00051話「闘いの前触れ」
博物館の入り口へたどり着くと、扉の陰に隠れるようにして伺っていたコレットが飛び出して抱き着いてきた。
「ァ、アリスちゃぁぁぁん・・・・・・。」
「わ、どうしたのコレットちゃん?」
「ど、どこ行ってたの・・・・・・?」
「カレンさんたちを迎えにね。みんな無事でよかったよ。」
コレットの抱き着く腕にきゅっと力が込もる。
「じゃあ、もう・・・・・・どこにも行かない?」
「えーっと・・・・・・。」
「ァ、アリスちゃんが居ないと・・・・・・こわいよ・・・・・・。」
思わず頷いてしまいそうになったが、そういうわけにもいかない。
防衛隊は囮と思われる武装したゴブリン部隊にかかりっきり。テルナ商会の部隊は少数精鋭で住民の救助と保護にあたっている。
確かに俺がここに残っていれば、襲ってくるゴブリンは倒せるし、いずれは殲滅することも出来るだろう。
だが、街への被害は計り知れない。
「ごめんね、コレットちゃん。その代わり、早く原因を突き止めて解決してくるよ。」
「ぁぅ・・・・・・。」
縋って来る彼女をそっと引きはがし、博物館の中へと引き返させる。
今度埋め合わせはちゃんとしないとな。
「さて、それじゃあまずは現状把握からかな。」
魔力で強化した脚で地面を蹴り、博物館の屋根へと登っていく。
そして博物館の屋根から触手を伸ばし、上空へと上がった。
ある程度街を見渡せるほどまで来ると、そこから魔力探知を広範囲で行う。
範囲を広げれば広げるほど細かいことまでは分からなくなってしまうが、今は全体を把握するのが先だ。
ある方向に一瞬濃い魔力が多数明滅しているような感じ。
これは魔導銃で撃ち合っているのだろう。おそらくは防衛隊が戦っている方角だ。
そしてその方角とは別々の方角に、大きな魔力の塊がいくつか蠢いているのが分かる。
これは一つの塊ではなく、多数のゴブリンたちが集まっているため、そう感じとれるだけだ。
それらの塊から魔力が少しずつ飛び出すように街の中へ拡散していっている。
街を囲む壁を突破して、ゴブリンたちが中に入り込んでいるのだろう。
中でもひと際大きな魔力の塊が、防衛隊とは真逆の方角に。
「こっちのデカいのが本隊かな・・・・・・たぶん。」
俺はインベントリから箒を取り出して跨った。
結構な距離があるが、この箒なら最速で一直線に向かえるだろう。
街の中は眼下の彼らに任せることにし、俺は箒に魔力を込めて街の外へと向かった。
今では見慣れた街並みの景色が、猛スピードで流れはじめた。
しかし、ゴブリンの本隊と思われる場所に近づくにつれ、見慣れた景色とは大きく違ったものへと変化していく。
ゴブリンたちの蹂躙の跡が大きな爪痕となって残った街の跡は無残なものだ。
気配を探らずともゴブリンが徐々に街中に増えていっていることが分かる。
燎原の火の如く広がるゴブリンの侵略に目を背け、俺は箒にさらに魔力を込めた。
*****
「うわ、凄いことになってるな・・・・・・。」
上空から街の外壁を見下ろし、思わず言葉がこぼれてしまう。
街の外壁には多数のゴブリンが貼り付き、まるでカマキリの卵が産みつけられたような状態になっていた。
そして貼り付いたゴブリンを踏み台にして別のゴブリンが壁を登り、越えていっている。
きっと他の場所でも同じように壁を乗り越えて街へと侵入しているのだろう。
「とりあえず、侵入だけでも止めておくか。」
上空で時間をかけて魔力を練り上げ、魔力を凍えるような吹雪へと変え街の外壁へ向かって放つ。
街の外壁に貼り付いていたゴブリンたちは瞬く間に凍っていき、氷塊へと姿を変えた。
吹雪はなおも続き街の外壁をも凍り付かせ、より大きな氷壁となってゴブリンたちの前に立ちはだかる。
だがそれは街の外壁の一部での措置にしかならなず、回り込まれてしまっては意味がない。
「よっ・・・・・・と!」
俺は箒をインベントリへ収納し、ゴブリンの群れの中へと降り立った。
同時に風の刃の魔法と、触手で数十体のゴブリンを屠る。
「他所へ行く前に、私を喰ってから行くのはどう?」
一瞬呆気に取られていたゴブリンの集団が、俺の言葉に釣られてか一斉に飛び掛かってきた。
俺を上手くエサだと認識してくれたようだ。
襲い掛かってくるゴブリンたちを風の刃で切り刻み、触手で貫き、土の剣で斬り捨てる。
それでも少しずつこちらへ押し寄せてくる。さすがの物量だ。
「ここは周りに気を遣わずに戦えて良いね・・・・・・っと!」
大きく跳躍して囲いから抜け出し、着地時に魔法をバラ撒いてゴブリンたちをなぎ倒し、空地を作って着地する。
「ほらほら、こっちだよ!」
四方八方から押し寄せてくるゴブリンを斃し、死体を積み上げていく。
これが異世界で無双するってやつか。
しかしその無双状態も長くは続かなかった。
「何ヲ、ヤッテイル。」
静かだが迫力のあるその声は、ゴブリンたちの鳴き声にかき消されることなく俺の耳にも届いた。




