楽に感じられる。
砦の前に降り立つと、それを待ち伏せていたかのように四人の女の子たちが砦から飛び出してきた。
クアナが満面の笑みで駆け寄ってくる。
「おかえりなさいです、御使い様!」
クアナに続いてフーエとフーケ。
「御使い様、おかえりなさいませ。」
「はぁー、ずっと退屈だったよ。アタイへのおみやげはちゃんともってきたよな?」
最後にドーチェがてくてくと歩いてきた。
「おかえり。」
「ただいま、皆。」
ジッとドーチェが見つめてくる。
「見つかった?」
おそらくは闇の民から貰った”杖”のことだろう。
ドーチェの問いに頷いて答える。
「うん。それで、次に行くところなんだけど・・・・・・。」
”内地”への行き方を聞こうとする前にドーチェが口を開いた。
「ん。次に行くところはもう決まってる。」
「え、そうなの?」
ドーチェがスッと指先をある方向へ向ける。
しかしドーチェが指した先は絶壁に阻まれているため何があるのかは全く分からない。
「その方角に何があるの?」
「火を噴く山。」
火を噴く山。確か火の民が逃げた先だったか。
どうやら次は、火の民に会わなければならないらしい。




