8話「にゅーよーくに行きたいか!」
「今日はどうされますか、御使い様!」
クアナは朝から元気である。
耳元で響く声が寝ぼけた脳を揺らし、反対側へ突き抜けていく。
傍仕えってのは百歩譲って良いとして、その仕える相手を抱き枕にするのは不敬ってやつではないでしょうか。
まぁ、良いんだけどさ。
「うーん、折角だし村を見て回りたいな。昨日はすぐに引っ込んじゃったし・・・・・・。」
魔法を披露したまでは良かったのだが、少々やり過ぎたせいで大混乱になってしまった。
そもそも”派手に見せる魔法”なんて使ったことがないのだ。仕方がないだろう。
その場はスイコさん達が何とか皆を宥めて事なきを得ることができたのだが、昨日は結局家の中で過ごす羽目になってしまったのである。
「分かりました! じゃあ今日は村を案内しますね!」
「うん、お願いね。ところで・・・・・・私はいつ解放してもらえるの?」
「わわっ、ごめんなさい~!!」
俺はようやく抱き枕の役目を解かれて起き上がると、魔女の証である首飾りの紅い水晶玉がコロコロと胸を撫でた。
昨日寝る前に再確認したドクのメッセージ。
気のせいかもと考えていたが、やはり文字化けが直っているようだった。
というのも、前日に書き留めておいた内容より読める箇所が増えていたのだ。
・・・・・・まぁ、たった一文字だけなのだが。
しかしその一文字は大きな一歩である。
どういう条件なのかはこれから調べる必要がありそうだが、この文字化けが全て直ったとき、未来への帰還の大きな一手となるだろう・・・・・・なってもらわないと困る。
ドクのことだから意味の無いメッセージなんて送ってこないはずだ。これでもほんの少しは彼女のことを信用している。
洗面所で顔を洗いながら、昨日までの行動を思い返す。
今日までの数日間で何をやったか、といえば・・・・・・。
「ん~、魔法を使った・・・・・・くらいか、共通点は。」
「御使い様、何か仰いましたか?」
耳聡いクアナに俺の呟きが届いたようで、首を傾げて聞いてくる。
「いや、何でもないよ。」
クアナと会っている、ってのもあるな・・・・・・さすがにそんな条件は無いか。
ただ単にメッセージの受信に時間が掛かっているだけかもしれない。
現にこうして俺自身が過去の時代に来れている以上、ドクなら過去にメッセージを送りつける魔道具くらいは作り上げてしまうだろう。
でも歴史の教科書の最初のページに出てくるような時代への送信だ。途中で何かトラブルが起きてもおかしくはない。
おそらく試験していたとしても”一時間過去へ送信する”程度の項目に抑えているだろうしな。
過去の改変による影響がどんなものになるか分からないからこそ、未来へ跳ぶ実験から行っていたのだし。
結局はとんでもない過去へ来てしまったのだが。
「そうだ、御使い様。朝食の前に沐浴はいかがですか? 気持ちいいですよ!」
沐浴・・・・・・って水浴びのことだっけか。
身体は魔法で綺麗にできるとはいえ、二日もお風呂に入っていないので何となくスッキリしていない。
湯船もお湯も魔法で作ってしまえば良いのだが、折角だしクアナの提案に乗ることにした。
「それじゃあ、お願いできる?」
「はい、こちらです!」
家の奥へ案内されると、そこには大きな観音開きの扉があった。この家で一番大きな扉だろう。
クアナに続いて中に入ると、開放感溢れる浴場があった。
浴場と言っても、湖の一部を自然のまま切り取るように目隠し代わりの木壁で区切っただけのものだ。
天井は無く、水面には空の景色がそのまま映り込んでいる。
湖の際に建てられた妙な建物だと思っていたが、それは逆で、こちらの沐浴場ありきの建物だったらしい。
「御使い様、お召し物はこちらにどうぞ。」
クアナに入り口近くの棚へ誘導され、木の皮で編まれた籠を用意してくれた。
ここが脱衣場ということらしい。
クアナは俺の隣でスルスルと巫女服を脱いでいく。
ほぼ布一枚の織物を紐で留めているだけなので脱ぐのが早い。
俺も慌てて脱ぎ始めた・・・・・・のだが。
「ど・・・・・・どうしたの、クアナ?」
既に一糸纏わぬ姿になっていたクアナが、俺の色気の無いストリップショーをジッと眺めている。
「御使い様はどうして服の下に服を着ているのですか?」
どうやら下着という概念は無いらしい。
ただどうして下着を穿くのか、と聞かれてもな・・・・・・。そんなの意識したことないぞ。
「えーっと、上に着る服が汚れないようにとか・・・・・・擦れても痛くならないように、とかかな。」
「御使い様はそんな事まで考えておられるんですね!」
「いや、まぁ・・・・・・ただの習慣みたいなものだから。」
しかし見られてると凄く脱ぎ辛い。でも脱がないとクアナの視線は女児パンツに釘付けのままだ。
サッとパンツを脱いで脱衣籠に突っ込むと、クアナはちょっと残念そうな表情をしていた。
「それで、何か作法とかはあるの?」
「儀式ではありませんので無いですよ。でも転ばないように気を付けてくださいね。さ、お手をどうぞ!」
俺の両手を取りながら、ゆっくりと後ずさるように湖に浸かっていくクアナ。
この向かい合わせの体勢だと、彼女の膨らみかけの小山二つがちょうど目の前に主張してきて目のやり場に困る。
「ひゃっ・・・・・・冷た!!」
水に足を浸けた瞬間、刺すような冷たさに思わず悲鳴を上げて飛び退いてしまった。
「大丈夫ですか、御使い様!?」
「だ、大丈夫・・・・・・ちょっとビックリしただけだから。クアナは平気なの?」
「えぇ、これくらいなら普通なので・・・・・・。」
膝くらいまで水に浸かったクアナは平然としている。
どうやらあの表情に騙されてしまったようだ。
しかしこれは水浴びどころじゃないな、曇りの日の午前中にある水泳授業みたいだぞ。
「あ、そうだ。」
この場所は木壁に囲まれているだけで、湖の部分には一切人の手が入っていない。
つまり、土も砂も使い放題なのだ。それなら――
「何をしているんですか、御使い様?」
波打ち際の地面に手をついた俺を見て疑問符を浮かべるクアナ。
説明するよりも見せた方が早いと思い、その問いには答えず地面に魔力を流し――
「わ、地面が盛り上がって・・・・・・。」
――湖の中に土の壁で四角く囲って仕切りを作った。
そして仕切りの中に溜まっている水に触れ、魔力を流して温度を上げていく。
「よし、完成。」
「あの、御使い様・・・・・・これは・・・・・・?」
「水の温度を上げただけだよ。クアナも入る?」
「良いんですか!?」
「そのために少し大きめに作ったしね。」
クアナが即席で作った湯船に恐る恐る足を浸けた後、ゆっくりと中に入っていく。
温度は少し温めにしているので、いきなり茹だることはないだろう。
「ふあぁ~・・・・・・温かいですぅ~。」
俺も湯船の中に入るが、やっぱり少し物足りない。
「ちょっとずつ温度を上げていくから、熱くなったら言ってね。」
魔力を流して徐々に温度を上げていくと、モワモワと湯気が立ち始めてきた。
「ふあぁぁぁぁ~~・・・・・・。体がジンジンぽかぽかしてきますぅ~~。」
こうして俺は二日ぶりの風呂を堪能した。
クアナはのぼせた。




