桃太郎・解答編
私は、二十歳になった頃に彼女に惚れてしまった。
人を好きになるのなんて初めての経験だった。
私は彼女に必死に求婚し、その後付き合い、やがて結婚した。
美人で、優しくて、元気で。彼女は、冗談抜きで世界一の嫁だったと思う。
二十七歳の時に子供が生まれた。女の子で、あまりの嬉しさに久しぶりに泣いた。
幸せだった。間違いなく私は、私たちは世界一幸せだった。
異変が起きたのは、私が四九歳の時だった。
娘が死んでしまった。都会へ出た娘が空襲で死んでしまった。
戦争に巻き込まれて死んでしまった。
私は娘の死を大いに悲しんだ。娘が生まれた時と同じくらい泣いた。
娘が生まれた時と同じように泣いたのに、心はいっぱいにならなかった。
妻はずっとぼうっしていた。次の日も、その次の日も。
無理もないと、私は思った。
しかし、一週間程経ったころ、妻は急に元気になった。
空元気かと思ったが、そうでもなさそうだった。
妻はまるで娘などいなかったかのように生活するようになった。
私は不気味ではあったが、妻が元気を取り戻してくれたことに素直に安堵した。
それから、妻の言動はおかしくなっていった。
石を食べようとしたり、無に話しかけたりするようになった。
周囲からは気味悪がられた。
私は戦争が激化したことも考え、妻と山奥に引っ越すことにした。
それからは、表面上は平穏な日常が続いた。
私は妻の言うことのほぼ全てに同意した。
ただ、「川の水」だけはろ過して飲むように説得した。
私たちは毎日同じような日々を過ごした。
私は山のしば刈りと称した食料採集へ向かい、妻は泥の池で毎日只の布切れを洗う。
妻が帰って来たら、私は泥水をろ過して飲料水を作り、妻は昼食を作る。
あとはのんびり過ごし、夕食を食べて一日を終える。
私は妻が幸せそうならそれで良かった。
だが、さすがに妻が黒い大きなゴミ袋を持ち帰ってきたときは絶句した。
それは、恐らく何重も中身をビニール袋で覆ったもので、所々赤黒かった。
少なくとも、それは桃ではなかった。
妻は川から流れてきたと言っていたが、私は確信していた。
これは、誰かが昨夜池に捨てたものだ。中身は恐らく……
妻がビニールの皮を切り裂いていく。
途端、とんでもない腐敗集がして、私は予想が当たっていたことを知った。
大量の人間の死体だ。どろどろになっていた。
恐らく、この国に上りこんだ相手軍が国民を殺して捨てたものだ。
私は吐きそうになった。
しかし、妻は嬉しそうな顔をして死体もろともゴミ袋を切り裂いていった。
その後、妻は真っ二つになったゴミ袋と死体を満足そうに見た後、奇跡的に妻の包丁から逃れた一体
の死体に駆け寄り、子どもにしたいと言った。
私は泣きそうになりながら同調した。
妻が死体をかいがいしく世話している姿が見ていられず、私は村で貰い手のいなかった子供を保護し、死体を捨てた。
妻は何の疑問も持たずに死体の代わりにその子を育てた。
名前は桃太郎にしたらしい。
それから五年は、妻の奇行も減り、また幸せだった。
町についに相手軍が攻め込んできたという話も聞いたが、私は息子の平和のためにもここにいるべきだと思ったし、妻もそう思っていると信じていた。
しかし妻は「鬼退治」へ桃太郎を行かせるべきだと主張し、息子も同意していた。
まだ六歳の桃太郎を戦争に送り込むという残虐な考えに、私は必死に抵抗しようとしたが、一度も妻の意見に反対したことのない私には無理なことだった。
桃太郎が戦争へ駆り出された。
私は毎晩自責の念に駆られ、泣いた。
妻は桃太郎が生きて帰ってくると信じているようだったが、私は分かっていた。
六歳の子どもは、捨て駒になって終わりだ。
一年後、我が国が敗戦してから連絡が届いた。
桃太郎が死んだ、と。
妻には桃太郎は生きていると伝え、後日ツギハギだらけの人形を大量の葉とともに渡した。
今、妻は人形の着替えをしている。
私はこれからも妻のために尽くす。
私にはこれしかもう残されていない。
だから、もしあなたがこれを読んでいるのなら、できれば私を、妻を、
殺してほしい。