はち
パーよ、パー。何度も念押されていた言葉は、再び口パクであたしに届けられる。……いや、別にいいんだけど。あや先輩のせーのっ、っていう言葉に合わせて、あたしは開いた手を前に出した。
「…ガッッデーーーーーーム!!!」
「やめてよ恥ずかしい……」
言わんこっちゃない。あたしとあや先輩が離れたからって、思い通りになるわけないじゃない。あたしと某先輩がパー。先輩とあや先輩がグー。昨日までのあたしなら何が? って言ってたけど。多分きっと、そういうことなんだと思う。
「もう一回、もう一回あるよな!? 3時のおやつとかあるし!」
「何時までいるつもりだお前は」
こっちはよくわからない。わたわたと慌てながら何言ってんの、この某は。先にあや先輩がツッコミ入れてたけど。あや先輩とは思えないツッコミだけど。何回言っても理解できないのね。あとで体に覚えさせてあげようか。
「……じゃ、注文行ってくるから、ぜーーったいに動かないこと!!」
吹っ切ったように笑顔をあたしと先輩に向けたあや先輩は、某先輩の手をガシッと掴んだ。
「……え、俺も?」
「当たり前でしょ、子供に並ばせる気?」
「いや、待たせる方が危ないだろ……。行ってこいよ、昼からの二人で」
「……鈍感野郎がああぁぁーーーーーーーっ!!」
うわ、隠す気さらさらなしのひどい強行手段ね……。なんでだよ!? とか言ってる某先輩だけど、多分戻ってくるまでにはわかってるはず。あや先輩が、あたしと先輩の二人きりにさせたかったことを。引きずり引きずられの二人を眺めながら、そんなことを考えていた。
「付き合ってたんじゃなかったのね」
「誰と誰が?」
「あんたとあや先輩」
思い返せば最初からちぐはぐだったのよね。先輩の口から聞いたことなかったし。好きって感情はあたしには必要ないって思ってたから、察知どころか理解できなかっただけの話。
「うん」
さっさと否定しなさいよ、って言葉は飲み込んでおく。先輩とあや先輩が付き合ってないことがあたしに影響……するけど。絶対にお節介が増えてくるだろうけど。それならそれで応対を変えるだけだから。
「きみさ」
「ん?」
「宇宙人なんだよね」
……あぁ、そんなこと言ってたっけ? ……あれあたし、これ結構ヤバい? ……適当に流すか。
「あーうん、そうね」
「ユーカンピナ・メゲラスって言うんだっけ?」
時間が止まった。気がしたわけじゃない。確かに今、あたしの頭以外の時間は動いていない。半年で蓄えた情報を必死に捲る。でも見つからない。だってそれは当たり前のこと。この星にはないはずの言葉だったから。
「何が?」
結論が出ると時間は再び動き始める。……もう二度と使えないって考えたら、もったいなかったかもしれない。
「星間留学制度」
「……」
「大丈夫。誰にも言わないよ」
「……なんで」
「きみで二人目だから」
……そんなわけがない。だってこの制度は、できてから日が浅いもの。ましてやこんな辺境に来たがるやつなんて、あたしくらいしかいなかった。だからありえない。
「見えたらいいね、って言われ続けてたけど、いいかどうかはわからなかった」
「……空を見てたのって」
「今も昔もこれからも、変わらないのは空だけだから」
届くとは思わなかったけどね。そう続けた先輩だけど、届いて直視されているはずの先輩の瞳は、あたしに向いているとは思えなかった。多分、先輩は落胆している。誰なのかはわからないけど、あたしは一人目じゃないから。
「戻ってくるよ」
「……そうよ、あや先輩のせいで、一つしか乗れてないわよ」
「あはは、変わってないね」
「あんたから誘ってやったら? ジェットコースター乗ろうよ、って」
「ゆーちゃんは優しいから言いませーんっ!」
戻ってくるのは、あや先輩と某先輩。でも、それだけ? 八つ当たりに聞こえてしまうのは、あたしが機敏になりすぎているから?
「って、どうしたの? 気分悪い?」
「……大丈夫」
「すげー顔してんぞって、どこかけてんだ?」
「警察以外何があるの? 侮辱罪」
「判定厳しすぎる!!」
大丈夫っていうのは耐えれるだけの話。すごい顔なのもわかってる。だってあたしは今、すごく怖いから。顔色一つ変えないこの先輩が、怖くて仕方ないから。
「じゃ3時半くらいにね」
「あいよー」
せっかく奢ってもらったオムライスだったのに、味はまるでわからなかったし、それを残念だとも思えなかった。そして今日のチャンスは、あや先輩と某先輩が喋っている今しかない。
「何年後?」
「違うよ」
「……は?」
「100年前だから」
「なになに、なんの話ー?」
「あや先輩が絶叫克服までのカウントダウン」
「……あたし死んでるし! 今日だから! ねー、ゆーちゃん!」
「うん。そうだね」
乗ったもん! とかあや先輩は答えてるけど、そんなのはどうでもいい。あたしは優しくしてあげない。でもあたしは信じるしかない。この山本っていう先輩が輪廻転生を繰り返しているって、バカげた話をあたしは信じざるを得なかった。
「てめー……なんで繋がらねーんだ!!」
開口一番に怒鳴られる慣れたことだから気にはしない。怒鳴られてまで聞きたいことが、あたしにはあった。
「聞きたいんだけど」
「んだよ、俺の話は聞かないくせに」
「地球に来たのって、ほんとにあたしだけ?」
怒ったり拗ねたり忙しい画面の中の父親は、表情を鋭く変化させる。そして、なんでだってだけ低い声で呟いてくる。
「知ってる子がいた」
「名前は」
「山本。名前は知らない」
「知ってるって、何をだ」
「星間留学制度。ユーカンピナ・メゲラスって一言一句間違いなく」
片方だけならまだ偶然で済んだけど、どっちも知ってるなら偶然にはきっとならない。正直なところ、先輩が知ってたところで何が変わるわけじゃない。ただ、詳細が知りたかった。先輩の魂が繰り返している理由に、嫌な予感しかしなかったから。
「ねーよ。そもそもお前が3人目だからな。他の2人はもっと煌びやかな場所に行ってる」
「……15人くらいいなかった?」
「留学したってのと、ただその星に行ったってだけの違いだな」
「詐欺じゃない……」
嫌な予感は膨らんでいく。あたしが見たパンフの先任者の大半は、きっと帰還できていない。……そんな危険なことなら、最初に言ってくれたらいいのに。
「なんでそんなことになるのよ」
「ペナルティだ」
「……」
「だからお前は大丈夫」
「……」
「俺との約束だからな」
ペナルティは犯さない。それがお父さんと交わした約束だった。ペナルティがなんなのかを理解していなかったあたしは、軽い気持ちで誓いを交わした。
「……そうね」
パンフに載っていた禁止事項、ペナルティを課せられる事柄は、現地人と恋をすること。……絶対、大丈夫だと思ってたのに……。