紫陽花
俵万智
「思いきり愛されたくて駆けてゆく六月、サンダル、あじさいの花」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「紫陽花」
「ただいま」
「おかえり」
いつもの会話。いつもの顔。仕事終わりで疲れた男は、玄関先まで来た妻を尻目にリビングへ向かう。ネクタイを緩め、一息つく。今日も、俺はよく頑張った。
「ご飯できてるよ」
男は当然腹ペコだ。ソファからゆっくりと立ち上がった男は、何も言わずに席につく。妻も、何も言わずに料理を運んでくる。
「なんだ、今日はやけに豪華だな」
「うん、ちょっと張り切っちゃった」
はて、今日は何か特別な日だったか。男には皆目検討もつかない。正直者は馬鹿を見るというのは本当のことだろう。馬鹿な男は思わず、何か特別な日か、と尋ねてしまった。
妻は何か口にしかけて、そうして男を睨みつけた。その目は、ちょうど外の空と同じ色だった。妻はそのまま何も言わずに家を飛び出した。男は驚きつつも、むしろ呆れた。何をそんなに怒ることがあるのだろう。どうせ、少し経てば勝手に戻ってくる筈だ。そう思いながら、男はビールを取るために冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中に、何かある。そうか、そうだ。薄暗い冷蔵庫の中のケーキが、男に結婚記念日を思い出させた。玄関まで行くと、妻のサンダルが無い。雨上がりだというのに、泥だらけになるだろうに。外に出ると、雨の雫の残った紫陽花が、夕陽でキラキラと輝いていた。
思いきり愛されたくて駆けてゆく。
六月、サンダル、あじさいの花。
俵万智さんの
「思いきり愛されたくて駆けてゆく六月、サンダル、あじさいの花」
でお話作らせてもらいました。
毎日続けるとか言って、今日は何故か二個です。そんなペースで大丈夫か?