17話「積み上げたもの」
「ん・・・・・・何の音だ? 騒がしい・・・・・・。」
いつの間にか眠っていた俺は、外から聞こえてくる騒がしい物音で目を覚ました。
天幕の隙間からは光が差し込んでおり、すでに朝であることを告げている。
物音に耳を傾けると、まだ昨夜の宴が続いているというわけではなさそうだが・・・・・・。
「とりあえず外に出てみるか・・・・・・。」
このまま二度寝も出来そうにないので、布団から這い出すように起き上がる。
隣のクアナに目を向けると、まだぐっすりと眠っているようだ。
「まぁ、寝る子は育つって言うしな・・・・・・。」
良い事だろう、うん。
これからのクアナの成長に期待しつつ天幕の外へ出ると、風の民たちが忙しなく働いていた。
どうやら各々の天幕を解体しているようだ。
外に出てきた俺に気付いたセルウィがこちらへ駆け寄ってくる。
「も、申し訳ありません御使い様! 起こしてしまいましたか?」
「それは良いんだけど、これは何やってるんですか?」
「移動の準備を行っています。」
「移動って・・・・・・どうしてそんなことを?」
そもそもが六本脚から逃げるために移動していたのだから、元凶を倒した今となってはその必要は無いはずだ。
遊牧民というわけでもなさそうだし。
「本来居を構えるべき場所が、彼の魔物の縄張りとなってしまっていたのです。」
なるほど、六本脚がいなくなったからその場所へ移動するってわけか。
こんなに急いで移動するのだから、余程良い場所なのだろう。
彼らの作業風景を眺めていると、ふと違和感を覚える。
「あれ、ここには闇の民は居ないんですか?」
水の民の村では小間使いかそれこそ奴隷のように使われていた闇の民の姿が、ここでは一人も見当たらない。
その話をするとセルウィが俯きながら答えた。
「先代からそのような事があったと伝え聞いております。しかし先代が生まれる遥か以前のお話ということですが・・・・・・。」
それでも構わないのかというセルウィの問いに頷いて答えると、彼女は「承知しました」と先代から聞いたという話を語り始めた。
「遥か昔、風の民は闇の民が構える集落を襲い、彼らを捕縛し、”色無し”と蔑み労働力として使役していました。そんな彼らの中には、死の際に石となる者がおりました。」
ただ魔力が切れて石になってしまっただけだろうが、ここで突っ込むのは野暮というものか。
元に戻せる人が居ないと死んだも同然だしな。
「その石は捨て置かれていましたが、ある時、その石を身に纏った魔物が現れました。集落に被害を出しながらもなんとか撃退できました。その後、石は魔物を力を増すものだということが分かり、石は厳重に保管されることになりました。」
確かに、あの石をその辺に捨ててたらそうなるか。
「しかし我らは平原を彷徨う民。移動の際に邪魔になった石をこっそりと捨て置く者もおりました。」
一個や二個ならいざ知らず、五個十個と増えれば増えるほど負担になっていくわけだしな。
しかも漬物石ぐらいにしかならない荷物なんて、さっさと手放したいのも分かる。
「そんなある時、複数の石を身に纏った魔物が現れました。風の民では太刀打ちが出来ませんでしたが、当時の巫女は機転を利かせ、その身を囮にしてヌシの元へその魔物を誘導しました。」
六本脚なら相手が何であれ早々負けることはないだろう。
ただ、下手をすればその石がまるまる六本脚に取り込まれてしまいそうだが。
「魔物とヌシは相打ち共に倒れましたが、巫女もまた無事では済みませんでした。満身創痍で持ち帰った石を見習いだった巫女に託し、息を引き取りました。」
「ちょっと待ってください、ヌシと共倒れって・・・・・・それじゃあ私が倒したのは?」
「ヌシも代替わりをするのです。もっとも、私たち巫女が数代入れ替わるごとに一度といった程度の頻度でですが。」
ヌシが寿命で死んだり、新しく流れてきた”はぐれ”と争って勝った方がヌシになるといった感じらしい。
俺が倒したのはまだ若い個体だったらしく、しばらくヌシは現れないだろうという話だ。かつては何代もヌシが居ない時代が続いたこともあったらしい。
まぁ、そんなに頻繁に”はぐれ”が現れたら、それこそ毎年放映される怪獣映画みたいになってただろうしな。
「そして、石を託された見習いだった巫女の提言により、闇の民には今後関わらないことが決められました。そうして今日に至ります。」
「その石はどうなったんですか?」
「全ての石が風化し、灰になるまで代々の巫女が管理していたと聞いています。その名残で巫女の天幕が大きいのだとも。」
確かに巫女の天幕は一際デカい。
つまり、そうでなければ収まらない程の量の石があったのだろう。
「そんな大事になるまで、それまでの巫女たちは何も言わなかったの?」
「我々は巫女という立場ではありますが、民を治める立場というわけではありませんから。そうでしょう、クアナさん?」
いつのまにか起きてきていたのか、クアナも傍で話を聞いていたようだ。
「そう・・・・・・だね。やめてって言っても、民の生活はどうするんだーって言われちゃうし・・・・・・あはは。」
そうした経験があるのか、ばつが悪そうに乾いた笑みを浮かべながらクアナがセルウィの問いに答えた。
「水の民にも大小の違いはあれど、同じようなことが起きていると思います。それを踏まえての”今”なのでしょう。」
水の民は闇の民を使うことで、それなりの生活水準を維持しているのだ。
ただ闇雲に危険だと言っても納得はしてもらえないのだろう。
その危険を天秤にかけ、そちらを選んでいる現状なのだから尚更である。
「それじゃあ、水の民は石をどうしているの? 捨てているわけじゃないでしょ?」
「私は巫女になったばかりだから詳しい話は分かりませんけど、族長が地下室に保管してるって聞いてます。」
その道を選んでいる以上、巫女の助けを借りるのは筋違いというものか。
しかしその地下室はすごいことになっていそうだ。
そんな場所に魔物が足を踏み入れたらと想像するだけでぞっとする。
「さて、クアナさんも起きられたので、そろそろ良い時間でしょうか。フーエ! フーケ!」
セルウィが名前を呼ぶと、小さな巫女たちがトコトコと駆けてきた。
フーエの身だしなみはバッチリだが、フーケはまだ寝癖が跳ねている。
「御使い様、これよりこの二人が貴女様にお仕えいたします。私が共に行けないのは残念ですが、きちんとお仕えするのですよ、二人とも。」
セルウィがそう言うと、二人がこちらに向き直る。
「まかせときなって! これからよろしくな、ミツカイサマ!」
「フーケったら、またしつれいなたいどをとって! ふ、ふつつかものですが、よろしくおねがいいたします、御使い様。」
とはいえ二人ともまだ小さな子供。
この旅についてこられるのか甚だ疑問なのだが。
そんな俺の疑念を見透かしたのか、セルウィが口を開く。
「ご安心ください。二人には色々と仕込んでおりますので、足手纏いになることは御座いません。」
「そうですよ、御使い様。それにもしフーケが足手まといになりましたら、おいて行ってもらってかまいません。」
「なんだよフーエ! ムシも食べれないクセに!」
「ム、ムシなんて食べられなくたって、御使い様のやくに立てるもん!」
「よ、よろしくね、二人とも・・・・・・。」
何にせよ、賑やかな旅路になることは確定のようだ。
「それじゃあさっそく出発しようよ、ミツカイサマ!」
「ちょっ・・・・・・出発ってどこへ!?」
ぐいぐいと腕を引っ張るフーケに慌てて聞き返すと、フーエが答えてくれた。
「土の民がすむといわれている地底へ、です。」
どうやら、次は土の民に会わなければならないらしい。




