☆魔王様は魔界パズルをしたい
「で、新しいオモチャって?」
「ふふふ。これです!」
どさっ。
相変わらずどこからともなく現われた物体に、もはや突っ込むことはしなかった。
異空間からの召喚というとだいぶ高度な魔法だが、コイツはそれを気軽に扱えるような存在だからだ。
「……不揃いのブロック?」
「魔界パズルです!」
「パズルまであるのかよ、魔界……」
「ええ、このたくさんのピースを正しく組み上げると、ひとつのオブジェクトが完成します」
人界で言うところの、立体パズルってことか。
「ふーん……暇潰しには面白そうだな。じゃ、早速……」
「あ、ダメですよ勇者さん。手は使わないでください」
「は?」
言われたことの意味が分からず、俺は首を傾げる。
「手を使うなって……じゃあどうやって組むんだよ。足か?」
「違います。魔法で組むんです」
「魔法で……?」
「ええ、こんなふうに……えいっ」
魔王が手を翳した瞬間。
山になっているパズルのピースのうち、ひとつが浮き上がった。
「うお、浮いた……!?」
「魔力を通しやすい物質に、魔法をかけてあるんですよ。魔力を流すと浮かんで、思った通りに動かせるんです。こんな感じで、回したりとかもできますよ」
実演販売のように、魔王が空中に浮かんだピースをくるくると回したり、上下に動かしたりする。
「おおう。すげぇな、魔界パズル」
「魔力を鍛えるための、『教育玩具』なんです。魔法が得意な種族の子供は、大体コレで魔力の制御を勉強するんですよ」
「へぇ……そうなのか」
人界において、魔法が使えるかどうかは完全に才能だ。そして魔法を使えるものは希有で、だいたい国からの補助を得て英才教育組になる。
だからこういう遊びながら魔力を育てる、という発想は、人界にはないものだった。
「この間、勇者さんの『まりょく』ステータスを見たところ、勇者さんなら簡単に扱えると思いましたので。あと男の子って、こういうの好きかなって思いまして……どうです?」
「飛ぶオモチャは、確かに面白いな……よっと」
魔王の真似をして、俺は目の前の物体に軽く魔力を流してみせる。
思っていた以上に簡単に、山の中からひとつのピースが浮き上がり――
「あ」
――かつん。
渇いた音を立てて、ピースが天井にぶつかった。
どうやら少しばかり、魔力を入れすぎていたらしい。
「やっぱり勇者さんの魔力だと、余裕どころか手加減が必要なくらいですね」
「手加減ね……ええと……」
「ふふ、はじめてですものね。ちょっと待ってください、コツを教えますから」
言いながら、魔王はこちらへと身を寄せてきた。
そのままの動きで、彼女は俺の手に触れる。
「っ……!?」
あまりにも気軽に距離を詰められて、驚いてしまった。
魔王の方は、あくまで教えているだけのつもりなのだろう。俺の動揺に気付く様子もなく、こちらに体重を預けるようにして密着してくる。
「良いですか、ちゃんと力を抜いて……あ、ダメですよ、そんなに力んだら上手にできません」
「あ、ああ、わるい……」
お前のせいだろ、と正直に言うわけにもいかず、俺はややぎこちなく頷いた。
押しつけられてくる感触は柔らかく、手は滑らかで、少し低めの体温を感じる。
……不意打ちは心臓に悪いな。
こうして相手からひっついてこられると、普段は意識してあまり考えないようにしていることを、どうしても考えてしまう。
静まれ、と心の中で何度か唱えて煩悩が湧かないようにしつつ、俺は改めて意識を集中する。
「あ、浮いた浮いた! 出来てますよ、勇者さん!」
「っ、お、おう……」
「ふふ、やっぱり勇者さんは物覚えが良いですね。ちょっと教えただけですぐに出来ちゃうんですから」
うんうんと頷いて、魔王は俺から離れる。無くなった温かさを極力考えないようにして、俺はパズルに集中することにした。
指先を動かすことで簡単なイメージを伝えてみると、ピースは俺が思ったとおりに空中でくるくると回転する。
「あ、うまいうまい。その調子ですよ、勇者さん」
「……割と高度な技術使ってるよな、これ」
「ふふふ、凄いでしょう。あ、でもこれからが本番ですよ。ここから組み上げていくんですが、完成する前に魔力を切らせてしまうと、パズルは崩れてしまうんです」
「なるほど……持続力も鍛えるわけか」
「ええ。このシステムが大ウケで、子供用の簡単なものから、大人用の難しいのまで出ていますよ」
「そこは人界のパズルと変わらないんだな」
「魔界の建築物シリーズ、偉人シリーズ、ミリタリーシリーズと、カテゴリーも豊富ですよ?」
「そこも変わらないな」
大人向けの千ピースくらいあるやつとか、人界にもあるもんな。
他愛のない話をしているうちに少しずつ落ち着いてきたので、俺は改めて魔界パズルの山を眺めた。
「……まあ娯楽はどっちの世界にもあるもんだな、目の付け所が少し違うだけで」
「ふふ、そうですね。それじゃ、勇者さん、これは簡単なものなので、ちゃっちゃと組んでしまいましょう」
「おう」
魔王の言うとおり、彼女が持ってきた魔界パズルはピースが少なく、わりと短い時間で組み上がってしまった。
完成品を机の上に置き、ちょっとした達成感を得ながら、俺は彼女に顔を向けて、
「……なぁ、魔王」
「なんです?」
「組んでる途中で気がついてたが、なんでハニワなんだ」
完成したオブジェクトは、どうみてもハニワだった。
人界由来のものが、なんで魔界のパズルになってんだよ。
「新作ですよう。魔界の玩具業界も、いろいろと大変なんです。日々ネタ切れや他社のアイデアと戦ってるんですからね」
「そうか……しかしちゃんと完成したら崩れないんだな。どういう原理なんだ?」
軽くつっついてみても、ハニワがばらける様子はない。
組んでいるときはピースはするする填まっていったので、噛み合わせが緩いのではないかと思ったが、わりとしっかりした出来だ。
「うーん……勇者さんは、『要石』って知ってますか?」
「橋を作るときなんかの、一番重要な部分だろ? そこが抜けると、ぜんぶ崩れたりダメになるって言う」
「そうです。原理はそれと同じですよ。完成という『要』が入らない限り、崩れるように魔法がかかってるんですね」
出来上がったハニワを机から棚の上に移動させて、魔王は言葉を続ける。
「言ってみれば、魔界パズルはピースのひとつひとつが要石ってことですね。ひとつでも抜くと、また崩れますよ」
「そうか。結構、面白い玩具だな」
「一回組んでしまうと、崩す人はあまりいませんけどね」
「まぁ、そりゃそうか。せっかく苦労して作るわけだし、一回作っちまったら、組み合わせもある程度わかるもんな」
チェスや人生ゲームのように、再度やる楽しみが薄い、という意味ではちょっと贅沢な玩具かもしれない。
簡単に組み上がってしまったことも含めて微妙に物足りなさを感じていると、こちらの気持ちを見透かしたように魔王は笑顔で、
「それじゃあ次は高難度版、行ってみましょうか!」
「お、もう一個持ってきてくれてたのか」
「ええ、小手調べは終わりって事です。こっちは本来、大人数でやる魔界パズルなんですが……私も勇者さんも魔力の量が凄いので、今回は二人でコレに挑戦しようかと……えい」
ばさぁ。
先ほどの数倍はあろうかという量のピースが、机の上にぶちまけられた。
恐らくは魔法で作った異次元に格納されいた大量の破片を眺めて、俺は口を開く。
「すげえ量だな。つっても、お前の魔力の量ならぜんぜん大丈夫だろうが」
「ふふふ。知力と魔力、両方が揃わないとコレはクリアできませんよ。協力して頑張りましょう!」
「……魔王と勇者が協力するってのも凄いけどな。しかもパズルで」
「良いじゃないですか、平和で」
屈託のない笑顔で渡された言葉は、素直に頷けるものだった。
「……そうだな。こんな戦いなら、悪くねぇよ」
少し前には想像もつかないような、共同戦線。
だけど、今の俺たちにとってそれはとても自然なことで。
「えへへ。じゃ、やっつけちゃいましょう!」
「おう。その後、飯にするぞ」
心地の良いものを感じながら、俺は魔王と共に、ピースの山に挑むのだった。




