一方その頃、常連客のリトルとドク
カウンターから離れた席で、大柄な二匹が酒を飲みながら、のんびり話している。
そうやって他愛ない会話を続いていると、カウンターの方から大きいな音が響き、尻尾でテーブルと椅子を倒しながら、店のオーナーが裏へ繋ぐ通路の方へ向かっているのが見えた。
そんなオーナーの姿を見て、自身の羽根を整いながら、鳥の方が感嘆を吐いた。
「しかしいつ見ても、ママのあの体格は立派なものだな」
「確かに、噂では昔は警察だとかなんとか」
「ええ! それってバリッバリのエリートコースじゃないか! なんて今はこんなバーを経営しているんだ? しかもオスなのに、ドレスを着ちゃってさ」
「はは、うちの若い子に聞かれたら、『オスがメスの格好をしても全然おかしくない』って怒られるぞ、お前」
「いやいや、今明らかに茶化そうとしてるな。何か知ってんの?」
「いんや、何も知らねえよ。というか、ここでそんな詮索こそ無粋ではないのか?」
鋭い虎の目で見つめられて、一瞬鳥の方は身震いをしたが、お互いの手元にあるグラスを見て、諦めたように、鳥はそう言葉を吐き捨てた。
「そうだな、あんたの言う通りだ、詮索なしというのが基本のマナーだよな、ここ」
「まあ、そんなに気になるなら、ママか、もしくはあの黒猫と仲良くする事だな。」
「黒猫? どういう事?」
そう鳥に聞かれて、虎は少し通路の方へ顔を向き、そして見つけた姿へ指さしながら、少し呆れた声で彼は鳥にそう返した。
「ほら、今ママと話してる黒い子いるじゃん? アイツが黒猫だ」
そう言われた鳥はちょっとだけ体を捻り、オーナーを宥めた真っ黒い姿を見た。すぐに体を戻して、少し考えた後、鳥は小声でそう聞き返した。
「あれはねこ……なのか?」
「常連がそう呼んでるのを聞いただけだ。多分猫じゃないとは思うが。」
「ああでも、あの体格で鰐科のママを止められるなら、草食獣じゃないだろうな」
「鰐科って、聞い事ないぞ」
「えっ、ないの? まあいいや、言いたい事は伝わってるだろう?」
「まーたそんな適当な、お前さん医者だろう?」
「医者つってもね、私は羽根専門だから、他の種の事なんて知らないよ」
「それでいいんか、お前んところの病院は」
「いやいや、そもそもうちは鳥類専門だぞ。鳥類ってどれほどの種を内包していると思う? それに、毎月更新される情報を取り入れるだけでも忙しいのに、他の種なんて知った事か!」
思わず強くテーブルを叩いた鳥を見て、虎は少し驚きずつも、グラスの中身を一口飲み、虎はそう聞き返した。
「へー、そうなんだ。じゃあそこそこ忙しいのか?」
「私の場合手術専門だから、暇な時期と忙しい時期があったりするんだ」
「そういうもんなのか?」
「おう。有り難い事に、今年の飛行事故率が低いから、去年よりやや暇しているよ」
「よく分からないけど、なんか病院の仕事って大変そうだな」
「まあ、一年目に比べれば、今は大分平和なんだけどね」
「それって慣れてるだけじゃねえの? いやいいけどさ……」
そうやって二匹が雑談し続けていると、いきなり扉が開かれて、思わず鳥は鈴の音がする方を見ようとした。しかし、その視線は虎の掌で塞がれて、その直後、唸るような低い声が響いた。
完全に驚き固まった鳥を見て、虎は目が合わないように鳥の顔の向きを変えた。
しばらく待ち、その声の持ち主が入り口から離れた後、ゆっくりと虎は手を離した。それでも驚いた鳥は暫く目を丸くし、動かないままでいた。
けど、虎の視線が動いた事に気づき、こっそりと入ってきた者の方を覗くと、鳥は先ほどの虎の行動を理解した。
ちょっとだけ座る位置を変えて、鳥は虎に近づき、控えめな声で鳥はそう耳打ちをした。
「ヤバイ、のか?」
「どう言えば良いんだろうか、あっ、お前学校は草肉共学だよな?」
「いや、医学院に入るまではずっと草食オス校を通ってきた」
「うえマジで!? めっちゃメス慣れしてるから、てっきり……」
「あー、鳥ってオスの方が派手なヤツが多いからそこそこ遊ぶぞ? てか話を戻そう、肉食が居る学校ならそいつの事が分かるのか?」
「あ、ああ、毎学期演説しに来るんだ。肉食と草食の付き合い方がテーマなんだけど、毎年の共食いの案件を説明するから、正直めっちゃ苦手だ」
「ああ、血とか怪我とか苦手だもんなあんた。そのツラで保育園ってのは未だに信じられないよ」
「その話今とは全然関係ないよな? そこいじるの本当にやめてくれる?」
「はいはい、すみませんでした。っと、あれ? なんか様子が変だな」
「何があったのかな、おっ」
揃って二匹が顔を上げると、カウンターの方から音がして、肉食獣用の大型スマホで話しながら、オーナーは急いで店の外へ出た。
それを見送り、鳥も虎も少し驚いたような顔をして、互いの事を見ていた。
暫く無言は続いたが、先にその沈黙を破ったのは、鳥の方だった。
「最近物騒だよな、共食いのニュースに増えてくるヒューマセクシャリティ、はあ……面倒くさ」
「共食いの件についでは俺も辛いんだよな、肉食獣だからって怖がられてるのもいい加減にして欲しい。それでその、ひゅーま、せくしゃりてぃ? ってのは何?」
「ヒト性愛って奴だ。あれだよあれ、この前ペットと結婚したいスターのニュースあったじゃん?」
「ああ、読んだ読んだ。というかそれのせいで、ペット関連の教材は来年から更新されるらしい。まあ、変えたら変えたって、次の保育士免許更新まで勉強しとけば良いだけの話だけど」
「あんた真面目だな。ここまで勉強好きな虎、私初めて見たよ」
「別に好きじゃないんだけどな。ただ、草食の連中の相手をするより、問題集と睨めっこしてる方が楽だから」
「あれ? 運動とかは好きじゃないのか?」
「うちは共学だからな、草食と一緒のチームを組む事がある。そんでな、どんなに強い草食でも、時々怖がられているのが分かるんだ。……例え相手にそのつもりはなくともな」
「いや、あんたの場合は体が大きいからさ、草食だけじゃなくても、小柄の連中は大体ビビるぞ」
「えっ、本当?」
「えっ、気づいてないの?」
「ええええじゃあお前が俺を怖がらないのは単純に感性がおかしいという訳じゃなかったのか?」
「よーし今すぐ表出ろ!」
虎の言葉に思わず鳥がテーブルを強く叩き、勢いよく立ち上がった。が、その時、オーナーと話していた全身真っ黒の子が近づいてきた。
「はいはい、最近はパトロールが厳しいから、喧嘩ならこの地域を出てからする事をおすすめしますよ」
「あっ」
「えっと、なんかすみません」
「いいえ、大丈夫ですよ。そろそろ飲み物が無くなるなと思って来てみたんですけど、どうします?」
そう黒い子に聞かれて、鳥はどこか恥ずかしそうに席に座り、向かいに居る虎はケラケラと笑いながら、先に注文した。
「俺は同じビールのお代わり、ドクはウィスキーでいいんだよな?」
「あっ、いや、うーん、たまには違う奴頼もうかな」
「もしウィスキーが好きでしたら、ハイボールはいかがですか?」
『ハイボール?』
初めて聞いた単語に、二匹の声が自然にハモった。
そんな不思議そうな二匹の表情を見て、小さく笑いをこぼした後、黒い子は先ほどの自分が使った単語を説明した。
「ハイボールと言うのはウィスキーをソーダで割った飲み物のことですよ。ウィスキーの味と香りをしっかり堪能出来る上、優しくなったアルコールも楽しめますので、会話を楽しみたいなら、こちらをおすすめしますよ」
「それって美味しいの?」
「炭酸が弾ける感覚と甘くなるアルコール……僕は好きですけど、苦手な方もいると思いますし、答え辛いですね」
そう言われて、鳥はやや躊躇を見せたけど、逆に虎は少し体を近づき、小声で虎は黒い子にそう聞いた。
「ちなみに値段とか、度数はどうなる?」
「そうですね、これくらいになりますね」
その質問に対し、サラサラっと黒い子が持っているメモに書いた数字を見て、虎は少し考えた後、黒い子にそう言った。
「じゃあ俺ビールじゃなくて、このハイボールにしてみるわ」
「えっ、お前酒弱いのにって、ああそうか、ソーダ入れるから濃度も下がるか。じゃあ私も同じのを」
「はい、かしこまりました。おつまみなどは頼みますか?」
「うーん、特に要らないかな私は。リーは?」
鳥にそう聞かれて、虎は少し考えた後、そもそもハイボールもといウィスキー自体は初めてだった事を思い出して、虎は素直にそう聞いた。
「ハイボールって、そもそも何が合うんだ?」
「炭酸が入ってますから、案外ジャンクフード系とも合いますよ」
「ジャンクフード! それは考えてなかったな。というかここはバーなのに、ジャンクはいいのか?」
「いいんじゃないですか? アルコールを何と一緒に楽しみたいのかは、皆それぞれ違うですから」
黒い子がそう言い切ったのを聞き、虎は少しビックリしたけど、俄然と興味が湧き、笑いながら虎はそう聞いた。
「ははは、確かに。じゃあ、何かおすすめなのある?」
「では、フライポテトにチーズソースなどはどうですか?」
「おお、罪深い組み合わせだなそれ、一つ頼むわ」
「はい、今から用意しますので、少々お待ちください」
「ああちょっと」
「はい?」
注文を取り終えて、そのまま振り返った黒い子の匂いに引っかかりを覚えて、虎は思わず呼び止めた。
驚きながらも足を止めて、こっちを見てくる黒い子の表情はパーカーとマスクで分からず、虎は少し戸惑ったけど、その戸惑いを感じたのか、代わりに鳥の方がそう聞いた。
「私は医者だから率直に聞くけど、あんたそれ病気なの? それともヤバイ事した?」
「なるほど、顔を隠している事についでですね。一応言っておきますけど、伝染病とかではなく、単純に驚かせたくないから隠してるだけです」
その返事を聞いて、虎は少し納得した様子を見せたが、鳥はどこか興味津々とパーカー姿を眺めて、意地悪そうな声で鳥はそう言った。
「驚く? そこまで醜いというのなら、逆に見てみたいけど」
「ちょっドク!?」
その言葉を聞いて盛大に声をあげた虎と違い、鳥の返事を聞いても、特に焦る様子もなく、黒い子は冷静にそう返した。
「ええと、雑種ってご存知……でしょうね、医者ですから」
「あっ、そういう。なんかすみません」
「いえいえ、いいですよ。よく聞かれますので」
全く気にしてないようにそう返された言葉を聞き、鳥はやや安心したように息を吐いたが、今度は虎の方から質問が飛び出した。
「あの、雑種ってどういう事?」
「あのな……」
気まずそうにしている鳥を一目見て、思わず黒い子は笑いをこぼした。そして、一度持っている物をテーブルに置き、両手を伸ばして、黒い子はそう答えた。
「失礼……普通虎は虎と、鳥は鳥と結婚し、子供を作るでしょう? でも、今では種が近いなら、結婚して子供を作ることも少なくありません」
「ああ、それは知ってる。というか今じゃあ純血の方が珍しい、だよな、ドク?」
「種族にもよるけど、確かに同種に拘る獣が減ってきたのは事実だ」
「はい。そして、基本違う種と出来た子供はハーフと言うんですけど、問題はここからです。ある程度遠い種の間に出来た子供を雑種と呼びます。さて、どれほど種が遠いと雑種と呼ばれるでしょうか?」
分かりやすく黒い子は体を傾け、その顔は鳥の方へ向いた。
鳥は最初は少しビックリしたが、虎にも同じように見られた事に気づき、鳥は深くため息を吐いた後、やや不満げに咳払いをして、鳥はそう答えた。
「それ引っ掛け問題だな。基本は同じ属、場合によっては同じ科でも雑種と呼ばない。答えは『雑種は基本違う科の間で出来る子供の事を指す』だ」
「引っ掛けるつもりはなかったんですけど、なるほど、正しく答えるとなると答えはこうなるのですね、勉強になります」
鳥の返事を聞き、黒い子がメモを取り出し、真剣に先程答えた言葉を書き留めた。それを見て、鳥はどこか照れたように自分の羽を撫でていた。
一方、鳥の回答を聞いた虎は真剣に考え始めて、すると、小さな呟きが虎の口から零れた。
「なるほどな……しかし、違う科って言っても、やっぱりピンと来ないな」
虎の言葉を聞き、鳥がやれやれと首を横に振り、その様子を見て、黒い子は息を吸い、鳥の代わりに彼はそう答えた。
「例えば獅子と狼の子供とか、蜥蜴と蛇の子供とかも雑種ですよ」
「ああ、言われてみれば、確かにそういう感じがするな」
「ちなみに雑種の子供は基本親両方の特徴をある程度保持しますので、場合によっては大惨事になります」
「大惨事?」
「獅子と狼なら、見た目の特徴は案外似てますから、まだマシの部類ですけど。でも、例えば鷹と猫の子供とか、もしくは馬と熊の子供とかはどうなると思います?」
「そうか! 何を親から継承したのかによって、生きる事すらも難しい場合があるって事かっ!」
「はい、そういう事です」
黒い子の言葉を聞き、虎がハッとしたあと、黒い子を見て、分かりやすい程に虎は悲しい表情になった。すぐに虎の反応に気づき、鳥もどうしたらいいのかと迷った。
そんな二匹の反応を見て、黒い子は小さく笑った後、ゆっくり虎の方へ向き、柔らかい声で黒い子はそう言った。
「あなたはとっても優しいのですね。……実はここまで話しちゃえば、結構キモがられたり引かれたりしますけど、あなたは悲しんでくれるのですね」
「いや、その……本当にごめん!」
「いやいや待て待て、どちらかと言うとお二方の楽しい会話を邪魔した僕が謝るべきです。だから、どうか謝らないでください。僕も少し意地悪になってしまいました。すみません」
やや早口でそう言うと、黒い子は深々と頭を下げた。
自分の方が悪いのに! と、そう考えた虎が目の前の黒い子を見て、どうしたらいいのかと虎が戸惑っていた。
その時、鳥はわざとらしく咳払いをして、そして大きく両翼を広げた彼はそう口を開いた。
「はい! この話はここまで! ついでに言うとどっちも悪くない。たまにあるんだよ、話題の選択ミス。そういう事にしようそうしよう、な!」
「あっ、はい」
勢い余って、再び鳥は立ち上がってしまったが、そんな鳥を慣れた様子で眺めていた虎を見て、黒い子は思わず吹き出した。
なぜ今笑ったんだというように、虎と鳥が不思議そうに顔を向けて、その二匹の視線を同時に受けると、笑いながらも、黒い子はそう話した。
「すみません、お二方の心遣いがとても嬉しかったので、つい笑ってしまいました。っと、注文を用意してきます、何があれば呼んでください。それと、僕はブラックと言います、よろしくお願いします」
「私はドク、そっちの厳つい虎はリトルだ」
「ちょっ! 本名はやめろつってんだろうかい! ……あっ、えっと、リーと呼んでくれ」
「リトルという名前も充分素敵だと思いますよ。でも、本当に嫌でしたら、リーと呼びます」
「んうっ!」
ブラックの発言が予想外だったのか、思わず奇声を上げてしまい、リトルは両手で自分の顔を隠した。しかし、彼の尻尾からは隠しきれない嬉しさが伝わってくる。
やや驚いたドクの反応を見て、一瞬リトルをからかおうとブラックは思ったけど、流石にこれ以上オーダーを停滞させるのもイケないと考えて、ブラックは小さく手を振った。
「では、注文を用意してきます。ドクさん、リトルさん、また後で」
そう話しながらブラックはテーブルに置いたトレーを手に取り、言葉が終わると同時に、彼はその場を去った。
ブラックに名前を呼ばれた時、リトルは自然に顔を上げた。
パーカーのせいで目の位置も分からないのに、しっかりとブラックと目が合ったような気がして、また少し恥ずかしくなり、思わずリトルはテーブルに伏した。
滅多に見ることのない友の様子に驚きながら、ドクは空になったグラスを退けて、少し顔を寄せた後、小さな声でドクはそう聞いた。
「珍しい反応だなあんた、どうした? まさか一目惚れとかじゃないよな? 顔すらも見えてないぞ?」
「そうじゃねえよ! ……あいつ、名前を聞いても笑わなかった。しかも褒めてきた! こんなの初めてだ」
「それでそんなに嬉しいんだ」
「初めてのガールフレンドにも笑われたんだぞ! そりゃ保育園の子供たちと打ち解けるきっかけになったけど、それでも素敵とか、言われた事が、ねえんだ」
「……前々から思っていたが、あんたさ、小柄の子に対していつもテンパるし、ガールフレンドとも長続きしないのってっ」
「やめろそれ以上言うの! 俺の傷を抉るな! つーか俺の趣味は大型獣なのはお前も知ってんだろうに!」
「いつもそっちの苦労話聞いてるから知ってる。でもさ、いくら経験済みだとしても、こうした言葉の付き合いは童貞よりも酷いぞ」
「うっ、それは、否定出来ねえ」
そう言い返した後、まるで拗ねったようにリトルは徹底的に顔を隠し、その体勢はブラックが注文を持ってくるまで続いていた。