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白桃


斎藤茂吉

「ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「白桃」



 きっと、些細なことだった。小さな綻びが次第に大きくなって、手がつけられなくなっていった。禍福は糾える縄の如しと言うが、どうやらこの男の人生は、それがほどけてしまったようだ。そうしてお終いに、それは打ちっぱなしの冷たい床に転がっていた。

 もう何も無い、皿とお碗。最期の慈悲をあらかた食べ終わって、白い桃だけが残っていた。これを食べ終われば、男は死ぬ。本当の最期の晩餐として、男は白の桃を選んだ。

 桃の一切れを男は手に取った。碌な人生ではなかった。全く未練は無い。早く死んで、おしまいにしよう。親が悪かったか、友が悪かったか。運にも縁にも恵まれず、男は桃を口にした。こんなに甘いものは久し振りだ。少し冷たくとろりとして、桃は男の喉を優しく撫でた。

 もう一切れ、手に取った。そうして目を閉じて、男の好きだった桃を思い浮かべた。柔らかな薄皮に包まれて、ずっしりと重く、そして瑞々しい。ひとたび力を入れて握れば、ぐしゃりと潰れてしまうのに。だのになぜもぎ取られた後だとしても、桃はあんなにも力強く生きているのだろう。想像の中の桃は光を受けて、とろけた雪を思わせた。

 三切れ目、最後の一切れを前にして男はぴたりと止まった。奥歯がわずかに音を立てているのが、男だけに分かった。大切なものも、思い残すこともないのに、何を今更怖いのだろう。少し震える手を、ゆっくりと桃に近づけた。

 この世で一番価値のあるものを持つように、男は桃を掌で優しく包み込んだ。大事に、大事に目の前まで持ってきて、ぎゅっと目を瞑る。何故か暗闇の中に、男の殺した名も知らぬ母娘が現れた。男は、白桃の中に何かを見た。



 ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり。





 時間が、来た。


斎藤茂吉さんの

「ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり」

でお話作らせてもらいました。


これも文字数減らすのに苦労しました。今日はもう一つ書く予定。

でしたが、ちょっと思いつかなかったので、書きませんでした。

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