7話「神の怒り?」
翌日。
俺が目を覚ますとそこは元の世界で――などという都合の良いことは無く、クアナの家で借りた一室だった。
「はぁ~・・・・・・やっぱ夢じゃないよなぁ。」
気持ちを切り替えて寝床から起き上がり軽く身体を動かしていると、部屋の戸が叩かれる。
扉の向こうからクアナの声が響く。
「御使い様、起きておられますかー?」
「うん、もう起きてるよ。」
そう言って扉を開けると、そこにはクアナとスイコさんが並んで立っていた。
少し畏まった様子で二人が頭を下げる。
「この度、クアナが正式に巫女となりました。これより御使い様のお傍に仕えしますので、何なりとお申し付けください。」
「よ、よろしくお願いします!」
「ええっ!? どうしたの突然?」
いきなりの展開に思わず声を上げてしまう。
しかし何でもないことのようにスイコさんが返す。
「どうしたもこうしたも御座いません。元より決まっていたことですから。」
「決まっていた・・・・・・って、クアナはそれで良いの?」
「やっぱり昨日まで見習いだった私のような未熟者ではご不満でしょうか・・・・・・。」
クアナがシュンと落ち込んだ表情を見せる。
「い、いや、不満とかがあるわけじゃなくて、私のお世話なんて嫌でしょ?」
俺なら嫌だ。突然現れた自称神様みたいなのをお世話するなんて。
まぁ、俺の場合は自称した訳ではないが・・・・・・。
「喜びはあれど、嫌なことなどありません!」
「そうですよ、御使い様。そのために我々水の民の巫女は代々修行を積んできたのですから。」
「でも――」
言いかけると、クアナがうるうるとした瞳でこちらを伺うように見つめてくる。こ、これは断り辛い。
しかしどうあれ、この時代で右も左も分からない俺にとっては有難い申し出ではある。
ここで断ったところで、結局今は彼女らに頼るしか術がないのだ。
少々窮屈な扱いを受けるかもしれないが、ここは素直に頭を下げておこう。
「それじゃあ・・・・・・お願いしていいかな、クアナ?」
「はい、勿論です!」
「では巫女クアナ。御使い様のお世話はお任せ致しましたよ。」
「は、はい、スイコ様!」
そう言い残してスイコさんは部屋を出ていき、部屋には俺とクアナが残った。
気まずい沈黙が流れる。
「えっと・・・・・・クアナ。」
「はい、何でしょうか!」
食い気味にキラキラとした瞳を向けられるとやり辛いな。
「私はこっちに来て日が浅いから、何か不味いことをしでかしたらその都度教えてくれると助かるよ。」
「は、はい、分かりました!」
それからまたしばらくの沈黙。
「えっと・・・・・・その、クアナ。」
「はい、何でしょうか!」
「クアナは部屋に戻らないの?」
「はい、御使い様の傍仕えですから!」
どうやら自室に戻る気は無いらしい。
「仕事が無い間は普段通りにしてくれてて良いよ。」
「・・・・・・やはり、私のような未熟者では御使い様の傍仕えは務まりませんか?」
「そ、そういうことじゃないから!」
どうやら、彼女には本当の意味で信頼してもらう必要がありそうだ。
「じゃ、じゃあ、最初の仕事をお願いしても良いかな?」
「はい、何なりと仰って下さい!」
「それじゃあ、まずは二人で話をしようか。」
「私の話・・・・・・ですか?」
「クアナのことをもっと知っておきたいしね。クアナだって、私のこと知っておきたいでしょ?」
「わ、わかりました!」
「なら、とりあえずお茶を淹れようか。」
「それなら私が――」
部屋を出ていこうとしたクアナを手で制する。
「私が持ってるのがあるからそれにしよう。」
「ですが、御使い様の持ち物を・・・・・・。」
「私が良いって言ってるんだから、気にしないで。ずっと持っていても仕方がないしね。」
インベントリには茶葉やお菓子なんかも買い溜めしてある。
ただ、ある程度保存は利くとはいえ放っておけば劣化していくのだから、早めに消費しておくに越したことはないのだ。
持っていた土団子でさっと皿を作り、その上にインベントリから取り出したお菓子を並べていく。
次は土団子から茶器を作り、魔法で出したお湯でお茶を淹れる。
いつもやっている事なので慣れたものだ。
「お、美味しいです!」
「口に合ったなら良かった。まだ沢山あるから遠慮せずに食べてね。」
こうして口の滑りが良くなったクアナは、この時代のことを色々と話してくれた。
そしてしばらくの間二人でお茶を楽しんでいると、再び部屋の戸が叩かれた。
返事をするとスイコさんの声が返ってくる。
「御使い様、長のズミアスが訪ねて来ておりますが、如何なされますか?」
「分かりました、伺います。」
お茶を一時中断し居間へ向かうと、すでにズミアスが席に着いて待っていた。
「どうも、光の使者様。それと正式に巫女になったらしいな、おめでとうクアナ。」
「ありがとうございます!」
素直に喜ぶクアナとは対照的に、ズミアスは少し複雑そうな表情を見せた。
しかしその表情はすぐに消え、ズミアスが話始める。
話を聞くと、どうやら昨日話していた”舞台”が整ったらしい。
自分はいつでも大丈夫とは伝えておいたが、昨日の今日とは随分手際が良い。
あの後すぐに周囲の集落へ緊急の連絡を飛ばし、主だった人物に召集をかけたのだそうだ。
そして夜通しかけて集まったのだという。
「御力を示して頂けますか、光の使者様。」
「分かりました、早速やりましょう。」
俺としては早い方が有難い。
一度認知してもらえれば、外出もしやすくなるだろう。
ズミアスに案内されるままクアナ達と一緒に付いていくと、集落の中心にある広場にはかなりの人数が集まっていた。
訝る視線を浴びながら、ズミアスに続いて設置された舞台へ上がっていく。
「皆の者、静まれ!」
ズミアスの声が響くと、ざわついていた広場がシンと静まり返る。
「先日、巫女クアナが光の使者様を連れて戻られた! こちらに居られるのが光の使者様だ!」
ズミアスに促されるまま一歩踏み出ると、静まっていた広間がまたざわつきだす。
「皆の疑念は分かる! しかしその疑念を払拭するべく、光の使者様がその御力を皆に示して下さることとなった! しかと見届けるがよい!」
ズミアスの合図と同時に
怪我人が出ないよう注意しながら、少し派手に魔力を操った。
炎が猛り、水が迸り、風が舞い、大地が裂ける。
CGでも中々目に出来ないような光景に、広場は水の民たちの拍手喝采・・・・・・を通り越し過ぎた阿鼻叫喚で包まれた。
・・・・・・・・・・・・ちょっとやり過ぎたか。
まぁ、怪我人もいないようだし、良しとしよう。
あとは任せてくれと言われ、ズミアスとスイコさんを残してクアナと共に家に戻り、お茶会という名のクアナの餌付けを再開したのだった。




