19話「かべのなかにいる」
「こちらです、どうぞ御使い様。」
デラに案内されたのは聳え立つ断崖絶壁の目の前だった。
下から見上げるだけでクラクラと眩暈がしそうだ。
デラが手をかざすと、微細な振動と共に壁面が動き出した。
壁面から切り出された二枚の四角い大岩が観音開きの扉のように動き、その口を開けたのだ。
どうやら土の魔法で地面を細かく振動させてあの大岩を動かしているらしい。
一見地味ではあるが、かなり繊細な制御を要求される高等技術である。おそらく土の民だからこそできる芸当だろう。
俺なら魔力に任せてなんとかこじ開けることは出来そうだ。
扉の向こうには多くの土の民たちが顔を並べていた。俺たちを一目見ようと集まっていたのだろう。
デラを先頭に中に進んで行くと、集まっていた土の民たちが左右に分かれて道を作っていく。
全員が中に入ったのを確認し内側から再びデラが扉に向けて手をかざすと、今度は二つの大岩が逆に動き出しピタリと隙間なく入り口を閉じた。
こうして閉じてしまえば、この扉ならちょっとやそっとの攻撃ではビクともしなさそうだ。
中は真っ暗になってしまうかと思いきや、壁に一定間隔で取り付けられた魔力灯のおかげで意外と明るい。
しかし遠目に見た感じでも、それらの形は不揃いで造りが荒いことが見て取れる。
周囲を照らす、という要件は満たしているのだから問題は無いのだろうが・・・・・・いち魔道具製作者としては少しムズムズする。
土の民たちの視線を浴びながら中を進んで行く。彼らの中には闇の民の姿も混じっていた。青白い肌と真っ白な髪の特徴的な姿は見間違えようもないだろう。
しかし水の民の集落でもそうであったように、闇の民の姿にどこか違和感が拭えない。そしてその違和感の正体も未だ分からない。
ここでも彼らは酷い扱いを受けているらしく、明るい表情の者は一人も見当たらない。
そんな彼らの姿を横目にしながら、俺は罪悪感を振り払うように歩を進めた。
丁寧に形の整えられた通路は、ここがあの断崖絶壁を掘って造られたとは思えないように綺麗な出来だ。
通路の両隣には、先ほど見た岩扉の小さいものがずらりと並んでいる。これらの一つ一つが彼らの住居のようだ。
扉に混じって上へと伸びる階段も散見される。土の民たちはこの断崖絶壁を奥へ、上へと掘り進めて領域を拡大していっているのだろう。
デラとドーチェはそれらに目をくれる事もなく奥へと進んで行く。
最奥に辿り着くと、大きめの両扉。ここが彼女らの住居のようだ。
デラが手をかざすとズリズリと音を響かせながら岩扉が開く。外の大扉ほどではないとはいえ、この岩扉もかなりの重量がありそうだ。
「さぁ皆さん、中へどうぞ。」
巫女の家はドーム状にくり抜かれたような空間だった。
中に置かれた家具はその殆どが石で出来ており、椅子ですら持ち運んで動かすのは大変そうだ。
「ドーチェは御使い様の案内をお願いね。巫女の方々はこちらへ。」
「ん。御使い様、こっち。」
クアナたちと別れ、ドーチェの後についていく。
「ここが御使い様のお部屋。」
ドーチェが重そうな岩扉を開く。
「ず、ずいぶん分厚い扉だね」
この家に入る時のものより分厚い。まるでどこかの大手銀行にある金庫の扉のようだ。
大人数人がかりでも動かすことすら難しいだろう。
「御使い様のお部屋だから、当然。」
中に入って部屋を見渡す。広くはないが、少し大きめのベッドと机が一つずつに椅子が数脚。寝泊りするだけなら不足はないだろう。
しかしなんというか・・・・・・分厚い岩壁に囲まれているせいか玄室のように見えてしまう。ベッドを棺に変えればまさにソレだ。
ドーチェが岩扉を閉めると耳が痛くなりそうなほどの静寂が部屋の中に満ちる。
「ってなんでドーチェも一緒に?」
「御使い様のお世話がドーチェの仕事。それに、扉を開けれなかったら大変。」
「・・・・・・確かに。」
いくら安全とは言え、こんなシェルターみたいな場所に閉じ込められるのは御免蒙りたい
「でも、これくらいなら――」
デラたちのように微振動で動かすというのは難しそうだが、地面を対流させるように動かしてやれば・・・・・・。
ズズ・・・・・・と重い岩扉が開いていく。
「お、開いた。」
デラたちのやり方よりは余計に魔力を消費してしまうが、俺にとっては問題にならないしな。
これで閉じ込められるようなことにはならないだろう。
「御使い様、すごい。」
「ってワケだから、私にずっとついてる必要は――」
「それじゃあ、御使い様のお世話する。」
そう言ってドーチェは早足で部屋を出ていった。取り付く島もないな・・・・・・。
しばらく待っていると、ドーチェが水を張った桶を持って戻ってきた。
「どうしたの、そんなもの持ってきて?」
「食事までまだ時間ある。御使い様の身体拭いて綺麗にする。」
「い、いや、別にそこまでしてもらわなくても・・・・・・。」
断ろうとすると殆ど表情の変化を見せないドーチェが、俺でも分かるくらいに落胆した表情を見せる。
「ドーチェ、いらない?」
そんなことを言われると凄く断り辛いのだが・・・・・・。
「ぅ・・・・・・じゃあ、食事の時間までお願いしてもいいですか?」
そう答えると、途端に機嫌が良さそうになるドーチェ。表情はあんまり変わってないが。
「ん。デラ様も気持ち良いと褒めてくれる。御使い様もきっと気持ち良い。」
「そ、それは楽しみだね。」
「じゃあ脱がせる。」
「いや、自分で――・・・・・・お願いします。」
くっ・・・・・・その表情はズルい。
ドーチェを好きにさせていると、上を脱がされた後に今度はスカートにまで手を掛けてきたので、慌てて止める。
「そ、そっちは大丈夫だから!」
「下は拭かない?」
首を傾げながら、少し不満そうに尋ねてくるドーチェの機嫌を取りつつ答える。
「き、今日は上半身をしっかりやって欲しいな。頼めるかな、ドーチェ?」
「ん。上の方しっかりやる。」
ドーチェ促されてベッドに腰かけ、彼女に背を向けるようにして座った。
背後からは布を絞る水音が聞こえてくる。
「じゃあ、拭く。」
声と同時に冷たい布が背中に押し当てられ、俺は小さく悲鳴を上げてしまった。




