13話「見えない監視」
「それで、セルウィさん。そのヌシという魔物の情報を聞かせてもらえますか。」
セルウィはゆっくり頷くと重そうに口を開き、語り始めた。
「その魔物が纏う黒き毛皮は何者もを遮り、鋭い牙と爪で全てを蹂躙し、強靭な六本の脚で天すらも駆けると言われています。」
「黒い毛皮に・・・・・・・六本の脚? それって・・・・・・。」
俺の怪訝な様子にセルウィが首を傾げる。
「どうなされましたか、御使い様?」
「いや、多分私の知ってる魔物かもしれないと思って。」
話を聞く限りでは俺の知る”六本脚”とそう大差無い。
ただ、俺の知っている”六本脚”はもっと魔力の濃い場所で棲息していたはずだ。
俺の居た時代とは違って生態が異なるだけなのかもしれないが。
「ご存じなのですか!?」
「実物を見ないことには分からないけどね。で、そのヌシは今どこにいるのか分かるの?」
「はい、常に数人の見張りを付けて居場所は把握出来るようにしています。」
「それじゃあ早速案内してくれる?」
「分かりました、少々お待ちくださいね。・・・・・・”風”。」
セルウィが祈るように手を組み呪文を唱えると、風がざわめきだした。
「何をしてるんですか?」
「ヌシを見張っている仲間と連絡を取っています。・・・・・・あちらの方角です。」
セルウィが指した方を目を凝らして見てみる。・・・・・・見事に何もない平原が広がっている。
「ちなみに、距離はどれくらい?」
「ここからだと歩いて数日、といったところでしょうか。」
また歩くのか・・・・・・。
*****
「おおっ、スゲーなミツカイサマ! アタイが走るよりもっと速いぞ!」
フーケが助手席の窓から身を乗り出すようにしてはしゃいでいる。
森の中で歩き通しだった俺は耐え切れずにトラックを使うことにしたのだ。
俺が土と魔力で作り上げた車体に魔法陣を刻んだプレートを組み込むだけのお手軽仕様なので、どこでも作れるのが強みだ。
森の中では障害物だらけで使えなかったが、見渡す限り何も無い平原なら話は別。
歩いて数日程度の距離ならそこまで時間は掛からないだろう。
「危ないから顔は引っ込めておいてね、フーケ。で、方角は問題ない?」
「このまままっすぐでダイジョーブだよ! それより、アタイにもそれやらせてよ!」
ハンドルを指差してねだってくるフーケに首を横に振って答える。
「ダメだよ、玩具じゃないんだから。」
「ちぇっ、ミツカイサマはケチだな!」
そのやり取りを聞いていたフーエが荷台から顔を覗かせてフーケを怒鳴りつける。
「こら、フーケ! 御使い様をこまらせるようなことは言わないの! それに御使い様にむかって何ですか、その態度は!」
当人は迫力満点のつもりなのだろうが、只々可愛らしいだけである。
フーケも聞き流す程度の生返事でフーエをあしらっている。
「はいはーい、ゴメンナサーイ。」
「もう、あなたはどうしてそうなの!?」
放っておくと更にヒートアップしそうなので、その前に宥めておく。
「はいはい、二人ともあんまり騒がないでね。」
「あっ・・・・・・も、もうしわけありません、御使い様。」
「へへっ、おこられてやんのー。」
「フーケもあんまり煽らないようにね。というわけで、二人とも席交代ね。」
俺の言葉にグズり始めるフーケ。
「えっ、どうして!? アタイがくじ当てたのに!」
「・・・・・・フーケ、こちらへいらっしゃい?」
しかし、セルウィの一言で文句を垂れていた口がチャックされたように引き締まった。
「は、はぃ・・・・・・。」
フーケは無事にセルウィに引き取られていった。
席を交代し、助手席に座ったフーエは申し訳なさそうな表情で項垂れている。
「あ、あの・・・・・・さっきはごめんなさい。」
「気にしてないから大丈夫。それに、フーエもそこまで畏まらなくても良いんだよ。フーケみたいに、とは言わないけど。」
「で、でも、そういうワケには・・・・・・。」
「無理にとは言わないけど、私がそう言ってるってことは覚えておいてくれると嬉しいな。」
「はい、わかりました。」
「だから、私への態度のことでフーケを叱らないであげてね。さっきも言った通り私は気にしてないから。」
「そ、それは・・・・・・できるだけがんばります。」
「まぁ、フーケの気持ちも何となくわかるよ。光の使者が来たと思ったら子供だったなんてね。」
「わ、わたくしはむしろその・・・・・・安心しました。こわそうな大人のひとではなくて。」
「あはは、確かに恐そうな大人には見えないね。」
そんな会話をしながら先ほどまでとはうってかわって穏やかな旅路になった。
フーエのナビで問題なく進み、数時間が経った頃・・・・・・。
「御使い様、この辺りで止まってください。」
セルウィの言葉に従って、ブレーキを掛けて停止させる。
しかしまだ見渡しても何も見当たらない。
「ここからは歩きで参りましょう。」
トラックを片付けた俺たちはセルウィに導かれるまま、何もない草原をあてどもなく歩く。
すると、やがて遠くに小さな野営地が見えてきた。
野営地には二人の風の民が居て、俺たちを出迎えてくれた。
「巫女様、お早いお着きで。」
「御使い様の御力のおかげです。」
「おぉ、それで光の使者様はどちらに?」
「こちらの御方が御使い様です。」
スッと俺の後ろに退き、俺を前に出すセルウィ。
「こ、こちらが? しかし、フーエやフーケと――」
「御使い様への無礼は私が許しませんよ?」
「し、失礼しましたっ!!」
もしかしなくてもセルウィさんって怖い方の人・・・・・・?
怒らせないように気を付けよう。
「それで、ヌシは何処に居るんですか?」
「あちらの方に。」
風の民が示した方角には、やはり何も見えない。
「えっと・・・・・・見えないんですけど。」
「見えるような位置に居ては、あちらにも見つかってしまいますから。こうして風を操ってヌシを監視することしか我らには出来ないのです。」
確かにそうか。今の位置が近づけるギリギリなのだろう。
「分かりました。それじゃあちょっと行ってきます。」
「お待ちください、御使い様!」
歩き出そうとした俺を、セルウィ達が慌てて止めるように前に立つ。
「御使い様お一人に行かせるわけには参りません。微力ではございますが、私たちの力もお役立て下さい。」
「いや、皆はここで待ってて。一人じゃないとコレが使えないし。」
そう言ってインベントリから一本の箒を取り出して見せる。
「そ、それは・・・・・・?」
「空を飛ぶための道具なんだけど、見ての通り一人用だから。」
「し、しかしお一人では危険過ぎます!」
「大丈夫。私の知っている魔物なら一人でも倒せるし、そうでなかったら姿だけ確認して戻ってくるから。」
箒に跨り魔力をゆっくり込めると、身体が浮かび上がっていく。
「ホントに飛んだ!? イイなぁ、アタイもあれ欲しい!」
「こんなときになに言ってるのよフーケ!」
双子の微笑ましいやり取りを眼下に眺めながら、加速のための魔力を流していく。
「久しぶりに頼むよ、レンダーバッフェ。」
グン、とした加速を感じると、皆の姿は既に小さな点にまでなっていた。




