7 薬師
薬師なのじゃ。
薬師のベロム・シャンダじゃ。
純人じゃがわしはこの歳になっても現役でピンシャンしとるわい。ああん?今の歳はだと?
179歳じゃ。
わしの薬はよう効くんじゃ。わしが長生きしているのもおかしかないじゃろ?
……というのは、まあいいとしてもじゃ。
目の前の子供が、口から傷からごぽっと血を吐き出しては、咽せている。朦朧とした意識の中で、どうやらなんとか自我を保とうとしておるが、いずれその時が来るであろうな。
腹の肉が裂けて、もがき苦しむ体力も削がれているか。
「生きたいか、小僧」
虚ろな目が、ほんの少しだけ上下した。みたところ装備も悪くない、腕もある冒険者なんじゃろうな。こうして固定市民であるわしがものすごく危険であるダンジョンの中に潜り、薬を何個も抱えて潜るのは、こういうバカを死なさないためじゃ。
冒険者がおらねば、周辺の農村や、街においての防衛などが立ち行かなくなる。祝福持ちであれば、それを社会に使うこともできなくなる。
彼らは生ける財産なのじゃ。そうそう失ってはならぬ。
「……かひゅ」
どうやら息は戻ってきたようじゃな。止血剤と増血剤、それから治りをよくする薬剤を用意すると、清潔な布で患部をきっちり拭いて、薬剤をかけ流してから(ものすごく暴れた。しみるらしい)祝福でそこそこ閉じた。
増血剤を口に打ち込めば、意識を失っていても飛び起きる。
生臭さを凝縮したところに鉄臭さと薬臭さが混じり合ったような気持ち悪い味なのだから、飛び起きても当然とはいえよう。そして、加えて言うなら喉にべっとりと絡みついて、生臭さが喉の奥から湧き上がってくるのだ。
あからさまにまずいと吐き出されるのはひどく傷つくがな。
「……ぁ、ありが、と……」
「礼なら金をよこせ。それから、何にやられた」
「……ダームトーデ……いや、センベトーデ……おおきい、やつだった……動きは早くって、ゴホッ!!まっず!?くっさ!?」
「……まだ消化管に血が溜まっているのだろう。センベトーデまで行っていたなら、お主ができる範疇を超えておるじゃろ」
「あ、いえ……祝福を奥の手扱いにし過ぎて……一撃、でした」
ようよう喋れるようにはなったのう。祝福は出し惜しんではならんのじゃ。世界のために使われるならば、出し惜しみせずに使うべきじゃろう。
「……まだ、地上に……行かなきゃ」
「待てい。お主を無償で救ったわけではないぞ」
「あ、そうでした」
幾らかの方銀を無造作に皮袋からつかみ出すと、それを手の上に散りばめた。
「ま、待てい!?」
その金額を頭が正確に理解してから静止の言葉をかけたが、すでに走って行ってしまった。
どうやらせっかちなようじゃのう。
センベトーデをどうにかできるわけなどなかろ。幾らか祝福を受けておったところで、どうしようもないものが魔の物じゃ。
奥の手扱いにし過ぎておったというのは、驕り高ぶりの言い訳じゃというのに、最近の若者は……っと、いかんいかん。
最近孫のマオにも言われておったんじゃ、それはやめいと。
「さて、この金……どうしようかのう」
ギルドに依頼して返すべきかとも考えたが、本人を探すにも手間がかかるじゃろうしなぁ……。
よし。
ダンジョンの中に隠して行くか。
この決断が後々、『ダンジョンの中には財宝が残されている』という噂になることを、知る由もなかった。
わしはダンジョンの中から出ると、清涼な空気を胸いっぱいに吸った。
やはり、ダンジョンの中は埃っぽくてジメジメしておる。乾燥剤でもぶち込みたい気分じゃ。
店がわりの露店は、すぐに畳めるように骨組みに布をかけて、板を一枚組み込むだけの簡単なものじゃ。
残った瓶を並べて、薬包紙に包まれた薬を丁寧に梱包する。そして、その一番前には値段と効能を書いた厚紙を貼り付けておく。
水薬は、クァンジュの葉、ネイロリヒエの根っこを乾燥させたものと、セキライの実をすりつぶしたもの、それから魔石を赤の月の光に当てながら一晩漬け込んでおいた魔水を共に丁寧に煮込んで、なんども漉していく。
完全に透き通った赤色の水薬は、血止めになる。
増血剤は、毛虫のような巨大な生き物の内臓、ハンニエベッケの角を削り入れて、クァンジュの茎とともに魔水で煮込み、そして一切濾さないものじゃ。不思議なことに濾さない方が効能が高い。
薬包紙に入っている方は、毒散らし。解毒のための粉薬じゃ。これは、セキライの実を種ごと絞って、それを天日に当てて乾燥させた後、その固体をすりつぶした後魔石のかけらと混合して、一切の固形物がないよう混ぜる。
飲むと消化管から吸収されていくが、効能は落ちる。
傷にかければ効能は高いが、極端にしみる。塩でも塗り込められたように暴れ出すのじゃ。
たまに、生死の確認のために使用することもある。
ここではなく本来の店で売る方はもっと種類と量が多いんじゃが、あいにく露店ではそう多い数は用意できん。
と、ダンジョンの奥側から歓声が上がって来た。何事かと駆け寄ってみれば、どうやらセンベトーデが現れたようじゃが、それを倒した者がおったらしい。
「爺!べロム爺!!」
「なんじゃ!」
「今回の主役が倒れっちまった!息はしてるけど、ど、どうしよう……」
顔なじみの客が(よう死にかけとる奴じゃな)こちらに来て、わしの手を引いて行った。
わしは驚愕した。
ばあさんに襟首をむんずとつかまれ壁に押し付けられながら結婚を申し込まれた(脅迫であった)時より驚愕したかもしれぬ。
「……知り合いか?」
「いや、だが、こいつがいなきゃ死んでいた」
わしは駆け寄り、その腹をめくって触診すると、感触から内臓が破れていたのに薄く繋がっただけで無理をしたことが原因だとわかった。無理につなげた状態じゃったから、こっちは少しの刺激で破ける。
全く、死にかけたんじゃから安静にしておれば良いものを。ふん。
わしは刃物で慎重にその腹をさばき、祝福で内臓を癒すとそこに塩をすこし加えた魔水をどっばどばかけまくる。こうすると内臓が強靭に修復される。
そして、その腹を血止めをばしゃりとかけて傷口同士を密着させるようにして薬を塗り込んだ清潔な布で覆い、固定するように指示した。
「お、おじいちゃん!?」
「おぉ、マオではないか?どうじゃ。うちに住むか?」
「お父さんが出奔したからおじいちゃんのうちはおじいちゃんのうちでしょ。私は住めないわ」
「婿は見繕ってやろうぞ」
「いらんお世話です!」
んべーっと舌を出す孫娘は、本当に可愛い。まあ、その青年を起こそうとしているあたり、良き主人であったのかなかったのかはさておき、人に慕われる素質はありそうな男じゃな。
「う、」
「気がつきましたか」
「ま…お、さん?」
「はい。ご無事で何よりです」
「怪我、ありませんか……?」
頑なな表情に、わしはため息を吐く。まあ、孫がそう心配をされては奴隷として立つ瀬もなかろうよ。
彼らは頼られることで、仕事の真価を求められる。このような気遣いばかりをする主人でもいけない。
主人には主人なりの矜持が求められるというのに……それがわからぬならば、もっと別のところに行って、孫のように優秀な奴隷は別のやつに回してやれば。
「……明日の朝八時に私は契約が切れますので」
「え!?いった……」
「次回は別な奴隷をお求めください。それから、完全安静が必要です。最低一週間はベッドから動いてはなりません」
「はっ!?」
うちの孫、やはり辛辣じゃ。
それを再確認して、わしは孫に会えた喜びを噛み締めながらがらんどうの我が家に帰宅した。
一人酒を飲みながら、せめて晩酌の相手が欲しいところじゃと呟いて、酒瓶片手に夜が更けるまで飲み続けた。
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