16話「ずっと一緒に」
「それではこちらでゆっくりとお過ごしください。」
セルウィに案内されたテントの中に入ると、クアナが感嘆の声を漏らす。
「わぁ、外から見るよりも更に広く感じますね!」
木で組まれた骨組みは予想以上にしっかりとしており、ちょっとやそっとの衝撃では壊れることはないだろう。
広さも一家族くらいの人数なら余裕をもって過ごせそうだ。
「わざわざ用意してくださってありがとうございます。」
「いえ、このような粗末な天幕しかご用意できず、誠に申し訳ありません。出立の際にもっと族長に言い聞かせておけば――」
「いやいや、これで十分ですから。」
このテントは俺を迎えに出る時に指示して建てさせたものらしい。
ただ意図がきちんと伝わっておらず、普通の来客用のテントを建ててしまったそうだ。
俺としてはこれで十分なのだがセルウィにとってはそうではないようで、族長のテントと交換とか、巫女用のテントと交換とか言い出した時は丁重に断った。
セルウィが下がり、ようやく一息入れる。
「ふぅ、今日は大変だったね。」
「あはは・・・・・・外はまだ賑やかですよ。」
クアナに言われて耳を傾けると、分厚いテントの幕の向こうから宴で騒ぐ風の民たちの声が聞こえてきた。
長年風の民たちを脅かしてきた魔物がいなくなったのだから仕方のないことかもしれないが、やたらと敬われてしまうこちらとしては無下にも出来ず気疲れしてしょうがないのだ。
なので夜も更けてきたということもあり、先にお暇させてもらった。こういう時は子供の身体だと便利だな。フーエとフーケも一足先に夢の中だ。
「そ、それより、御使い様の天幕に私もご一緒して良かったのでしょうか?」
「何言ってんのさ。森の中では散々一緒だったでしょ。」
「そうですけど、それはまた別というか・・・・・・。」
しかし考えてみればクアナにとっては隣にずっと上司が居るような状態である。
それでは休まるものも休まらないだろう。
「それもそうか。クアナだって四六時中私と一緒に居たら疲れちゃうもんね。どこかに天幕が空いてないか聞いてみようか・・・・・・いや、魔法で小屋を建てた方が早いかな。」
「だ、大丈夫です! 御使い様の御傍で仕えるようにスイコ様にも言われていますし!」
「流石にスイコさんもそこまでさせるつもりで言ったんじゃないと思うけど・・・・・・クアナが疲れちゃったら意味がないしね。」
「疲れてなんかいません! た、確かに御使い様と一緒に居ると緊張しちゃいますけど・・・・・・それは嫌な気持ちじゃないというか・・・・・・と、とにかく私は御使い様と四六時中一緒に居たいです!」
それはそれで・・・・・・何というか、問題発言な気が・・・・・・。
「はぅぅ! 私ったら御使い様になんてことを・・・・・・!」
顔を真っ赤にしながらわたわたと慌てるクアナ。
「わ、分かったよ。それじゃあ今日はこの天幕で寝るってことで・・・・・・。」
「ょ、よろしくおねがいします・・・・・・。」
消え入りそうな声でクアナがそう呟いた。
「うん・・・・・・じゃあ、おやすみ。」
「はい、おやすみなさい、御使い様。」
用意されていた寝具に身体を横たえると、クアナはすぐに寝息を立て始めた。
森の中で一日中歩きっぱなしだった時でも、寝袋にくるまって夜遅くまで話したりもしていたのだが・・・・・・余程疲れていたのだろう。
「でも、そこまで疲れるようなことあったっけ・・・・・・?」
平原に出てからはトラックで移動したし、六本脚と戦ったのは俺一人。
その間クアナは待って――
「あ、そうか・・・・・・。」
クアナを待たせてしまっていたせいで、かなりの心労をかけてしまったのだろう。
だからこその先ほどの言葉というわけだ。
「心配かけてごめんね。」
クアナを起こさないよう、彼女に向かって小さく呟いた。
が、その声は外から聞こえてくる喧騒に混じって消えていく。
「しかしこう五月蠅いと眠れやしない。クアナはよく眠れるな。」
眠れそうもない俺は外から聴こえてくる喧騒とクアナの寝息をBGMにしながら、新たなメッセージが届いていないか確認する。
「やっぱ新しいのは届いてないか。でも、これは・・・・・・!」
思わず声が上ずってしまう。
ほとんどが文字化けして読めなかったドクのメッセージが、一部ではあるが読めるようになっていたのだ。それと一緒に添付画像の魔法陣も一部直っている。
「”過去に干渉し過ぎるな”か・・・・・・。今の状態って、思いっきり干渉してるよなぁ・・・・・・ドウシヨウ。」
しかし見方を変えれば、正しい歴史に向かって進んでいるとも言える。
そして正しい歴史、つまりドクたちの居る時代に向かって進んでいるからこそ、メッセージが読めるようになった可能性もある。
巫女たちの言う神言とは、正しい歴史への道標なのかもしれない。
このまま神言に従って事を運んでいけば、四つの種族が交わり、いずれは光の民、つまりは人類が誕生することになるのだ。
「何だよ人類誕生って、精々が過去に戻って自分の父親と母親をくっつけるくらいでいいだろ、荷が重過ぎるじゃねーか・・・・・・。」
思わず盛大な溜め息が漏れしまった。
クアナを起こしてしまってないか、慌てて彼女の方に目を向ける。
まだぐっすりと眠っているようで、ゆっくりと上下する胸を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
まぁ、外の騒ぎで起きないくらいだから、この程度じゃ起きないか。
「でも、諦めるわけにはいかないよな。」
もし、あの娘に・・・・・・フラムに出会っていなければ早々に諦めていたかもしれない。
だがその”もし”はもう存在しないのだ。それこそ過去に戻ってやり直しでもしない限り。
もし出来たとしてもそんな事をするつもりは微塵も無いが。
「明日になったら、この先どうすればいいかセルウィさんに聞いてみるか。元々それが目的で来たんだしな。」
メッセージを閉じ、目蓋も閉じる。
「・・・・・・やっぱ五月蠅え。」
大人たちが酔いつぶれるには、もう少しの時間が必要そうだ。




