8 魔道具研究家
御歳32歳の研究馬鹿。
「魔石について売り先を悩んでいるそこのあなた!今ならギルド価格の一割増しで買い取りますよ!」
ども!兵士に連行されているノナジー・レレです。あー、男です男。立派な男。
え、職業ですか?
こほん。俺は立派な魔道具研究家ですね。あ、こういう職はないので、実際には自分でこうしてお金を稼いで、なんとかしようと思ってんですよ。
けど、魔石ってそう安いもんじゃないんです。高価な魔鋼を作ったり、魔剣を生成するために必要であったり、あとは都市の礎として埋め込まれている、魔物の排除に使われている魔道具であったり……。
要するに、俺みたいに役に立つ魔道具を研究するだけの気持ちを持っている奴はいないんですよねー。
「何をぼんやりしている!」
「あ、はいすんません」
で、先ほどのように触れ回っているから、ここの兵士さんとはよくおしゃべりする仲になってます。主に牢の鉄格子越しで。
「あー、魔道具……うぅ、ハーナー宗主国のラグーン行きたいっ!」
ラグーンには技術者が多く集まっていて、加えてそこは交易都市。そこが魔鋼を生み出したりしているから、一生に一度だけでも行ってみたい。
今している研究は、直接魔石に陣を刻んで、狙った効果を作動させる魔道具。でも、一度の起動で魔石が溶けて無くなるほど、効率が悪い。
質をあげれば値段が高くなり、どうにも難しいところでねー。
祝福から引っ張ってきた魔法陣の使い勝手は悪く、祝福を受けた以外の他人がその陣を使うとひどく魔力を消耗しちゃうんですよ、ハイ。
そのため、改良に改良を重ねて、作動のチェックをなんどもしなければ……とか思ってんですけどねー。
まあ、そうそう魔石をどっさり譲ってくれる人なんていませんよねー。あっはっは。
ってなわけで、俺は今、非常に魔石が欲しい。研究室である家に帰ってからも、陣を刻んで溶けた魔石の残滓を見つめながら、床に転がって、呻いた。
隣の部屋から苦情が来ても、キニシナイ。
「ゔぁー……魔石ほしー……」
アホに見えるって?しょーがないじゃん。魔石魔石。
突然、ノックの音が響いた。俺は床にある魔石をかき集めて、後ろ手に隠した。
一瞬ののちに正気に帰って机に置きに行った。
「ノナジーさん?ノナジーさん、いらっしゃいますか?」
借金はまだしてない。新手の詐欺?それとも押しかけ嫁?いや後半はさすがにねーやうん。
「ど、どなたですかー?」
「入ってもいいでしょうか?魔石の譲渡についての「どうぞお入りください狭いところですが」
秘技・変わり身の術。
「あ、今回のは、実は大量に魔石が入るんですけど、今の俺にとってはそう大した金にはならないんで。でも、放置していくとその魔石目当てに寄ってくる魔物がいるんで、放っていくのは無理なんです」
「なるほどなるほど。で、おいくらですか?」
青年冒険者は、苦笑いを浮かべた。
「生活が苦しいことは聞いてます。なんで、試作品使わしてもらって、感想を述べるとか、そういう系統でお支払いいただければ……」
なるほど、試作品が欲しいと。筋は通るし、メリットもある。やっちゃえばいいよ。
頭の中でそう許可を無理やり出して、俺はにっこり微笑んだ。やっほーい、と叫び出す研究馬鹿な本性をさらけ出さぬよう注意しながら。
そのセディア青年が魔石を集めてきてくれたのをみて、俺は頬が引き締めても引き締めても緩んでいくのを止められない状況になりつつある。
ニヨニヨしている成人男性が、部屋の中に一匹。
まあ、魔道具の作り方なんてそう難しいもんじゃあないですよ?なのに存在していないのは、さっきの理由。町の結界は魔石のほとんどを使えるだけで、それでも必要だから存在しているだけなもんで。
まずは、試しに何本かごくごくシンプルな線を引いて、試し書きをしていきます。それに合わせて、石くらいの硬度なら細密に削れる祝福を駆使して模様を削り取ってって。
この前に、魔石は布で巻いて金槌をもって叩き、、メダルのように薄くしておきまーす。
作動をさせるために手を触れると、その二重丸をもった魔法陣が消滅した。がっくりくるけど、よくあることなんすよね。
どうやら、今回の魔法陣は存在しないものだったらしく。作動し得ないものは、魔法陣が魔石を残して消滅していくんですよね。どういう作用があるかは、ほとんどわからない。
面倒だけど、調べることは必要なもんですしねえ。
次々試していくうちに、陣の中に思いつきで水、と文字を書き込んでみた。そこからが大変でした。
魔石がなくなるまでの間にずっと水が出続けていったんですよ。非常に大変でしたねー、研究資料の避難と水桶が溢れやしないかという恐怖で。
なんとかギリギリで押しとどまったために、それを試しに舐めてみて、試薬で試してみたが、やっぱ水だ。
「……文字を書き込んで、作動するのかにゃー?じゃあ、そよ風と書き込んでみたら……」
途端、家の中に暴風が吹き荒れた。どうも単純指示だけしかできないようで、水と洪水、火と業火などは同じとなった。
ただ、方向性の指示はできるようで、右に曲がる火と書けばその通りに動いた。ただ難点は、それを作動させるとその動きしかしないまま延々と作動し続けること……以上がわかったこと。
魔道具を名乗るんなら、オンオフくらいはできなきゃあね。うんうん。
偶然にもだけど、やけになったせいで見つけることができたよ。ただの丸と、二重丸。これをうまく陣の中に組み込むことで、その作動がうまく調整できることがわかって!
俺ってばマジ天才。我が世の春だよ。
しかし、炎の魔道具なんてのは、そうそう触れるもんじゃあなかったんで、結局外部の魔石をもう一つつけるハメになった。
ああ、それさえなきゃ……そう何度思ったことか。
「ってーなわけで、どう?」
「……一度、使わしてもらってもいいかな」
そう言って出て行った彼、せ……なんとか君は、顔を乙女のように上気させて、ニコッと微笑みながら帰ってきた。
「すごいよ!!ゴブリンも一撃だった。しかも、なんども使える。多分、元手も取れてるよ!」
感動のあまりか知らないけれども、その口調が崩れていて、俺は妙に嬉しくなってきた。
「じゃあ、これを武器に組み込んでくれませんか?」
「それはダメだ」
「…………は?」
「あんたの剣は、魔力を通さないんだ。魔木でできてる杖や、魔鋼でできてる剣なんてものならともかく、あんたのただの金属の剣じゃあ、触れなきゃ作動できない魔道具を設置してもそう意味はない。むしろ余計な動作が増えて、面倒ごとになる」
なるほどなるほど、と彼は呟いてどっかと研究資料がわずかに退けられたソファーに座り込んだ。
「要するに、魔力を通すような材料でないと、問題が出るってことか。じゃあ、金は出す。正式な依頼として、魔法が通るような剣を使って、魔道具化してほしい」
俺は緊張して頷いた。
一世一代の大仕事になるかもしれない。その後のメンテナンスもきっと、俺がするしかなくなるかもしれないい。
今となっては、目の前のセディアという青年について、知らなかったことが悔やまれるね。
けれど、心の中は、イイ歳ながらもワクワクしっぱなしで、手が疼き、足が貧乏ゆすりをはじめ、そわそわと背筋が落ち着かなくなるってきて。
ああ、やっぱ、魔道具製作って仕事がなきゃ、俺は生きていけないんだな。
そう思って、全力で頷いた。
勢い余って机に頭をぶつけた。
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