第三話
「なんで、俺がこんなことになってんだ?」
エイジは、アルヒ魔法学院の教室の机に座りこうぼやいた。
~時は少し遡り数時間前~
朝陽に捕まったエイジはアルヒ魔法学院の学長室に連れてこられていた。学長室にいたのは、朝陽と学長、拘束を解かれたエイジのみだった。
「で、君が市街地を荒らしていたはぐれ魔剣士かい?」
「別に荒らしていた訳じゃないですけど…はぐれ魔剣士かというと、そうですよ。」
学長に問われ、エイジが答えた。
「ふむ。」
いままで黙っていた朝陽が、口を開いた。
「学長。指令はこなしました。私も仕事があり、忙しいです。もう、いいですか?」
「ああ、そうだね。そろそろ君が戻らないと入学式ができなくなってしまうな。」
そう学長が言うと、朝陽はすたすたと学長室から出ていってしまった。
「あの~。さっきの入学式ができなくなるってどういう意味ですか?」
エイジが問うと学長は答えた。
「ああ、それはね。彼女が学院のトップ3名のうちの1人だからだよ。このアルヒ魔法学院のトップ3名はそれぞれが王が入る二つ名を持っているんだ。彼女は“黄昏の女王”と呼ばれているよ。」
「へぇ~。そうなんですか。」
学長はエイジの反応が面白かったのか少し詳しく説明した。
「この学院はね、全寮制で、トップの二つ名によって3つの寮の名前が毎年変わるんだよ。まあ、トップが変わらなければ、寮の名前は変わらないがね。」
「なんか、面倒ですね。」
エイジが言うと、学長はクスッと笑い言った。
「たしかに面倒だが、私は気に入っているよ。その寮の王の実力によって新入生は、どの寮に入りたいかを考えることができるからね。それに、王によって寮の特徴が変化する。例えば、貴族がトップだと貴族よりの寮のルールができるとかね。」
「平民にとっては、地獄ですよ、そこ。」
学長は大きく頷く。
「そうだね。ちなみに今は、“朝露の寮”“黄昏の寮”“宵闇の寮”だね。朝露と宵闇は貴族よりだよ。」
学長の話を聞くと、エイジは言った。
「平民よりなのは、あいつの寮だけ…?」
「そうさ、だが、彼女は平民か貴族かはわからない。彼女の素性は誰にも明かされていないんだ。人間かどうかもわからない。」
エイジは考え込み、朝陽をもっと知りたいと思っている自分がいることに驚いていた。
そんなエイジを見て学長は、ある提案をしようと考えた。
「なあ、君、エイジだったか?学院で学ぶ気はないかい?」
「…なに言ってんですか?」
「そこはもうちょっと、驚いてくれないかい?なんか、悲しくなるよ…。」
エイジの冷静なツッコミに学長はしゅんとなった。その様子を見たエイジは、自分が悪者のような気がしたが無視して言った。
「いや、しかたなくないですか?ていうか、なんでいきなりその提案が出てくるんですか…。」
聞かれた学長は、しゅんとした演技を止め少し言葉を選びながら言った。
「なんで、か…。それはそうしなきゃいけない気がしたからかな?だが、君だって彼女のことが知りたいんだろ?ん?」
「…それは、そうですけど…。」
そのエイジの反応に、学長はニンマリと人の悪い笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、決まりだね!」
「え!?いや、ちょっと!なんで!?」
エイジの声もむなしく、学長は制服と学校案内のパンフレットをエイジに渡した。
「じゃ、あと1時間ぐらいで今年度の入学式が始まるから。制服に着替えて、講堂に向かっておくれ。」
「はぁ、わかりましたよ。」
エイジは抵抗を諦め、学長室を出ていった。エイジが扉を閉めるまで学長はニヤニヤ笑いながら、手を振っていた。
「…今日、厄日なのかな。俺…。」
歩きながら呟いたエイジの声は誰もいない廊下に、むなしく響いた。
そして、今にいたる。
"キンコンカンコーン"
『まもなく、入学式が始まります。新入生は講堂に入場してください。』
「はーい!ってね…。」
1人自虐的に呟いた。
そして、席を立ち講堂へ向かう。いろんな所から、新入生の楽しげな笑い声が聞こえる。
「賑やかなもんだな。……。」
そう、1人呟き黙り、立ち止まる。
カツ、カツ、カツ、カツン。
「なぜ、あなたがここにいるの?」
“黄昏の女王”夜闇朝陽が、騎士服ではなく制服姿で目の前に現れた。
「…俺もここに入学することになった。」
朝陽は目を細めエイジを見る。
「そう、そうなると思ってたからいい。」
「エイジ。」
「…?」
エイジの言ったことの意味がわからず、朝陽は無表情の顔にほんの少し怪訝な色を浮かべた。
「それは、あなたの名前。」
「はぁ、だったら、そのあなたっていうのやめろよ。」
朝陽はほんの少し目を見開いて、言った。
「エイジ…。」
「ああ。」
すると、朝陽はくるりと踵を返し歩き去ってしまった。残されたエイジは口元に笑みを浮かべ、朝陽のあとを追いかけた。
『これで、入学式を終わります。』
やっと終わったー。ああ、しんどい…。そう思ってエイジは立ち上がり、伸びをしようとしたが、できなかった。さっきまで、先生達が立っていた壇上に3人の男女が立っていたからだ。周囲がざわめき始める。
「王だ。」
「なぜ王が?」
男がマイクを握ると、講堂は静まり返った。
「新入生、入学おめでとう。これから、君たちが所属する寮について我々王がそれぞれ説明しよう。まずは、朝露の寮から。」
男が一歩下がり、背の小さい蜂蜜色の髪と目をした少女が一歩前に出る。
「“朝露の王女”朝倉向日葵だよ!よろしくね!」
エイジはほんとに王か?と思った。
「朝露の寮は、聖属性と水属性のどちらかの魔力を持っている子が多いよ。それと、種族はみんな人間だよ。寮のルールは、とにかく私を楽しませる。以上!」
向日葵が一歩下がり、さっきの焦げ茶色の髪と紫色の目をした男が一歩前に出た。
「“宵闇の王”烏瓜三日月だ。俺を知らないアホなやつは、いないな?」
性格悪いな…。エイジが思った。
「宵闇の寮は全員、闇属性と火属性のどちらかの魔力を持っている。種族も全員、人間だ。寮のルールは地位が全て、だ。以上だ。」
三日月が一歩下がり、朝陽が一歩前に出た。
「…“黄昏の女王”夜闇朝陽。」
「おいおい、少しは笑ったらどうだ?」
エイジがボソッと言うと、朝陽がこちらを睨んできた。聞こえてるのかよ、とエイジは思った。
「黄昏の寮は、持っている魔力属性に共通性はない。多種多様な魔力を持っている。種族も人間だけじゃなく、精霊や獣人など様々。ルールはみんな平等。以上。」
それぞれの寮の説明が終わると、学長が出てきた。
「みな、今の説明でだいたいわかっただろう。さあ、自分が心から一番入りたい寮を頭に思い浮かべるといい。それが、君達の入る寮だ。」
新入生全員が、目を閉じ寮を選ぶ。
エイジは黄昏の寮に入るつもりでいたが、途中から朝陽のことを考えていた。
3人の王は片手を上げ、魔法を使った。
『『『決めよ!そして、彩れ!』』』
すると、制服のネクタイが朝露は空色、宵闇は紺色、黄昏は朱色に変化した。
エイジは自分のネクタイが、朱色に変化するのを確認し、気づいた。右腕に腕章が着いている。
「え?なに、これ??」
朝陽はエイジが腕章を、着けているのを遠目で確認し、また、あいつかというふうにため息をついた。
夕暮れ、黄昏時。
入学式が終わり、人影が少なくなったころ朝陽は裏庭に向かっていた。
裏庭には、男子生徒が1人いた。彼は朝陽が来たのに気づき、振り向いた。
「あ、夜闇さん。やっと、来ましたね。」
彼は言った。だが、朝陽は歩みを止める気はない。
「えっと、夜闇さん?どうしたのかな?」
彼は戸惑いながらも数歩後ろに下がり、言った。
だが、朝陽は止まらない。また、彼は下がる。学院の校舎の壁が彼の背中にあたる。
「夜闇さん?いったい…。っ!」
朝陽はトワイライトを抜く。彼の心臓に深く突き刺す。彼は、何か言おうとするが、何も言えずに絶命する。
朝陽はトワイライトを死体から抜き、刃に付いた血を指先でなぞり、ペロッと舐める。
血のように真紅の瞳でトワイライトの刃を見る。そして、死体の心臓があった位置をもう一度刺し、歌うように魔法の詠唱をする。
『魔聖剣トワイライトよ、血と肉と、存在すらも贄とし、力にせよ。』
死体に突き刺さったトワイライトは怪しい光を放ち、光が消えた頃には死体も彼の存在もこの世界から消滅していた。
黄昏の彼女は毛先だけが白い漆黒の長い髪を風になびかせて、夜の闇に消えていった。