24話「眠らない街」
「あー・・・・・・こっちはあきまへんな。あっち行きまひょ。」
俺の前を歩いている闇の民の男は、手に持った車のハンドルくらいの大きさがある円盤型の魔道具を見つめながらそう呟くと、くるりと進路を90度変えた。
これで何度目だろうか。
俺は怪訝な表情を浮かべながら男に問いかける。
「あの、先ほどから何度も方向転換してますけど・・・・・・何をしてるんですか?」
「いやね、魔物が居りよるんで、それを避けて進んどるんですわ。」
男によると、手元の円盤型の魔道具は魔物を探知できるものらしい。それに反応のある場所を避けて進んでいるのだそうだ。
言われてみれば結構歩いたが、魔物には一度も遭遇していない。魔道具の性能自体は良いようだが・・・・・・。
「戦わないんですか?」
「無茶言わんで下さいよ! ワテみたいなのが戦えるわけありまへんがな!」
魔法無しの俺でも勝てそうだしな。
「でも迂回してばかりだと時間かかりますよね?」
「背に腹は代えられんっちゅうやつですわ。ワテ一人だけなら迷彩箱で隠れながら進めば何とかなりますけど、二人は流石に入れませんから。」
あの箱を被って進めば、ある程度の魔物は避けて通れるらしい。
確かにあれなら鼻が利く魔物以外ならやり過ごせそうだ。
でも俺としてはそこまで時間を掛けたくない。
「・・・・・・分かりました。とりあえず集落までまっすぐ進んでください。」
「えっ!? 話聞いてはりました!?」
「魔物が出れば私が対処しますから、その時は邪魔にならないよう隠れて下さい。」
「いや、光の使者様にそんなことさせるわけには・・・・・・。」
「私の都合で早く行きたいだけですから気にしないで下さい。」
「ほな真っすぐ案内させてもらいますけど・・・・・・ワテはホンマに隠れますからね!」
そう言って闇の民の男は元の道を歩き始めた。
しかししばらく歩いていると、次第に男の歩幅が狭まってくる。
魔物探知機を持つ手は遠目からでも分かるほどに震え、膝もカクカクと笑っている。
確かにそう遠くない場所に魔物の気配はするが・・・・・・そこまで怯えるような距離ではないだろう。
だがこのままだと先に進めそうにない。溜め息を吐きながら男に声を掛ける。
「少しここで待ってて下さい。この先の魔物を倒してきます。」
「えぇっ!? ワテを置いて行くんでっか!?」
「魔物を倒したらちゃんと戻ってきますよ。集落の場所も分かりませんし。それとも・・・・・・一緒に行きます?」
そう聞くと、闇の民の男はブンブンと勢い良く首を横に振った。
「じゃ、行ってきますね。」
魔力で強化した脚で地を蹴るようにして近くの枝に飛び上がり、魔物の気配がする方へ翔けた。
枝から枝へ飛び移り、土の色を眼下に眺めながら進んで行く。
「見つけた。あれは・・・・・・オーク、か?」
豚のような頭に丸々とした人型の身体。
確かにオークのようだが、やはり俺の知るものより一回りも二回りも大きい。
その大きいのが三体、寄り集まるようにして何かを貪っている。
「喰ってるのはゴブリンか? まぁ、何にせよ集まってるなら楽でいいか。」
触手を使って音を立てないように地面に降り立ち、両手を地につけて魔力を注ぎ込む。
狙いは奴らの足元、の更に下。薄皮一枚を残すようにして、ぽっかりと空洞が出来るように土を動かしていく。いわゆる落とし穴というやつだ。
貪るオークたちを囲むように円筒状の穴を掘り進めていく。
「よし、こんなところか。」
間もなく、オークの背丈の三倍ほどある落とし穴が完成した。
あとはオークたちの立っている薄皮部分の強化を解けば落とし穴に真っ逆さまである。
「落ちろ!」
固められていた土から魔力が消え、オークたちの重みで一気に崩れる。
オークたちは一瞬叫び声を上げるも、姿と同時に掻き消えてしまった。
穴の底から何かを打ち付ける音が響いてくると、その後はオークたちの怒号が聞こえてきた。
「あとは閉じるだけ・・・・・・っと。」
今度は逆の手順で落とし穴を閉じていく。
オークたちの声が聞こえなくなり、気配が絶えたのを確認して俺は立ち上がった。
「ほかに魔物の気配は無いし、戻るか。」
来た方向へ戻り、闇の民の男と別れた場所へ着くと彼の姿は無かった。
というより、迷彩箱とやらで姿を隠していた。
光の使者様を差し置いて自分だけ隠れるとは良い根性してるな・・・・・・。まぁ、良いって言ったのは俺だけども。
場所を見定め、触手を使って迷彩箱を持ち上げる。
「ひえぇぇぇっ!! お助け~~!!」
「・・・・・・終わりましたよ。」
「え・・・・・・ホ、ホンマでっか?」
「魔物探知機で確認してみてください。」
男は円盤型の魔道具をプルプルと震える手で取り出して凝視する。
「あ、ホンマや。いや~、流石は光の使者様でんなぁ!」
調子の良い男である。
このままコイツに付いて行って大丈夫なのかと呆れながら口を開く。
「それより、案内の続きをお願いできますか?」
「ささっ、どうぞこちらへ!」
その後も何度か魔物を片付けながら森の中を進んで行くと、やがて大きな木の前に辿り着いた。
大人数人で何とか囲えるくらいの太さがある。ご神木のようなものだろうか。
「そこですわ。」
男がその大きな木を指し示す。
しかしその木の周囲には家一軒どころか人も見当たらない。
訝しげに男の方へ目を向ける。
「何もありませんけど?」
「ちゃ、ちゃいまんねん! これが入り口ですねん!」
そう言って小走りで男が木に近づき、顔の高さ辺りに生えていた枝をレバーを動かすように引いた。
すると木の幹が動き出して大きな口を開け、その中に男が入っていく。
どうやらこの大木は作り物だったらしい。近づいて触ってみなければ分からないほど精巧に作られている。
「さ、乗ってください。これで地下まで行けるんですわ。」
なるほど、エレベーターということか。こんな時代に存在するとは・・・・・・。
中に入って壁に触れてみると、ゴツゴツとした感触が返ってくる。石を削り出して作っているようだ。
「ほな行きまっせ。」
男が操作盤に触れると、扉が閉じて一瞬の浮遊感とともに動き出す。
結構な深さがあるらしく、数分かけて下へ下へと降りていく。
やがてエレベーターは底へと到着し、次第にその動きを止めた。
「お、着いたみたいでんな。」
扉が開き、男に促されるまま外へ出た。
不意に目に飛び込んできた明かりに思わず目を閉じる。
ゆっくりと目を慣らしながら開いていく。
「マジか・・・・・・。」
そこには煌々と魔力灯が賑やかに輝く地下の街が広がっていた。




