第四話
「はあー…はあっ!」
エイジの鋭い声が、誰もいない修練場にこだまする。
入学式が終わり、数日がたった。新入生が学院の生活に慣れてきた頃、ランクを決め、クラスを正式に決定するため新入生トーナメントが開かれる。
新入生トーナメントは、一対一の総当たり戦だ。エイジはそのために1人早朝の練習に来たのだ。
「はあ、はあ……ふぅ。」
エイジは一息つくため、その場に座り込んだ。だが、そこで自分を見る視線を感じ振り返る。
視線は感じなくなったが、しばらく視線を感じた場所を見つめていた。
「…。まあ、いいか。そろそろ、戻ろうかな。」
呟き、立ち上がる。そして、修練場を出て朝食を食べるため、食堂に向かった。
黄昏の寮の食堂は、基本バイキングで自分の好きなものが食べれるようになっている。エイジは、ご飯と味噌汁、サバの味噌煮ときんぴらごぼうを器によそって食べ始めた。もくもくと食べ、あと一口というところで、支給された端末が鳴る。
「なんだ?」
エイジは、端末を操作しメールを確認する。
『生徒会室』
それだけしか、書かれていなかった。だが、エイジはメールの意図を理解したので最後の一口を食べ立ち上がった。
「おい。」
エイジが食堂を出ようとすると、声をかけられ、腕を掴まれた。またか、と思いながらも、振り返る。
「なんですか?」
そこには、短く刈り上げた金髪に灰色の目をしたエイジより二つ上の学年の生徒が彼の腕を掴んでいた。
「ちょっとこっちにこい。」
エイジの腕を引っ張り、連れていこうとするが振りほどき、立ち止まる。
「なんで、行かなきゃいけないんです?」
すると、微かに怒りを滲ませた声で相手は言った。
「お前の存在が気に入らねぇんだよ。はぐれ魔剣士の癖に生徒会なんかに入りやがって。俺が入るはずだったのに!」
エイジは頭を押さえ、こう思った。あーこういうやついるよね、と。
「で?それだけですか?」
そう言ってすぐに、しまったと思う。なぜなら、相手は顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいたからだ。
エイジの言葉は頭に血が上っているやつにとって、火に油を注ぐに等しいものだった。
「お前!ふざけるなよ!お前があの人の近くにいるなんて、認められるはずがない!今すぐ、生徒会を抜けろ!」
「いやー、それは無理ですよ。俺もやりたくてやってる訳じゃないので。」
そうなのだ。入学式の時に腕に着いた腕章は生徒会に入ったという証だった。ランダムではなく、強制的に相応しい者を選ぶというとんでもないもので、しかも、新入生だけでなく、全学年からだ。
おそらく、この男は今年こそ生徒会に入ろうと思っていたのだろう。だが、そこでエイジに席を奪われ、怒っているということだ。それに、熱狂的な朝陽のファンだとわかる。
だが、一度始まった言い合いは、止まらずどんどんエスカレートしていく。
「そこまで言うのなら、俺と勝負しろ…。俺が勝ったら、生徒会を抜けろよ!」
「いいですよ。でも、俺が勝ったら?」
「お前の願いを何でも一つだけ聞いてやる。」
「わかりました。それでいきましょう。」
そう頷き、約束を違えないよう魔法を使う。
『『契約せ…』』
パリンッ
完成しようとした魔法陳が粉々に砕けた。
魔法陳を砕くなんて反則技を使うやつはこの学院に1人しかいない。
「…そこまで。」
朝陽が現れ、その場が静まり返った。
「朝陽!?なんで、ここに?」
「来ないから、迎えに来た。」
そう言い、エイジの少し前で立ち止まる。
「な!なんで、朝陽さんが…。」
その声に朝陽が振り向き、氷の瞳を細めて言う。
「名前で呼ばないで。」
「え?な、なぜです?そいつは名前で呼んでいるじゃないですか。」
朝陽は、殺気を込めて睨む。
「エイジはいい。でも、私はあなたに興味がない。だから、呼ばないで。」
朝陽にそう言われ、男はショックで何も言えなくなった。
「エイジ、生徒会室に。」
「え?いや、ちょっと!」
有無を言わせず朝陽はエイジの手を引き、一緒に転移魔法で消えていった。
残された男は、周りから非難の目を向けられながら朝陽とエイジが消えていった方向を怒りを込めて睨み続けていた。
「で、大丈夫なのか?」
「なにが?」
生徒会室に着いたエイジは朝陽に聞く。
「だから、あいつだよ。」
朝陽はエイジに言われて、少し考え答える。
「別に構わない。興味がないから。」
「はあ、そうかよ。でも、気をつけろよ。ああいうやつは執念深いから。」
「…わかった。」
朝陽は素直に頷いた。エイジはたしかにこいつに危害を加えられるやつはいないなと思い、自分を呼んだ理由を聞くことにする。
「俺を呼んだ理由はなんだ?」
「新入生トーナメントについて。」
エイジは自分を呼んだ理由が、意外で驚いた。
「新入生トーナメントがどうしたんだ?」
「生徒会の一員として、上位にいてもらわないといけない。準備はできてる?」
ああ、そういうことか。と、エイジは理解し、答える。
「正直言うと、きつい。勝てる気がしないな。」
エイジの言葉に朝陽は頷き、言う。
「知ってる。毎朝、見てたから。」
「お前だったのかよ。どうりで視線を感じると思ったわけだ。」
「エイジには、魔力のコントロール力と決着を決める決定打が足りない。」
「!」
エイジは、朝陽の的確なアドバイスに驚く。
「それって…。」
「それさえなんとかできれば、上位は狙える。」
エイジは朝陽が毎朝自分を見ていた理由が、ようやくわかった。そして、感謝する。
「ありがとう、朝陽。あと一週間だけどなんとか間に合わせる。」
「ん。」
エイジはすぐさま自分のやるべきことをするため、生徒会室を飛び出した。