11話「巫女の存在意義」
翌日、旅支度を終えた俺たちは集落の門前に立っていた。
スイコさんを含め、集落で出来た知り合いの人たちも何人か見送りに来てくれている。
「まだ数日しか滞在しておられぬのに、もうご出立とは・・・・・・あまり歓待できず申し訳ない限りです、光の使者様。」
代表して挨拶をしたズミアスに首を横に振って答える。
「いえ、気にしないで下さい。いきなり来たのはこちらですし、十分もてなして頂きましたから。」
そんな会話をしている隣で、クアナと同じ歳くらいの少年がクアナに話しかけた。
「おい、クアナ。これが終わったらもう巫女なんてしなくていいんだよな?」
「え、えーっと、それはー・・・・・・あはは・・・・・・。」
困ったような表情で笑うクアナに痺れを切らした少年は、俺の方をキッと睨んで食って掛かってきた。
「どうなんだよ! お前が光の使者なんだろ!?」
あっけに取られていると、俺が言葉を返す前にすぐさまズミアスが顎を使って門番たちに指示を出す。
少年はあっという間に門番に組み伏せられ、引きずられていった。
「息子がご迷惑をお掛けしました、光の使者様。折よく明朝に狩りから戻ってきましたのでご挨拶をと思ったのですが・・・・・・。」
どうやらさっきの少年はズミアスの息子だったらしい。先ほどの様子からすると、クアナに惚れているようだ。巫女でなくなればクアナと結婚出来るとでも考えたのだろう。
ただ、当のクアナには全く脈が無さそうなのだが・・・・・・まさか、この二人をくっつけないと未来で俺が生まれてこないって事は無いよな?
「そ、それじゃあそろそろ出発しましょう、御使い様!」
「そうだね、それでは行ってきます、スイコさん。それから、くれぐれも部屋の魔法陣には・・・・・・。」
「はい、存じ上げております。部屋の管理はお任せください。」
部屋には昨晩のうちに転移用の魔法陣を急造で仕上げておいた。ほぼ一人用のサイズでなので使う機会はほとんどないと思うが。
まぁ、抱き合うように密着して使えばギリギリ二人で乗れるので緊急時に使う分には問題無いだろう。十分に休める小屋程度なら魔法で作れるから頻繁に戻る必要もないし。
流石に何度も往復はしたくないので、旅の間にもう少しマシなものを作って風の民の集落とのルートだけは確保するつもりだ。
別れの挨拶を済ませ、スイコさんに聞いた通り湖から伸びる川を辿ってクアナとともに歩を進めていく。
長年かけて削られた川底は結構深そうだ。魚影もチラホラと見かけられる。お昼は魚でも食べようか、と天辺に差し掛かってきた陽を眺めながら考えていると。
「っ・・・・・・御使い様!」
「分かってる。」
クアナの緊迫した声に落ち着いて答える。
水場だからか、魔物も集まってきやすいようだ。
「数は少ないね・・・・・・こっちから仕掛けて一気に片付けちゃおう。」
「わ、分かりました、お手伝いします!」
「いや、クアナはここで待ってて。」
「で、でも・・・・・・。」
「大丈夫、私の強さは知ってるでしょ?」
「はい・・・・・・。」
クアナをその場に残し、後ろから尾けて来ている魔物へ向かって地を蹴った。
数は三体。いずれもゴブリンだ。しかし俺の知っているものとは違い、大きい個体。やはりこれがこの時代の標準サイズなのだろう。
身を寄せ合うようにして草木に姿を隠しながらこちらを伺っていたらしく、一網打尽にするにはちょうどいい感じに集まっている。。
一足飛びに距離を詰めてきた俺に慌てるゴブリンたち。その隙は逃さない。
中央の一体に魔撃を打ち込む。胴体がボンッと音を立てて弾け、肉片と血液が周囲の草木にべっとりとへばりついた。
同時に、触手に胸を穿たれた残りの二体がゆっくりと倒れ伏す。やはりデカいと言っても所詮はゴブリンか。
魔法で作った穴に死体を放り込み、火で灰にして埋めてからクアナの元へ戻る。
「お怪我はありませんか!?」
「平気平気。それにしても出発してからこんなすぐに絡まれるなんて、ゆっくりお喋りもしてられないね。」
「お喋り・・・・・・ですか。」
「あ、そういえば出発する時の少年の話。”約束の地”へ行けたとして、クアナはそれからどうしたい?」
「どう・・・・・・というのは?」
「巫女を辞めたいなら、私が言えばどうにかなるでしょ?」
たとえ後からホンモノの”光の使者”が現れても、全て終わった後なら文句も言われまい。
ただ俺の言葉を聞いても、先ほどと同じように困った表情を見せるクアナ。
「うーん・・・・・・”やる”とか”やめる”とか、そういうものではありませんし・・・・・・私はお役目を果たすだけですから。あぁでも、次の巫女はもう現れないと思います。」
「次の巫女が現れない?」
「はい。私が最後ですから。」
「え、そうなの?」
「だって、御使い様が現れたじゃありませんか。」
なるほど、”約束の地”を手に入れてしまえば巫女も必要なくなるってことか。
それなら尚更、クアナが巫女を辞めてしまっても問題なさそうだ。
「そもそもクアナはどうやって巫女になったの?」
「私は生まれた時にスイコ様に選ばれたそうです。スイコ様も同じように先々代から選ばれたそうですよ。」
血で代々受け継ぐ、といったことは無いらしい。
神言の力を持った子供を見つけ、育てるのが巫女としての仕事の一つであるという。
「私で最後だから、それが出来ないのは少し残念です。」
「それなら”約束の地”を取り戻したあと、クアナは結婚して、自分の子供を育てればいいんじゃない?」
「そう・・・・・・ですね。それはきっと楽しいと思います! でも、私には相手がいないかも・・・・・・あはは・・・・・・。」
「クアナは可愛いから、きっとすぐに見つかるよ。」
あの少年の頑張り次第だとは思うが。
「か、可愛いだなんて・・・・・・。でも、そうだと嬉しいな。」
そう言って顔を赤らめてはにかんだクアナは年相応に見えた。
同時にクゥ~とお腹の音が鳴り、さらにクアナの顔が赤くなる。
「ぁぅ・・・・・・恥ずかしいです。」
「もうお昼だしね。さっきの魔物も案外魚を獲りに来てたのかも。ちょうど私も魚を食べたいと思ってたんだよねぇ。」
「ご、ごめんなさい御使い様! 魚を獲れるような道具は準備してきてないです!」
「問題ないよ。魔法で簡単に捕まえられるしね。」
言いながら川に指先を浸し、魔力を流す。水の球が川からボコリと持ち上がり宙に浮かび上がった。
その水球を操作し、川岸まで持ってくると中には魚が数匹泳いでいるのが見えた。
「す、すごいです! どうやったんですか!?」
「どうって・・・・・・魔力で水を操ってるだけだけど。」
土でバケツを作り、水球を泳ぐ魚を触手で捕まえてバケツの中へ放り込んでいく。魚を獲りきり、空になった水球はそのまま川へ戻す。
「ちょっと足りないかな。」
「わ、私にお任せください!」
見よう見真似で指先を川に浸したクアナがボソリと呪文を唱えた。
少し時間はかかったが水球が川から浮かび上がり、フヨフヨと川岸まで飛んでくる。
さすが水の民というだけあって水の魔法の扱いは上手い。
「やった! 出来ました、御使い様!」
あ、集中を切らすと・・・・・・。
プツンと糸が切れたように自由落下を始める水球。
その真下にはちょうどクアナの姿があった。
「ご、ごめんなさい・・・・・・御使い様・・・・・・。」
俺は咄嗟に魔力障壁を張ったので何事もなかったが、クアナは頭から水球を被り、つま先までずぶ濡れになってしまった。
白布一枚から作られた巫女服はピッタリとクアナの肌に張り付き、純白の布は肌の色に染まっている。
これが濡れ透け巫女ってやつか。




