25話「硬くて長い棒状のもの」
地下の世界とは思えないほど光に彩られた街並みに見惚れていた俺に、闇の民の男が声を掛けてくる。
「ほな、長老様ンとこ案内させてもらいます。」
「お、お願いします。」
歩き出した男に慌てて小走りで付いて行く。
地面は平らに舗装されており、かなり歩きやすい。
道の両側に整然と並ぶ家屋からは光が漏れ、中に人が居ることを窺わせる。
天井は高く、軽く見積もっても大人十人分はありそうだ。
規則的に埋め込まれた魔力灯が、この広い空間全体を明るく照らしている。
すれ違う人々が足を止め、目を丸くしてこちらを振り返る。
まぁ、いきなり肌の色が異なる人間が現れたら驚くのも無理はない。
「・・・・・・ちゃんと服着てる。」
「そら服ぐらい着ますがな! ワテらを何やと思うとるんですか!」
全裸マントの民やと思うとりました。
どうやら古代の闇の民はちゃんと服を着ていたようだ。新たな発見である。
足が疲れてきたころにようやく男の足が止まった。
「あ、見えてきましたわ。あれが長老様の住んどる家です。」
男が指したのは周囲の家屋と殆ど変わらない建物だった。
男が扉をドンドンと叩きながら中に呼びかける。
「長老はん! 戻りましたわー!」
しばらくすると扉が開き、老人が顔を覗かせた。
「なんやお前かいな。見張りはどないしてん。まだ交代ちゃうやろ。」
「見張りはもう終わりですわ。光の使者様が来はりましたからな!」
「な、なんやて!? 光の使者様はどこや!?」
「目の前に居らはりますやん。」
そう言って男が俺の方を指す。
「・・・・・・お前ウソ言うとんのちゃうやろな?」
「何言うてまんねん! 光の使者様に失礼でっせ!」
「いや、せやかてなぁ・・・・・・。」
長老が疑うような目をこちらに向ける。
「巫女様のお言葉通り、光色の髪してはりますやん。」
「そうは言うても、ワシの孫より・・・・・・。」
「こう見えて上の魔物をバッタバッタとなぎ倒してここまで来たんでっせ! こらもうホンモノの光の使者様で間違いありませんて!」
「お前は黙っとれ。いや、失礼しました光の使者様。魔力が濃いこの場所まで来れるのは、闇の民以外やったら光の使者様くらいしか居りません。どうぞお上がり下さい。」
そう言って長老は俺を招き入れるように扉を開いた。
俺をここまで案内してきた男はそれを見てススッと俺の後ろに周った。
「ほな、ワテはここでお暇させてもらいますわ。残りの見張り期間分は休ませてもらうさかい、よろしゅうな長老はん! ほなさいなら!」
そして駆け出し、文字通り曲がり角に消えてしまった。
「あ、待たんかい! ・・・・・・はぁ。全く、あんなんやからまだ嫁さんももらえんのや。」
・・・・・・アイツ、妻も子供も居るとか言ってなかったか?
「すんまへんな、光の使者様。さ、狭いとこですが。」
「えっと・・・・・・お邪魔します。」
中に通されると、何の変哲もない一軒家だった。
居間へ案内され、席に着く。
「おい、茶淹れてくれるか!」
長老が呼びかけると、優しそうな声が返ってくる。
「はぁ~い、ちょっと待ってなぁ~。」
少し待っていると、お茶を持ったお婆さんが居間に入ってきた。
「このお嬢さんはどちらさんです?」
「光の使者様や。失礼せんようにな。」
「あらあら、そうなんやねぇ。こんなとこまで一人で偉いねぇ~。」
「あ、ありがとうございます。」
このお婆さんはかなりのマイペースらしい。
「お、お前はもう向こう行っとれ! すんまへんな、光の使者様。」
「いえ、お気になさらず。」
「光の使者様にお渡しするものがあります。少し待っとって下さい。」
そう言って長老は席を立って居間から出ていった。
しばらくして長い杖のようなものを手にした長老が戻ってくる。
「こちらです、お収め下さい。」
席を立って、その杖を受け取った。
片方の先端には拳大の丸い魔水晶が付いた台座が取り付けられ、逆側は石突きになっている。
杖になっている部分は何かの金属で作られており、細かく複雑な魔法陣がびっしりと彫り込まれているようだ。
杖の中ほどの部分は円盤が縦にくっついた形になっており、傍から見ると三色団子の真ん中だけ抜けたようなシルエットに見える。
手に持って立ててみると、俺の背丈よりも頭三つ分ほど長い。
「あの、これは?」
「闇の民が作り上げた、最初で最後の魔導兵器と伝わっとります。」
「最初で最後?」
「言葉通りの意味です。本来なら闇の民の技術で武器を作ることは固く禁じられとるんですわ。」
「何か理由があるんですか?」
「やがては世界を壊してしまうからやとか。正直、ワシらとしては魔物をどないかしたいんですけどね。」
なるほど、だから光学迷彩段ボールやら高性能レーダーはあるのに、魔物を退治出来る武器が無かったのか。
あんな技術があるくらいだから、兵器開発が進めば地球破壊爆弾くらいは作れてしまいそうだ。
「それで最初で最後の魔導兵器・・・・・・ですか。」
「えぇ、何でも邪竜を倒せる代物やとか。」
ドーチェの神言に従ってこんなところまで来てしまったが、おそらくはコレがキーアイテムなのだろう。
「せやけど、未完成っちゅう話です。詳しい話は巫女様に聞いて下さい。」
「そう言えば、闇の民の巫女は何処にいるんですか?」
今までだと巫女が迎えに来てくれていたのだが、今回はそれが無かった。
「巫女様はこの”外地”やのうて、”内地”に居られます。」
「えっと・・・・・・”内地”というのは?」
闇の民の生存圏は大きく二つに分けられる。
魔力が薄く、他の種族が住んでいる領域の外側が”外地”。
そしてその領域の中心部。現在、邪竜によって魔力が濃くなってしまっている約束の地とその周辺が”内地”ということらしい。
連絡を取るために使節団を派遣したりしているが、その一部が捕まってりしているのだそうだ。
「それじゃあ、私はこの杖を持って”内地”に居る巫女に会いに行けばいいんですか?」
「そういうことになります。そこで、光の使者様を見込んで一つお願いがあります。」
「何ですか?」
「巫女様たちをどないかして”内地”から助け出せませんでしょうか?」
それくらいなら問題無いだろう。
転移陣さえ敷いてしまえばあとは簡単だ。
「分かりました。誰も使っていない家とか倉庫とかあればそこを使わせてもらいたいんですけど。」
「それならすぐに準備させます! ちょっと待っとって下さい!」
そう言って長老は居間を飛び出して言った。元気なご老体である。
「さて・・・・・・”内地”にはどれだけ人数がいるか分からないし、少し大きめの転移陣を作った方が良いか。」
独り言をつぶやき、俺は魔法陣の設計を始めるのだった。




