9話「色無し」
朝食を摂り身支度を終えると、クアナに手を引かれ家の外へやってきた。
大きな湖の傍にひっそりと佇む集落。それがクアナたちの住む村だ。
湖の周囲には他にも同じように集落が点在しており、そこにも水の民たちが住んでいる。
それは魔物に襲われた時に逃げやすくするためなのだそうだ。
「どこへご案内しましょうか、御使い様?」
「うーん、人が多いところが良いかな。」
「わかりました、じゃあ市場へ行きましょう!」
クアナの後ろについて村の中を歩いていく。
昨日の広場を通り過ぎてさらに奥へ進んでいくと、露店の立ち並ぶ場所へと出た。
立ち並ぶ・・・・・・とは言っても、もぬけの殻な店舗が多く、開いている店は疎らにしかない。
話を聞くと、空いている店舗は誰でも使って良く、売りたいものがあれば好きな場所に並べて売るのだそうだ。
「お金とかはどうなってるの?」
「もちろん、ちゃんと持ってきてますよ!」
クアナが小さな巾着を取り出して見せる。
物々交換というわけではないらしい。
「ちょっと見せてもらっていい?」
「はい、どうぞ!」
クアナの手から巾着を受け取ると、見た目よりも重い手応え。中身はそれなりに入っているようだ。
覗いてみると、中には小さな宝石や金属片が詰まっていた。それらに交じり、見慣れた異質なものが顔を出している。
ひょいとそれを摘まみ上げた。
「ねえ、これは?」
光の下に晒すと、彫り込まれた緻密な模様がよく見える。
俺が知るものとは違うが、間違いなく硬貨だ。
「それは昔のお金です。昔はもっと沢山あったらしいですよ!」
なるほど・・・・・・造幣技術が途絶えてしまい、宝石や金属片で代用してるってところか。
金属片には歪な円盤状のものも混じっており、お金を作ろうとした痕跡が見られる。
「ありがとう、クアナ。」
礼を言って巾着をクアナに返す。
「あ、あれ。要らないんですか?」
「いや、流石にお金を巻き上げたりはしないよ・・・・・・。」
俺を何だと思ってるんだこの子は。
「それより、あそこのお店が一番お客さんが多そうだね。行ってみよう。」
人だかり、とまではいかないが数人の客を相手にしている露店があった。
店主が一人に、奴隷のように扱われている闇の民・・・・・・白髪の店員が一人。
客が途切れるころを狙って、店員の方に声を掛けてみる。
「ちょっといいですか?」
すると、顔を上げた店員が答える前に店主がその間に割り込んでくる。
「どどど、どうされましたか、光の使者様!」
「いや、ちょっと話を聞きたかっただけなんですけど・・・・・・。」
「でしたら私が承ります! ”色無し”の言葉で光の使者様の御耳を汚すわけには参りませんので!」
お前はあっちに行けと店員を手で払い、店員を下げさせる店主。
仕方なく店主に話を聞くことにした。
この店で売っているのは果実で、彼の持つ農園で育てたものらしい。
その農園では多くの”色無し”を働かせているのだという。店員の彼もその一人だそうだ。
「あの・・・・・・”色無し”というのは?」
「彼らは頭髪が白く、魔法も使えませんので”色無し”と呼ばれております。我ら水の民が保護する代わりに働いてもらっているのですよ。」
保護、ね・・・・・・。ものは言いようだな。
さらに話を聞くと、どうやら水の民たちは定期的に闇の民が隠れ住む集落を襲撃・・・・・・もとい訪問し、彼らを”保護”するのだそうだ。
俺の猜疑心が表情にでてしまったのか、慌てて弁解を始める店主。
「か、彼らを放っておくとこちらが危険ですので、致し方ないのです。」
「危険?」
「彼らは死の間際に石になることがありまして・・・・・・。その石が魔物の手に渡ると、とてつもなく恐ろしい力を持った魔物へと変貌するのです。」
正確には死の間際ではなく、魔力が切れたらではあるが・・・・・・店主の言い分も理解はできる。
あの石一つあるだけで魔物が大幅に強化されるのだ。
そんなのが一体でも現れればこの集落は大きな被害を受けるだろう。
だが、それでも――
「そ、そうだ光の使者様! うちの果物を試してみて頂けませんかな? 巫女様もどうぞ。」
店主がさっと差し出してきた果物を思わず受け取った。
小さい林檎のような果実だが、色は青々としている。
「わぁ、良いんですか!? おいしそうです!」
先ほどまでの話を気まずそう聞いていたクアナは口角を上げ噛り付いた。
ナイフで切り分けたりはしないのか・・・・・・。
彼女に倣い、俺も林檎もどきに噛り付く。
シャクっという音とともに果汁が溢れ、口の中に染みわたっていく。中々美味い。
「お、お味はいかがでしょうか?」
「美味しいです。これならお客さんが沢山来るのも納得ですね。」
「あ、ありがとうございます!」
ふと気づくと、遠巻きにこちらを見つめる視線がかなり増えていた。
俺が居るから近づき難いのだろう。・・・・・・今度魔法を披露する機会があったらもう少し控えめにしよう。
「そろそろ行こうか、クアナ。」
周囲に目配せしながらクアナにだけ聞こえるように声をかける。
クアナも周囲の様子を察してくれたようで、素直に頷いた。
「お話ありがとうございました。そろそろお暇します。」
「い、いえいえ! こちらこそ大したお構いも出来ませんで。またお越しください。」
別れの挨拶を済ませてその場を離れると、遠巻きに見ていた客たちが果物屋に群がっていった。
体のいい広告塔をやらされてしまったみたいだが・・・・・・まぁ、お土産でいくつか林檎もどきも貰ったし良いだろう。
「あ、あの・・・・・・闇の民の人たちのこと、お伝えしていなくて申し訳ありませんでした! あそこまでお怒りになるとは思っていなくて・・・・・・。」
「クアナが謝る必要はないよ。色々あって聞きそびれてただけだしね。」
「それで、闇の民の人たちをどうなさるのですか・・・・・・?」
「何とかしてはあげたいけど、今は何も出来ないかな。」
何かをするにしても、知識も情報も足りなさすぎる。
あそこで店主を問い詰めても何にもならかっただろう。彼が話を切り替えてくれて助かった。
闇の民の処遇について話すのなら、長であるズミアスに持ち掛けるのが妥当か。
けれど権限を使って無理やり解放させれば今度は水の民の生活が立ち行かなくなるところも出てくるだろうし・・・・・・魔石化の懸念がある以上、闇の民たちを野放しにするわけにもいかないだろう。
前途多難・・・・・・というか未来に帰りたいだけなのに、どうしてこうなった。
ため息をついて天を仰ぐと、未来と変わらない青空が広がっていた。




