九話「三派」
「ま、まぁ補償については後で良いとして・・・・・・この国は現在どういう状況なのか教えてくれませんか?」
「ふむ・・・・・・まぁ、何も分からなければ考えようもないからの、良いじゃろう・・・・・・じゃが、こんな部屋では落ち着かんの。別の部屋を手配してくれるかの、紅葉や。」
「そ、そうですね! アリューシャさんもいつまでもこんな部屋ではご不快でしょうし!」
ついさっきまで拘束されてた部屋だしね・・・・・・。
彼女たちの案内で拘束部屋を出る。
廊下に窓一つ無いところを見ると、どうやら地下だったらしい。
そのままエレベーター乗り数分、今度は眼下を一望できる廊下へと出た。
「異世界の人間からは珍しい景色かの?」
「えぇ、まぁ・・・・・・。」
そこには俺の知る景色と遜色のないビル群が広がっていた。
妖怪に支配され、荒廃しているようには全く見えない。
幸与が言っていた通り、ある意味ではテロリストの話が正確なところはあるだろうが・・・・・・。
「この部屋なら大丈夫です、幸与様。」
「うむ。では紅葉とアリューシャ殿だけついてくるのじゃ。」
幸与の護衛たちは一瞬困惑したように顔を見合わせたが、頷いて短く答えた。
三人で小さい会議室のような部屋に入り、紅葉が準備してくれたパイプ椅子に腰掛ける。
「さて、日本の現状についてじゃったかの。」
幸与はそう言いながら、紅葉の用意した大福をもっちゃもっちゃと味わって、」お茶をズズと啜った。
「今この国は、大きく分けて三つの派閥が出来ておる。まずは大多数を占めるわっちら共生派。人と妖の共存を良しとしない分生派。最後に混沌派じゃ。」
「混沌派?」
「そいつらには派閥という言葉はちと合わんがの。」
「どういう連中なんですか?」
「言わば自由奔放に好き勝手して迷惑を掛けるやつらのことじゃ。例えば・・・・・・不意に人里に降りてきて暴れる戦い好きの鬼とかの。そういうやつらを便宜上そう呼んどる。」
「確かにそれは迷惑ですね・・・・・・。」
「まぁ、今のはほんの可愛い例じゃよ。台風のような連中じゃと思ってくれればいい。・・・・・・いや、台風の方が予兆があるだけ可愛げがあるかいの。」
つまり混沌派というのは自然災害的なやつらの総称ということのようだ。
「なんじゃ、アリューシャ殿は食わんのか?」
俺の返事を待つ前に、俺の前に置かれた大福をつまんで口の中へ放り込む幸与。怒る紅葉。
「それで、分生派というのは?」
「呼んで字の如く。人は人の世に、妖は妖の世に、というのが信条のやつらじゃ。」
「・・・・・・でも、彼らの集落には妖怪が居ましたよ?」
好々爺のような皺枯れた河童の姿が脳裏によぎる。
「そこはホレ、敵の敵は味方というやつじゃ。やつらの目下の敵は、わっちら共生派じゃしの。共生派と倒すのに手を組むのも厭わんという連中もおる。わっちとしてはそれで共生に目覚めて欲しいところなんじゃが・・・・・・ま、結局どこの派閥も一枚岩というわけにはイカンというわけじゃ。」
「どこの派閥もって・・・・・・つまりは共生派も?」
「恥ずかしながら、の。弱い人間は強い妖が奴隷として管理するべき、などとのたまう連中もおる。じゃが、そういう者たちも抱えておらねばならぬのが面倒なところじゃ。」
幸与が頭を抱えながら吐き捨てるように言葉をこぼす。
それは共生と言えるのか・・・・・・?
「とまぁ、これが今の日本国の現状じゃ。大局は決まったおるが問題はまだまだ山積み、といった感じじゃの。」
「それで、私に何をさせたいんですか?」
「件の予言にあった災厄への対処・・・・・・を頼みたいところじゃが、無理強いはできんの。わっちもまさか異世界人を喚ぶことになるとは思わなんだしのう。」
カカカッ、と幸与が笑う隣で「賠償金額はいくらになるのかしら・・・・・・。」と紅葉がその名に似合わない青い表情で頭を抱えている。
「その災厄というのは?」
「さてのう・・・・・・何しろ件の予言じゃからの。詳しい事までは分からん。しかしそれは必ず起こるのじゃ。」
「分かりました。とは言っても、詳しい情報が無いなら対策の立てようもありませんね。」
「うーむ・・・・・・では、わっちのぼでーがーどではなく、混沌派の対策部隊に身を置いてもらうというのはどうじゃ?」
「それはどういう部隊なんですか?」
「混沌派が引き起こす事件を解決する部隊じゃ。妖の対処を学ぶにはちょうど良いじゃろう。もちろん給与もきちんと出す。」
それも悪くない・・・・・・か?
幸与の護衛よりは自由な時間が持てそうだし。
「・・・・・・分かりました。ひとまずはそうさせて頂きます。」
「おお、そうか! ではさっそく明日にでも部隊へ案内させるのじゃ! 紅葉や、手配は任せたぞ!」
「承知いたしました。・・・・・・申し訳ありません、アリューシャさん。」
「いえ・・・・・・。」
「それでは、アリューシャさんの召喚に対する賠償と補償の件についてですが――」
紅葉の言葉を遮るようにして、声を出す。
「そのことについてなんですが・・・・・・お金よりも、私が元の世界へ帰る方法を探してもらえませんか?」
「お、おいおい! 予言についてはどうするつもりじゃ!?」
「大丈夫ですよ、その件を放って帰ったりはしませんから。」
今は俺の帰る場所ではないが・・・・・・それでも故郷だからな。
出来ることがあるならやろうと思う。それに、何もせずに帰ったら寝覚めが悪くなりそうだ。
「なら良いんじゃがのう。」
「何を言ってるんですか、幸与様! そもそもアリューシャさんはそんなことをする義理は無いんですよ!?」
「わ、分かっとるわい・・・・・・。」
「それで、幸与様。今日のアリューシャさんの泊まるところなのですが・・・・・・。」
「わっちの家でよかろう。せきゅれてーもしっかりしておるしな。アリューシャ殿も構わんかの?」
「私はそれで構いませんけど・・・・・・。」
チラリと紅葉の方を窺う。
「そうですね、私もその方がよろしいかと思います。アリューシャさん、近日中に必ずしっかりとした住居を用意いたしますので、それまでは我慢していただけますか?」
一国のトップが住む物件だ。それこそ一流ホテルにも引けは取らないだろう。
今の俺は異世界からの訪問者という立場だ。その方がありがたいかもしれない。
紅葉の言葉に頷いて返す。
「よし、そうと決まればこんな辛気臭いところに居れんのじゃ! さっさと帰るぞ、紅葉!」
「そうですね・・・・・・車の手配を致しますので、アリューシャさんも少々お待ちください。」
紅葉が手のひらサイズの端末をササっと操作する。
「お待たせしました。それでは参りましょうか。」
紅葉の言葉で俺たちは部屋を後にする。
混沌派の対策部隊・・・・・・か。また面倒そうなことに巻き込まれてしまったな・・・・・・。
地上に向かうエレベーターの中で、俺は小さくため息を吐いた。




