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☆魔王様は恋してない

 魔王である私は当然、魔王城に住んでいる。

 つまり家がそのまま職場で、私は常に『魔族たちの王』として振る舞わなければならない。


「それでですね、勇者さんがそのときに……」

「最近の魔王様は、勇者様にご執心ですね」

「う……だ、だって勇者さん、すっごくいい人なんですよ。この間だって、私に多めにご飯取り分けてくれて……そ、その、お、お疲れさんって言ってくれたんです……えへ、えへへ……」


 そんな私でも、魔族で唯一、本音で話せる相手がいる。

 それは私が魔界を統治する前から付き従ってくれている側近、メイドちゃん。

 側近の中でも最上位の戦闘力と、最高の御奉仕力を持つ彼女は、長く私の侍女として身の回りのお世話や護衛を務めてくれている。


 勇者さんとのあれこれをメイドちゃんに報告するのが、最近の私の日課だ。


「お疲れなんて、魔王様はいつも言われているじゃないですか」

「上っ面のご機嫌取りのお疲れ様ですと、勇者さんのお疲れさんはぜんっぜん違うんですよ」

「……私は上っ面のご機嫌取りで、お疲れ様ですとは言っていませんが?」

「知ってますよ。だから、勇者さんとメイドちゃんは特別です」

「……そう言われると、私はまったく勇者様のことを嫌えなくなってしまいますね」


 くすりと笑う彼女は、私よりずっとクールで、格好いい女性だと思う。

 魔族の中でも特に魔力の高い夢魔という存在の彼女は、褐色の肌を貞淑な侍女服に包み、立派なツノはフリル付きのカチューシャで飾られている。

瞳は赤くてシャープで、髪は金色で私とは正反対。女の私から見ても魅力に溢れていると思う。


「……メイドちゃんは、私が人間たちを奴隷や家畜にしていないことについて、どう思いますか?」

「……個人的な意見でよろしいのなら、正直に言ってあまり良い手ではないと思います」

「う、ですよね……」


 思ったことをすっぱりと言ってくれるところも好きだ。

 否定されたらもちろん落ち込みはするけれど、それでも私に気を使ったりゴマすり目的でヨイショされたり、自分の利益だけを考えて騙そうとしてくるよりも、ずっと信頼できる。


「私たちは人類と長く戦い続けました。ゆえに恨みは多く、捌け口を求めるものたちが一定存在することは、否定できません」

「……はい」

「一部の武闘派からは否定的な声しか聞きませんし、そうでなくとも魔界は基本が弱肉強食。敗者を守ろうとする魔王様の姿勢はいらぬ誤解をうみます」

「まあ、舐められますよねー」

「ですが、個人的には好きです。魔王様のそういうところを支えたくて、私は側近をしていますから。……貴方らしいので、良いと思います」

「……ありがとうございます、メイドちゃん」


 心からのお礼を言うと、メイドちゃんはまた、クールに微笑んだ。


「重ねて個人的なことを言うと、最近の色ボケ魔王様はドチャクソかわいいので、勇者様もっともっとって感じです」

「んん……!?」


 おかしい。なんか今、クールさの欠けらも無いような感じのセリフが聞こえた気がする。


「ま、待ってくださいメイドちゃん。私と勇者さんは、別にそういうんじゃなくてですね?」

「あら、そうだったのですか。私はてっきり、ふたりがデキているのだとばかり」

「デキ……!? で、できてません! ま、まだ手も握ってません!」

「まだ……なるほど……?」


 なんでちょっと疑った目をするんですか!?

 どうやら誤解があるようなので、私は改めてメイドちゃんに向き合うと、こほん、と咳払いで前置きをしてから、


「良いですか、メイドちゃん。私は勇者さんのお部屋で人界のあれこれを聞いて、統治の指針をですね……」

「おうちデートで相手の理解を深めているのですね?」

「っ、ち、ちがっ……た、ただ一緒にご飯食べてるだけです!」

「おうちデートじゃないですか。ちゅーはいつするんです?」

「っ、も、もうっ、もうっ! だから違うって言ってるのに! 私は魔王、あの人は勇者さんなんですよ!」

「ふたりが結婚したら、両種族の歩み寄りとして良いアピールになると思うのですが」

「けっ、けっこ、そ、そんな、そんなことになったら大変じゃないですか!」

「大変なんですか?」

「だ、だっておはようからおやすみまで勇者さんと一緒だなんて、そんなっ……そん、な……」


 そんなことになったら、どうなってしまうんだろう。

 朝は勇者さんの声で優しく起こされて、時には私が先に起きて彼を起こして、一緒にご飯を食べて、もしかしたら公務だってふたりでこなしてしまったりして。

 夜はふたりで同じベッドで、手を繋いで笑いあって、ううん、もっと凄いことを――


「――魔王様、満更でもないみたいですが」

「ままままま満更でもないことないです!」

「あら、それじゃあ勇者様は魔王様から見て魅力がないと……」

「そんなことありません! 勇者さんは素敵な人です! たまに笑った顔とかすごくカッコイイですし、ぶっきらぼうな言い方するけど優しい人なんですから!!」

「……主人が面白い……ぷっ……」

「なんで笑うんですか!? と、とにかく、私と勇者さんはそういうんじゃないんです!」

「はいはい、そうですねー、そういうんじゃないんですねー」


 めちゃくちゃ適当に返されている気がするけれど、ここでまた怒ると笑われてしまう気がするので、私はぐっと堪えた。


「も、もう、今日はそろそろ休みますからっ」

「……ええ。おやすみなさまいませ。……魔王様」

「……なんですか、メイドちゃん」

「私は、あなたがどんな判断をしてもお支え致しますよ」

「急に真面目な……分かってますよ、そういうことは」


 私がたったひとり、本当に本音で話せる相手なのだ。

 上司と部下という立場以上の信頼をしているし、彼女だって私を慕ってくれていることはとっくに知っている。


 私の言葉が満足だったのか、メイドちゃんは侍女服の端をつまんで、優雅にお辞儀をする。これは彼女が心から感謝している時にしかしない仕草だ。


「はい。それでは魔王様。おやすみなさいませ。……頑張って勇者様を落としてくださいね?」

「だ、だからそういうんじゃないですってば!」


 文句を言ってやると、メイドちゃんは笑みのままで部屋を出ていった。あれはまだ絶対に勘違いしているので、いずれ正さなくては。


「メイドちゃんったら……違うって言ってるのに……もうっ」


 いなくなった相手に言っても仕方が無いので、私は怒りを納めてベッドへと身を投げ出した。

 メイドちゃんの仕事は今日も完璧で、ふかふかのベッドが全身を優しく包み込んでくれる。


「……勇者さん」


 口にすると、それだけで頭の中にあの人の笑顔が浮かんでくる。 

 ぎゅ、と胸が締め付けられるような感覚に、私は自分の体温が上がるのを感じた。


「っ、ち、違います、これはメイドちゃんが変な事言うから、へ、変に意識してるだけで……う、ううぅっ、メイドちゃんのあほー……」


 温度から逃げるようにして、私は瞼を閉じて、意識を失うことに集中した。

 明日もまた、勇者さんに会えるかな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦えるメイドや執事っていいよね
[良い点] 安易なてぇてぇが多すぎて供給過多で悶える。とてもよい。
[良い点] 最高の御奉仕力を持つ彼女 [一言] メイドちゃんは夢魔
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