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自己始末 セレナーデとともに

作者: 無夜

C98で無料配布したSF?

予定調和の無限ループ

ピクシブにもアップしてあり

 二十才になると葉書が送られてくる。

 それをもって役所にいき、必要な書類にサインをする。自己始末に承諾をすれば二十五才の誕生日の一ヶ月前に、日付の指定がされる。

 拒否するならば、二十五才の一ヶ月前までに始末料を支払う。


 私は承諾し、指定日には有給休暇を入れた。

『自己始末』

 未来にゆき、自分の後始末をする法である。

 自分の死亡後十二時間以内に現場に到着できるように設定され、これにより私は自分が何歳でどう死ぬのか、わかる。

 役所に行き、それ用の未来ゲートをくぐり、今と同じ場所にある役所から、自分の死亡した場所のマップを貰い、出かけた。

 閑静な住宅街、というより過疎っている町。昼間だというのに人の声がなかった。

 子供の声もしない。

 公園にいるのは管理人らしき作業服の人だけ。

 未来の私の家は当然鍵がかかっていたが、消防署の人(事件だと警察、病死確定だと消防らしい)の立ち会いの下、鍵が開けられた。

 中に入るまでもなく、玄関すぐの廊下で倒れている老婦人と不安げに吠え立てる犬が居た。

 心の準備をする暇もない。

「十二時二十二分。死亡確認。身内なし。過去からのご当人に引き継ぎします」

 それだけの確認と手続きのために彼らは一緒にいるのだった。お疲れ様。

 私たちをみた犬が心底疲れた様子で、ようやく鳴くのをやめた。

 中型犬、だろう。雑種っぽい。

 しかし、これだけ吠えているのに、近所の人はなぜ通報しないのか。

 何かあった、と気が付いても。

 面倒だから、ほっておいているのだろう。

 犬が鳴き終わるまで。犬が死ぬまで、吠え続けるのを無視して、無関係を保ちたかったのだろう。

 心の奥に書き込む。

 終の棲家の近隣は信用ならない、と。

「こういう生き物の相続はどうなりますか?」

「あなた次第です。保健所で殺処分するならそれでもかまいません。過去に持ち帰って飼うのでもかまいません。ただし持ち帰るのは避妊手術を受けさせてからですが」

「あ、持っていっていいんですね」

 火葬場の予約、葬儀は不要。

 寺、墓の始末。

 家は借りているだけだから、家財の処分だけでよし。

 ネットで当人の口座からお金をおろして、てきぱきとスマホ一つでことを片づけながら、台所の棚をあさり、ドッグフードと水を新しくした。冷蔵庫には


 セレナーデ(犬)

 ドッグフードと缶詰は棚の下

 フードは計量カップ八分目

 缶詰は半分


 と、メモが貼ってあった。

 まあ、『私』はいつ死ぬかわかっていたのだから、私のために伝言ぐらい残しておくだろう。

 小さいテーブルにはエンディングノートがあり、死んだことを連絡してほしい人の名前の羅列されたページに、付箋がしてあった。

 『私』、なんて親切な。

 死亡の連絡を知り合いにする間、セレナーデががぶがぶと水を飲み、フードをむさぼっていた。

「私のそばにいてくれてありがとうね。連れて行けるみたいだから、連れて行こうと思うけれど」

 台所は片づいている。

 冷蔵庫もきれいなものだ。ほとんど入っていない。調味料がいくつか、だけ。冷凍庫は保冷剤と製氷皿に氷だけ。

 セレナーデが私を不思議そうに見ていた。

「『私』のことだからたぶん」

 と、探せば、犬用のリードとトイレやマット、寝床がまとめて置いてあり、それらが入れられるバッグと、犬用の駕籠もあった。そして病歴などの記録の書かれたノートも。去勢済みとあり。

「さすが『私』。これで安心して私も貴女を引き取れるわ」

 私が始末しなくてもいいぐらいに、やることがほとんどないみたいなレベルで片づいていた。

 付き添いの消防署の人が感心していた。

「死ぬ日がわかっていると動揺して生活が荒れたりする人も多いのに。見事ですね」

 自己始末は『孤独死』『身内なし』の両方の条件を満たした者だけに、過去の自分に通知のくる制度。

 遺産は自力で運べる範囲内で、過去へ持ち帰れるが、通帳とか為替とか小切手といったものは駄目。お札などのお金はもっていけるが、自分の時代の役所でその時代のものと交換され、一割近く手数料として取られる。

 リュックとカートを持っていくのを推奨されている。

 救急車で病院に運ぶ手間は省かれて。(最初で検死等終わっているのだ。その書類が延々と無限ループするのだろう)

 簡易葬儀屋が棺を持ってきて、『私』に死に装束を着せて中に納める。

 ささっと精算をすると、複雑そうな顔で

「このたびは」

 とあとが続かない様子で頭を掻いている。

 死者とその当人がいるからね。



 五日かけて、始末を付け終わった。

 セレナーデは男の子だった(だから、去勢、だったんだ)ことに、若干もやもやしたが、名前を変えるほどでもない。

 現金はウエストポーチに収まる程度。家具類は市のオークションに提出し、その儲けは半分は市に納め、半分は近くの動物園に寄付した。園長と『私』が知り合いで、経営が苦しいとかで、エンディングノートに寄付してほしい旨がつづられていた。

 彼氏だったのかな、と思うが。

 いずれ知ることだから、ほっておくことにした。死を伝えてほしいリストにはこの人、いなかったのに?という疑問はあるのだが。


 カートにセレナーデ入りの駕籠、リュックにセレナーデ用品。スポーツバッグに気に入った『私』の遺品を持って、現代に戻ると。

 三日しか過ぎていなかった。

 お役所の都合で、土日祭を避けたらわりとこうなる。



 私は『私』の残してくれたお金で、犬が飼える賃貸マンションに引っ越し、四年後にセレナーデが死ぬときに、ほぼすべて遺産は使い果たした。

 これはもう、わかっていて、そのためのお金を残したのだな、と思う。私に払わせてくれても良いのに、と思ったが、次の『私』へお金を残すのは私である。

 セレナーデに使ったのは、痛み止めを少し、点滴を四本、栄養価の高いフード、そしてノートにひそっと記載されていたセレナーデの死ぬ日の前後二日間仕事を休んで引きこもった、籠城用品代。

 私は『私』を看取ってくれた彼を看取った。

 苦しまなかったのが幸いだった。

 添い寝して、うとうとして、はっと気が付いたら、彼は息をしていなかった、それぐらい静かに逝った。


 私はまた、君に会う

 その君は私を知らないけれど

 そのときまで

 しばらくバイバイ


 私は思うのだ。

 セレナーデという存在が、私から寂しさを消してくれているということ。

 彼が私と『私』のループを完全につないでしまっているのだと。

 外から見れば、孤独な人生に見えるのだろう。だがそれはどうでもいい。

 私を看取る君に会う日を楽しみに待つことにしよう。





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