14話「きょうのわんこ」
平原の空を飛び、見映えの変わらない景色が後ろへと流れていく中、一つの大きな魔力を捉えた。
速度を落としながら近づいていくと、徐々に黒い影が大きくなっていく。
「見えた、アイツか。」
セルウィから話に聞いていた通り、黒い毛皮に六本の脚を持つ魔物。
そして俺の知っている魔物と変わらない姿でもある。
「やっぱり六本脚、か・・・・・・。」
現代で闇の民の郷へ向かう際に、散々相手をさせられた魔物だ。
剣も魔法も殆ど効かない相手ではあるが。対抗する手段は既に習得している。
地に伏せるようにうずくまっていた六本脚が、こちらに気付いてむくりと起き上がると唸りながら睨み上げてきた。
しかしその体躯は栄養が足りていないのか、ガリガリに痩せ細っている。
「あれは”はぐれ”か。だからこんな場所に居るのか。」
本来なら六本脚はもっと魔力の濃い場所に棲息しているのだが、そこでの生存競争に負け、魔力の薄い地域へと追いやられた個体。それが”はぐれ”だ。
とは言っても、そこまで弱い訳ではない。種族的な強さはそのままであるし、餓えている分だけ凶暴性を増しているため、むしろ通常個体よりも戦い難いという意見を持つ者も居るほどである。
「うわっ!」
こちらが空にいるにも関わらず、跳躍して襲ってくる六本脚を慌てて上昇して躱す。
俺の居た辺りを六本脚の爪がゴウと切り裂いた。風圧が頬を掠め髪を撫でていく。
そのまま地面に自由落下していく六本脚は、身体を猫のように上手く捻って着地した。
ギラついた目でこちらを睨みつけ、涎を撒き散らしながら吼えている。まるで「喰わせろ」と喚いているようだ。
「まったく、魔物ってのはどうして俺を餌にしたがるのかね。そんなに美味そうか?」
地上に降りようと試みるが、移動した先に六本脚がついてきて真下で待ち構えるので、これでは降りることが出来ない。
しかも高度を一定まで下げると先ほどのように飛び掛かってくる。
「じゃあこれはどうだ、ついて来れるか?」
箒を加速させると、同様に速度を上げて追いかけてくる六本脚。なんだか楽しくなってきた。
傍から見れば、少女と(超)大型犬がじゃれているようにも見えるだろう。
これがチワワとかだったら可愛いんだがなぁ。
視線を下げると、狂ったように吼え散らかす六本脚の涎がこちらにも飛んできそうだ。
「しかし随分懐かれたな。ボールかフリスビーでも用意してくれば良かったかな? いや、その前に餌か・・・・・・。」
時間を掛けて追いかけさせれば相手を疲弊させることもできそうだが、遊んでやる時間はあまり無い。
戻るのが遅くなれば、その分だけクアナ達を心配させてしまうことになるからだ。
「仕方ない、箒に乗ったまま戦うしかないか。」
地上だろうが空中だろうが相手に触れさえすればいいのだ。
それだけなら箒に乗ったままでも可能だろう。
「とは言え、どうやって近づくかが問題だけど・・・・・・そうだ!」
妙案を思いつき、魔力を溜め始める。そして限界まで圧縮させ魔撃を完成させた。
あとはこいつを叩き込んでやればいい。
「ほらほら、飛びついて来い。」
高度をギリギリまで下げて挑発すると、想定通りに六本脚がジャンプして飛び掛かってくる。
それを上昇して回避、だけでは終わらない。箒を翻らせ、地面に向かって加速。飛び上がってきていた六本脚を通り過ぎ、そこで更に箒を反転させる。
そして見上げた先に見えるのは、六本脚の無防備なお腹。
「ボディがお留守だぜ!」
一直線に上昇し、がら空きになったお腹に魔撃を叩き込んだ。と同時に爆発に巻き込まれないよう魔力障壁を展開する。
圧縮されていた魔力の塊は六本脚の体内に取り込まれ、俺の制御を離れた瞬間に一気に膨張し、爆散した。
断末魔を上げる間もなく絶命する六本脚。
「ふっ・・・・・・俺の勝――」
掲げた手にずんっ、とその命の重さが伝わってくる。
「えっ、ちょっ、重っ・・・・・・!?」
そして俺は六本脚の死体と共に墜落したのであった。
*****
「ふぅ・・・・・・死ぬところだったぜ。」
なんとか六本脚の死体の下から這い出し、一息吐く。
下からじゃなくて横から攻撃すれば良かった・・・・・・。
「うへぇ・・・・・・血とか色々付いてる。サイアクだ・・・・・・。」
魔法で汚れを落として周囲を見渡すと、地面も飛び散った血と臓物で塗れている。
放っておけば魔物が集まってきそうだ。
「燃やして埋めておくか。死体の方は・・・・・・インベントリに入るかなぁ?」
六本脚の素材は色々と用途がある。牙と爪は武器に、骨と皮は防具に。
流石にこのまま打ち捨てていくのは勿体ないだろう。肉は食えそうにないが。
とはいえ解体している時間も無いし、インベントリに詰め込むしかない。
「インベントリの空き枠を合体させて・・・・・・と。」
作った枠に触手を総動員させて押し込んでいき、何とか収納することに成功した。
お次は周囲の掃除である。
目立つ肉片は燃やして灰にし、ついでに六本脚が食い散らかしていたであろう骨なども土を操作して灰と一緒に地中に埋めておく。
事が済めば、周囲は来た時よりも綺麗になっていた。
満足した俺は再び箒に跨り、空へと戻る。
「よし、帰るか! ・・・・・・で、どっちから来たんだっけ?」
眼下の景色は360度同じような風景が広がっていた。




