10話「次の一手」
集落を一通り歩いた帰り道。
「ねぇ、クアナ・・・・・・私はこれからどうすればいいんだろう。」
先の見えない状況に、隣を歩くクアナへつい溜め息とともに弱音を漏らしてしまう。
未来へ帰ると言いつつも手掛かりは一切手に入っていないのだ。
しかもドラゴン退治をするなんて話の流れにまでなってしまっている。
それは俺が”光の使者”であることを否定していないからなのだが・・・・・・あながち嘘というわけでもない。屁理屈ではあるが、現代ではそう呼ばれることもあるのだ。
まぁ、ホンモノが出てくれば潔く交代すればいいだろう。
「ど、どうされたんですか、御使い様? 私にそのようなことを聞かれるなんて。」
「私は何も知らない状態でここに来ちゃったからね。そういう話はむしろクアナの方が詳しいんじゃないかと思って。」
手探りで足元も見えないが、唯一の指標は存在する。
それは巫女が視ることが出来るという”神言”である。
残念ながら俺には全く分からない領域の話だが、それを頼りにする他ない。
「あ、あの・・・・・・私は薄ぼんやりとしか感じることができなくて・・・・・・。」
「そっか・・・・・・。」
神言というのも、そんな便利なものではないらしい。
「で、でも、スイコ様なら何かお分かりになるかもしれません!」
「そうだね、戻って聞いてみようか。」
そうと決まれば足早に家の方へ足を向ける。
広い集落ではないので、目的地さえ定まっていればすぐに辿り着いた。
「おや、お早いお帰りですね、御使い様。まぁ、この集落に見るものなんてありませんしね。」
迎えてくれたスイコさんへ話があると伝えると、すぐに時間を取ってくれた。
クアナと共に居間の席に着き、スイコさんの淹れてくれたお茶を口に含んで、一呼吸おいてから話を切り出す。
「私はこれからどう行動すればいいのか、スイコさんに助言をしてもらえればと思いまして。」
先ほどクアナと話した内容をスイコさんにも同じように伝えると、彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。
「申し訳ありません、御使い様。私もそこまではっきりと神言を視る事は出来ないのです。しかし、他の巫女ならばあるいは・・・・・・。」
「他にも巫女が居るんですか?」
「はい。風の民、土の民、火の民にも巫女がおります。彼女たちであれば、私やクアナが知らぬことを知っているかもしれません。」
なるほど、他の種族なら”光の使者”に関する情報も違ったものが得られる可能性があるか。
「話は分かりましたけど・・・・・・その人たちがどこにいるのか分かりますか?」
「詳しい場所までは分かりません・・・・・・ですが、邪竜が降り立った際、風の民は風の吹き荒ぶ平原へ、土の民は光届かぬ地底へ、火の民は火を噴く山へ逃げ延びたと伝え聞いております。」
一体いつの話だよ、それ・・・・・・。
しかも地図すらない・・・・・・いや、先日見せてもらった古い地図があるにはあるが、こういう時に役に立つような代物ではない。
「湖から延びる川を下っていけば、平原へと出ます。まずはそちらを目指すのがよいかと思われます。」
平原というと風の民が逃げたとされる場所か。
けど平原に無事辿り着けたとしても、そこからは本当に手掛かりの無い状態で探し回らなければならなくなる。
「風の民の巫女も、おそらく御使い様の存在を感じ取っているはず。近くまで行けばあちらから使いを寄越してくるでしょう。」
そうだとしても、その”近くまで行く”ってのが大変そうなんだが・・・・・・。
「ご安心ください、御使い様。クアナが居れば辿り着くことは可能でしょう。」
「え、クアナは風の民の居場所を知ってるの?」
「し、知らないです!」
俺の問いに慌てて首をブンブンと横に振って答えるクアナ。
「クアナなら平原まで行けば、細かな場所までは分からずとも方角くらいは感じ取れるでしょう。」
ふむ、と少し考え込む。
偶然かは分からないが、俺が現れた場所の近くまでクアナは辿り着いていたのだ。
それならスイコさんの言葉通り、クアナなら風の民の居場所をある程度感じ取れる可能性はある。
何より、ずっとこの集落に閉じこもっていても、これ以上の収穫は得られ難いだろう。
最悪、何も見つからなければこの集落に戻ってくれば良いだけだし。
「分かりました。その平原に行ってみようと思います。その・・・・・・クアナには悪いけど、一緒に付いて来てもらって構わないかな?」
「何を言ってるんですか、御使い様! 私は何処まででも御使い様に付いて行きます!」
「ありがとう。頼りにしてるよ、クアナ。」
「はい!」
そのやり取りを見ていたスイコさんがゆっくりと席を立つ。
「では旅の支度を致します。クアナ、手伝って頂戴。」
「はい、スイコさま!」
クアナも立ち上がりスイコさんの後ろにつくクアナ。
俺は二人が居間を出る前に声を掛ける。
「じゃあ私はもう一度市場に行ってきます。」
「えっ、でしたら私も一緒に・・・・・・。」
「いや、クアナは自分の旅支度をしっかり整えておいて。私はこう見えてそれなりに旅慣れてるから、一人で大丈夫。」
まぁ、慣れてるというか大体魔法で解決するだけなんだけど。
荷物もインベントリに詰め込むだけだしね。
二人に見送られながらもう一度家を出る。
まだ陽は傾いていないが、空が茜に染まるのに時間はそれほど掛からないだろう。
それでも適当に食料を買い込む時間くらいならありそうだ。
クアナに案内してもらった市場の記憶を思い出しながら、俺は市場へ再度足を向けるのだった。
*****
「よし、こんなところかな。」
夜。
市場で買い物して適当に詰めていた荷物の整理を終えて一息ついていると、部屋の戸が叩かれる。
返事をして中へ招き入れると、大荷物を抱えたクアナが入ってきた。
「も、持ってきました、御使い様。」
クアナが旅支度で揃えたものである。
結構な量だがそれもその筈、平原へは歩いて一月ほど掛かるらしいのだ。
「あの、私の荷物をどうするんですか?」
「ゆっくり出来る旅でもないしね、私が持っていこうと思って。」
「そ、そんな! 私の荷物を御使い様に持たせるなんて出来ません!」
「私が直接担ぐわけじゃないし、それは気にしなくていいよ。そういう道具を持ってるから、私の荷物と一緒に入れておこうって話なだけだから。」
「でも、そうだとしても・・・・・・。」
「いいからいいから、その分平原に早く着ければ良いんだし。それじゃあそこに荷物置いて。」
有無を言わせず、床に荷物を降ろさせると、俺はその荷物をインベントリに押し込むようにして仕舞った。
「き、消えちゃった!?」
「取り出せるから大丈夫だよ。ほら。」
インベントリから出して見せると、さらに驚くクアナ。
「す、凄いです! それも御使い様の力なのですね!」
「あー・・・・・・まぁ、うん。そういうことにしておこうかな。」
説明が面倒だし。
「それより、明日は早いしそろそろ寝ようか。」
「はい!」
返事をして床に就こうとしたクアナを手で遮る。
「今日はスイコさんの部屋で寝てきなよ。」
「いえ、でも・・・・・・。」
「スイコさんとはしばらく会えなくなっちゃうし、それに・・・・・・明日からは嫌でも私と毎日一緒に寝ることになるんだからね。ほら、出てった出てった。」
クアナをグイグイと押して部屋から追い出し、部屋の戸を閉める。
「あの・・・・・・ありがとうございます、御使い様。」
クアナの離れる足音を扉越しに見送ってから、ベッドに潜り込んだ。
事故で来てしまった未知の世界。現代に残してきた者たちのことを考えながらも、心の片隅には新しい旅の始まりに胸躍らせる自分が居た。




