18話「谷間と絶壁」
フーエ、フーケの二人が混ざり、更にパーティの平均年齢が下がってしまったが、それでも旅は続く。
風の民の元を旅立ち、フーエの指示に従ってトラックを走らせる。
陽の高いうちは平原をひた走り、日が落ち始めると野営の準備を始める。
そうして幾度目かの朝を迎えたころ、気づけば周囲の草木は姿を消し、景色は乾いた大地と岩肌が支配する荒野へと移り変わっていた。
「もうすっかり周囲の様子が変わっちゃったなぁ。」
茶色い大地が続く地平線を運転席から眺めながら何気なく呟いた。
しかしいくら地平線しか見えないからと言って油断は出来ない。
このスピードで走っていると、所々に生えた大岩が突如として牙を剥いてくるのだ。
とは言っても・・・・・・。
「ふぁ・・・・・・。」
あくびを一つ。
やはりこう変わり映えのしない景色では退屈になってしまうのも仕方ないだろう。
戻れたら音楽を流せるような装置でも作ってもらおうか。
ゴッ!!!
トラックに衝撃が走る。
ちらりとサイドミラーに目をやると、人ぐらいのサイズがあるサソリっぽい魔物が潰れてピクピクと痙攣していた。
今ではもう見慣れた光景だ。乗客の誰も動じていない。
「フーエ、まだ真っすぐで大丈夫なの?」
助手席にちょこんと座ったままのフーエが答える。
「はい、ずーーっとまっすぐです。」
ずーーっと、かぁ・・・・・・。先はまだ長そうだ。
そうしてまた陽は落ちていく。朝になればフーエの指した方角へ真っすぐ進む。
両手では足りないくらいに繰り返していた。
そんなある時――
「と、とまってください!」
フーエの声に驚き、意識を飛ばしかけていた俺は慌ててブレーキを踏む。
トラックのタイヤがガリガリと地面を削るようにしてその速度を殺した。
「ど、どうしたのフーエ?」
言いながら彼女の視線の先へ目を向ける。
「わぉ・・・・・・。」
見渡す限りの荒野は一度そこで途切れていた。大地にできた大きな裂け目によって。
全員でトラックから降りて、裂け目の淵まで近寄ってみる。
「凄いですね、この裂け目・・・・・・。底が全然見えません!」
「何やってんだよ、クアナ姉ちゃん・・・・・・。」
クアナは何故か楽しそうに四つん這いになって裂け目の底を覗いてはしゃいでいる。一番子供っぽい。
そんなクアナを呆れた目で見るフーケ。
「このままじゃ進めそうにないね。」
向こう岸までは結構な距離があるが、回り込んで行くにしても、右を見ても左を見ても裂け目の終わりは見えない。
「こりゃ橋を作った方が早いかな。」
幸い、材料になる土は腐るほど足元にある。
トラック一台通れる橋を架けるだけなら、さほど時間も掛からないだろう。
「いいえ、そのひつようはありません、御使い様。」
フーエの言葉に首を傾げる。
「どういうこと?」
「むかうのはこの先ですから。」
そう言ったフーエの指先は、裂け目の底を指していた。
”土の民は光届かぬ地底へ”スイコさんの言っていた言葉が蘇る。
てっきり洞窟か何かかと思っていたが、こんな場所だったとは。
「けどこの下って言っても・・・・・・。」
底の見えない谷底である。
箒を使えば行けそうだが、生憎とアレは一人乗り。
四人乗りなんてしようものなら、それこそ谷底に突き刺さってしまいそうだ。
地道に階段でも作りながら降りていくしかないか。
「ごあんしんください、御使い様。ここはわたくしとフーケにおまかせください。」
「アタイたちなら、こんな穴らくしょーだぜ!」
フーエが魔法を使うと、俺たち四人の周りを丸く風の膜が包み込んだ。
そしてフーケが魔法を使うとフワリと風が吹き、膜ごと俺たちを運んで裂け目の中へゆっくりと降りていく。
「わぁ、凄い! 空を浮かんでますよ、御使い様!」
クアナがはしゃぎながら膜の中を動き回る。
「クアナお姉さま。あまり端のほうへ行くとおちてしまいます。」
「そうだぜ。そうなっても助けてやれねーからな!」
「ひゃあっ! ごめんなさい!」
叫び声をあげてぎゅっと俺の腕にしがみついてくるクアナ。
少しは落ち着いてほしいものだ。
いくらかの時間をかけて結構な底へと降りてきた。
周囲の壁面にはポツポツと小さな穴が空いているのが見て取れる。
視線を感じて目を向けると、人影がサッと隠れるのが見えた。彼らが土の民だろうか。
正体不明の視線を受けながらようやく穴の底へと辿り着くと、二人の女性が待ち構えていた。
「ようこそおいで下さりました、御使い様。」
妙齢の女性が膝をつき頭を垂れると、胸に付いた二つの膨らみがたゆんと揺れた。
大きさはセルウィと同じくらいだが、肩と胸元を剥き出しにした衣装が二つの膨らみを大きく強調している。
白を基調とした布地に茶色のラインが入った衣装で、おそらくは巫女の装束なのだろうが・・・・・・。
自然と谷間に目が行ってしまう。どこの谷間とは言わないが。
片やもう一人の少女は対照的である。
歳はクアナと同じくらいのようだが、胸元を強調するための衣装を着るには引っ掛かりが絶望的に足りなく、そのままストンと脱げてしまいそうだ。
そのため膝をついて頭を垂れると、本来なら隠されなければならない部分が覗けてしまうようになり、慌てて目を逸らす。
「えっと、二人はもしかして・・・・・・。」
「はい。ワタシは土の民の巫女、デラと申しますわ。」
デラが立ち上がると、その反動で二つの山も動く。
目を逸らして視線を下げると、今度は衣装のスリットから覗く肉付きの良い太腿が視線を誘惑してくる。
目のやり場が無い、とはこのことか。
「ドーチェ。見習い巫女。」
ドーチェが立ち上がると、支えが無い胸元の布地だけがひらひらと揺れ、何かの拍子ではだけてしまうのではと、デラとは別の意味でドキドキとさせられる。
「でも困りましたわ・・・・・・。ワタシはてっきり御使い様は男の人だと思っていたから・・・・・・。」
デラが困り顔でドーチェに視線を向けると、ドーチェはゆっくりと首を横に振って答えた。
「デラ様。大丈夫。ドーチェと同じならむしろ都合が良い。」
「・・・・・・言われてみれば確かにそうだわね。ドーチェ、流石だわ!」
二人の会話を眺めていると、慌ててデラがこちらへ向き直る。
「も、申し訳ありません。長旅でお疲れでしょうから、まずはお部屋へご案内致しますわね。」
「えっと、他の方々は大丈夫ですか?」
「はい。御使い様のご降臨の様子は皆見ておりましたから。」
ただ魔法で降りてきただけでそんな表現されると困るのだが・・・・・・。
どうやらマジックショーを披露したり、魔物退治をする必要は無いらしい。




