22話「外」
「御使い様、いく。」
突然ドーチェからそんな言葉を掛けられ、思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまう。
「ブフぉッ! こここ、こんなところで何言ってるのドーチェ!?」
一日と言わず、と数日休養させてもらった俺たち。今はちょうど昼食を終えたところだ。
俺の狼狽ぶりに首を傾げながらも、ドーチェが俺の袖をクイクイと引いて再び口を開いた。
「御使い様、行く。」
「あぁ・・・・・・そっちの”行く”ね。」
どうやらドーチェは俺を連れてどこかへ行きたいらしい。
引かれるまま席を立ち上がる。
「それで、どこへ行くの?」
俺の問いに扉の方を指差してドーチェが答えた。
「外。」
外・・・・・・? 散歩でも行きたいのだろうか。
それなら特に断る理由も無い。
「分かったよ。それじゃあ行こうか。」
「ん。デラ様、外に行ってくる。」
「えぇ。気を付けるのよ、ドーチェ。御使い様のことは任せたわね。」
「ん。分かってる。」
外に出るだけなのに随分大袈裟だな。
「わわ、待ってくださいよぉ御使い様、ドーチェちゃん! 私たちも行きます!」
「アタイをおいてくなよ、ミツカイサマ!」
「わたしもおともします!」
ドーチェに引きずられるように部屋を出ようとした俺に慌ててついてくるクアナたち。
そのまま通路を歩き、巨大な石扉をくぐって外へ出た。
しかし断崖絶壁に挟まれた谷底には、目を見張るようなものは無い。
「それで、外に出てきたけど・・・・・・これからどうするの?」
「外はあっち。」
「え、どういうこと? あ、待ってよ!」
スタスタと歩き出したドーチェの背を釈然としないまま追いかける。
だが歩けども歩けどもドーチェの足は止まらず、目的地に着く気配もない。二十分ほど歩いたところで再びドーチェを呼び止めた。
「えっと・・・・・・ドーチェ、何処に向かってるの?」
「外。」
「いや、もう外に出てるよね?」
「違う。外は外。」
やはり彼女の答えは要領を得ない。
答えが飲み込めないまま別の質問をぶつける。
「それじゃあ、その”外”に着くまでどれくらい時間かかるの?」
「・・・・・・たくさん。」
少し考え込んでからドーチェは答えた。
どうやら結構な距離があるらしい。
「分かった。別に歩いて行く必要は無いんだよね、ドーチェ?」
ドーチェが頷いて答えたのを確認し、俺はインベントリからトラック用の魔法盤を取り出す。
「またあれにのれるの、ミツカイサマ?」
「うん、ちょっと遠いみたいだからね。」
「やったー!」
「もう、はしゃがないのフーケ!」
魔法でサッとトラックを作り上げ、皆を乗せて走り出した。
流れる景色が段々と早くなっていく。
「早い。御使い様、すごい。」
ドーチェが身を乗り出すように助手席の窓からの景色を眺めている。
表情が読み取りにくいドーチェの瞳もキラキラと輝いているようだ。
「とりあえず目的地に着いたら教えてね。」
「ん。分かった。」
窓に顔を張り付けたまま答えるドーチェを見て笑いを堪える。
こういうところは年相応・・・・・・というかむしろ幼く見える。
そしてトラックを走らせること数時間。
「・・・・・・あの、ドーチェ? そろそろ戻らないと夜までに帰れないよ?」
気付けばそれほどの時間が経っていた。空は茜色に染まり始めている。
今なら反転して戻れば夕食までには間に合う時間だが・・・・・・。
「だめ。このまま進む。」
ドーチェはそれを許してくれそうにない。
「でも、デラが心配するよ?」
「デラ様には言ってきた。」
確かに言ってはいたけど・・・・・・あれで良かったのか?
「御使い様、外に行かないとダメ。」
そう言われると俺が引きこもりみたいなんだけど・・・・・・。
「もしかしてそれって神言なの?」
「ん。そう。」
なるほど、だからあれでもデラに通じていたのだろう。
「分かった。それじゃあこのまま進むよ。まだ時間掛かりそう?」
「たくさん掛かる。」
今日は野宿決定だな、こりゃ。
*****
翌日もトラックを走らせ続け、おやつの時間が迫ってきたころ。
「見えた、御使い様。」
視線の先に、断崖絶壁に挟まれた道を塞ぐように立っている壁が見えてきた。
よく見れば石扉がついているため、土の民が魔法で作り上げたもののようだ。おそらくは砦のようなものだろう。
「もしかしてあれが目的地?」
「ん。ドーチェはそう。」
また要領の得ない回答であるが・・・・・・ともあれ目的地に着いたらしい。
最初のペースで歩いていたら何日かかっていたか分からないな。早々にトラックを出したのは正解だったようだ。
トラックから降りて近づいて行くと、砦の中から土の民が出てきて出迎えてくれる。
「おぉ、ドーチェじゃないか。その服は・・・・・・巫女になったのかい?」
「ん。御使い様つれてきた。」
「これは失礼致しました、光の使者様。」
出迎えてくれた土の民が膝をついて頭を垂れた。
「ど、どうも・・・・・・。それよりここはどういった場所なんですか?」
「外からの魔物が入り込まないよう作られた壁です。」
つまり、この壁の向こうがドーチェの言っていた”外”ってことか。
「それで、ここで何をするのドーチェ?」
「違う。ここから先、御使い様だけ。」
「もしかして・・・・・・この先は私一人で行けってこと?」
「そう。」
「えぇ! なんで!?」
「魔力が濃い。ドーチェたち行けない。」
なるほど・・・・・・”外”ってのは人類の生息域の外という意味らしい。
であるなら彼女たちを連れていくことは出来ない。
「はぁ・・・・・・分かったよ。それで、私は”外”に行って何をしてくればいいの? 魔物を退治するとか?」
「ドーチェ、分からない。・・・・・・ごめんなさい。」
「い、いや、ドーチェは悪くないから!」
他の皆に視線を向けてみるも、一様に首を横に振る。
どうやらそれ以上の神言とやらは無いらしい。
少し落ち込んだ空気を察して、出迎えてくれた土の民が務めて明るい声を出す。
「と、とにかく皆さんお疲れのようですし、お休みになられませんか?」
「そうだね。出発するにしても明日からにした方が良いだろうし、今日は休ませてもらおうかな。」
「さ、どうぞこちらへ!」
中へ入る前に壁を見上げた。
そそり立つ壁は、まるで俺に重圧を掛けてきているかのように感じてしまう。
「一人・・・・・・か。」
思わず口をついて出た言葉は、誰にも聞かれることはなかった。




