12話「美人の頼みは断れない」
クアナと共に森を進み、太陽と月を見送った回数が二十を超えた頃。
「見てください、御使い様!」
地面をぼーっと見ていた視線をクアナが指差した方へ向けて目を凝らすと、木々の隙間からその先に広がる平原が見えた。
「や、やっと森が終わりか・・・・・・。」
一か月ほど掛かるとは聞いていたものの、やはり実際歩いてみると大変だ。その苦労もようやく実ったようである。
「早く行きましょう、御使い様!」
クアナは元気だなぁ・・・・・・。旅の間も彼女の明るさには随分と助けられた。
彼女が居なければもっと暗澹とした気分で旅をする羽目になっていただろう。
クアナを追って進んで行くと、遂に森の端まで辿り着いた。
平原へ足を一歩踏み出す。穏やかな風が頬をくすぐり、髪を撫でていく。
「わぁ、気持ち良いですね!」
「うん、今まではずっと森だったからね。」
しばらく開放感を味わっていると、何者かが近づいてくる気配を感じた。
クアナに目配せし、いつでも戦闘態勢に入れるように構える。
「あれは・・・・・・親子、かな?」
近づいてくるのは人間のようで、長い影が一つと、その両脇に寄り添うように短い影が二つ。
傍から見ればまるで親子のようだ。
「あの方たちは大丈夫です、御使い様。」
「そ、そうなの?」
それでも警戒は緩めることなく、こちらへ向かってくる気配を待った。
人影が判別できる距離まで近づく。
背の高い影は緑色の長い髪をサラサラと靡かせた妙齢の女性。息を呑むような美女が歩くたびに二つの膨らみがゆっさゆっさと揺れている。
両脇の背の低い影は肩辺りで切りそろえられた緑色の髪を弾ませている。双子だろうか、二人の少女の可愛い顔は瓜二つで、歳は俺よりも低そうだ。
そして、三人とも白地に緑を基調とした紋様が描かれた、クアナと似たような意匠の装束を身に纏っている。
三人が俺たちの元へ辿り着くと、大人の女性と双子の内の一人が跪いた。
「お待ちしておりました、御使い様。」
「私をそう呼ぶってことは、あなた達はもしかして・・・・・・。」
「はい、風の民の巫女セルウィに御座います。」
セルウィに続いて双子の跪いている子が口を開く。
「わたくしはセルウィさまに師事する巫女みならいのフーエともうします。・・・・・・あなたも御使い様にごあいさつしなさい、フーケ!」
叱られたもう一人の双子は口を尖らせてフーエに言い返す。
「えぇー、メンドーじゃん。それに、このちんちくりんなのがホントーにミツカイサマなの?」
確かにそう言いたいのは分かるが・・・・・・アナタもそんなに変わらんでしょうが。
「コラ、しつれいな物言いはやめなさい! それに、あなたならこの方が御使い様かどうかなんてすぐに分かるでしょう?」
「はぁ・・・・・・もっとカッコイイ人だと思ってたのに。アタイはフーケ。よろしくね、ミツカイサマ!」
「もう、またそんな言葉づかいして! もうしわけありません、御使い様。ふできな妹をお許しください。」
「いや、まぁ・・・・・・気にしてないから。それよりも、どうして三人はここに?」
俺の問いかけにセルウィが答える。
「神言により御使い様がこちらへ向かっていることが感じられましたので、お迎えに上がらせていただきました。」
「これでアタイたちは見習い卒業ってワケだね!」
フーケの言葉に、セルフィが小さく溜め息を漏らす。
「本来ならばもう五年ほど修行させたかったのですが・・・・・・。双子であるというのも神の思し召しかもしれませんね。」
二人で一人分、というわけだろう。
「あ、あの・・・・・・御使い様! わたくしたちはまだ未熟かもしれませんが、かならずお役に立ってみせますので、どうか・・・・・・!」
フーエの真剣な懇願に一瞬たじろいでしまうが、何とか言葉を返す。
「だ、大丈夫だよ。それに私だってこんななりをしてるんだし、二人の苦労は分かるつもりだよ。これからよろしくね。」
「なんだ、ミツカイサマってあんがい話の分かるヤツじゃん!」
「それはどうも・・・・・・。」
俺たちの会話を尻目に、セルウィの視線がクアナの方を向く。
「そして、あなたが水の民の・・・・・・。」
「水の民の巫女クアナです。私も見習いを終えたばかりだから仲良くしてね、フーエちゃん、フーケちゃん!」
「はい、よろしくおねがいいたします、クアナおねえさま。」
「な、なんだよ、ずいぶんすなおなヤツだな。」
「こら、フーケ!」
「ちぇっ・・・・・・分かったよ。よろしくな、クアナねーちゃん!」
二人に挨拶されたクアナがわなわなと震え出した。
「・・・・・・どうしたの、クアナ?」
「みみみ御使い様! わわ、私が・・・・・・私がお姉ちゃん! お姉ちゃんです! ふふ、フフフ・・・・・・。」
どうやら二人に「お姉ちゃん」と呼ばれたのが殊の外嬉しかったようだ。
「何なら私もそう呼ぼうか?」
「そそそそんな! めめ滅相も御座いません!!」
俺たちのやり取りを見ていたセルウィがクスリと笑みを零す。
「お可愛らしい御使い様にそう呼ばれてしまったら、思わず天に昇ってしまいそうですね。」
「そんな大袈裟な・・・・・・。それで、風の民の集落に案内してもらえるんですよね?」
「はい、しかし・・・・・・心苦しいのですがその前にやって頂きたい事が御座いまして。」
本当に申し訳なさそうに憂いた瞳でこちらを伺い見るセルウィ。
美人のこの表情は中々威力がある。
「やって欲しい事っていうのは何ですか?」
「私たち巫女は御使い様の存在を感じ取ることが出来ますが、他の者はそういうわけには参りません。ですので、その者たちに御使い様の御力を示して頂きたく・・・・・・。」
「あぁ、そういう事ですね。水の民の所でもやりましたし、構いませんよ。皆の前で魔法でも披露すれば良いですか?」
「いえ・・・・・・御使い様にはこの平原の主を討伐して頂きたいのです。」
「ヌシというのは魔物ですか?」
「はい、この平原に棲んでいる一番強いとされている魔物のことです。我ら風の民も幾度となく対峙しましたが、我らの放つ風の刃では傷一つ付けることも叶わず・・・・・・。」
魔物退治のクエスト発生ってところか。
風の民が放つ魔法すら効かないとなると、かなりの強敵なのだろう。
しかし何より美人の頼み事である。断ることなど出来ないし、もとより断るつもりなど毛頭ない。
「なるほど分かりました、引き受けましょう。」
俺は二つ返事でクエストを受注したのだった。




