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なな

体操服がない。それに気づいたのは、1時間目が終わってすぐだった。移動教室でもなく、トイレに立ったわけでもない。もちろん前提としての話だけど、忘れたなんてありえない。手練れね。でも甘い。体育は4時間目だから。


「……なんで詩帆は死んでるの?」


「乗っておけばよかった……」


もちろん理想なんだろうけど、いくわけないじゃない。ちょっと勿体無いけど。これからは警戒レベル上げるか。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ惜しみながら、ランドセルに手を突っ込む。……はい、まだ無傷。ま、何事もなくてオッケーね。


「ねぇ、詩帆は何を言ってるの?」


「え、あれよ。わくわくランドに誘われたのを断ったから、悔やんでるのよ」


「誰のせいだーーーーーーっ!!」


「しほちゃんのせいじゃない……」


くわっと目を見開いて向かってきたしほちゃんは、あたしが冷静に対処するとまるで攻撃を跳ね返されたように吹き飛んで、また同じ体勢、うつ伏せで机に突っ伏した。


「なになに? しほの気が狂った話?」


「話せば長いわよ」


「ばっちこーい!!」


「……ゆきちゃんって、……待って、いっちゃん、あの先輩名前なんていうの?」


「なんで知らないのよ。山本先輩」


「そうその先輩。その先輩とあたしを巡るめんどくさい一連の流れ、知ってる?」


「理解してやんよ!」


「却下ね……。要するにそんな先輩がいるんだけど、そいつのお姉さんみたいな人に誘われたのよ、あたしとしほちゃんが」


いざ説明となると、どこから話していいのかわからない。っていうかあの先輩山本っていうんだ。そこから驚きよ。二度と呼ぶことはないし、すぐに忘れそうな名前ね。覚えてられないわ。


「……あぁ、そういうこと」


「え!? いっちゃんなんでわかんの!? わたし全然わかんないんだけど!? なんで断ってんの!?」


「知らない人だから、だって」


「……ガ、ガガ、ガ……」


「何よその異音は……」


「理解できなーーーい!!」


……あぁ、エラー音? 誰がわかるのよ。あと別に理解しなくていいから、なんであたしの周りはこんなに距離が近いの? もうちょっとで唇がくっつくじゃない。でもくっつかなかった。ここでチャイムが鳴ったから。危ない危ない。ゆきちゃんはエラー音を発しながら、いっちゃんはそれを白い目で見つめながら席に戻る。


「詩帆ー、着替える時間よー」


2時間目は理科。3時間目は算数。ちょっとだけ気をつけて見てたら、怪しい動きは一切なかった。もしかして、気付いてない?


「あなたも何ボーッとしてるの」


いっちゃんの忠告はあたしにまで飛ばされた。何この子、こんな世話焼き的な性格だったの? まぁでも、着替えないといけないことは確かね。さっき取り寄せた体操服を取り出して、広げる。……特に何もない。体操服はもちろんのこと、周りの反応も。……ここじゃない?


「うっるああぁぁあぁーーーーーーっ!!」


しほちゃんの盛大な声から響く音はバシッ、じゃない。ズドーンだった。あたしの右横から聞こえてきたその音に、あたしは反応しようとも思わなかった。


「天誅じゃボケーー!!」


あー、はいはい。別に返そうと思ったら返せるけど。いやだって、痛いし。天誅を受ける謂れがないのだけが不満かな。っていうか、今あたしそれどころじゃないし。ちなみに、天誅云々はしほちゃんの心の声。あたし今、読心術使ってるから。


「天誅じゃボケーー!!」


……今のは普通に声に出てた。なんで読心術を使ってるかっていうと、なんだかんだでイラついてきたから。使ったら炙り出せるかなって。盗んだはずの体操服をのうのうと着て体育っていう遊びを楽しんでるあたしを見たら、なんか反応があるかなって思ったから。


「吉沢ー、体育館は壊すなよー」


「天誅天誅天誅天誅……」


でも反応はない。なんで? 動揺とか違和感とか罪悪感とか、一切芽生えないの? それはそれでヤバいと思うんだけど。あたしもしかしてヤバいやつ相手にしちゃってる? 面倒事は避けて生活してきたつもりだったのに。相当の手練れもしくは、別のクラス。……関わった事もないんだけど。何? あたし噂だけで恨まれてるの? ってなると時間の無駄ね。損しちゃった。カチリと響く音は読心術が使えなくなる合図。ムカつく気持ちを少しだけ授業に向けてみる。


「死ねーーーーっ!!」


鉛みたいな重さのサーブはやっぱり痛かった。でもそれも糧にする。先生もよく反応できたね。ただの反射かもしれないけど。絶妙な位置に上がったトスに向かってあたしは全力を出す。まぁ、使ったわけじゃない。今のあたしが込めれる全力をボールに向けて叩きつける。爆発音が響き渡った。


「……」


「……」


床板にめり込み煙を上げるボールを見つめるのは主にしほちゃんと先生。手練れがこれ見て引いてくれたら一番なんだけどね。まぁ、スッキリしたからもうどうだっていいや。




着いてから気付いたんだけど、あたしが9時にスーパーで、先輩方が9時に別の場所集合っておかしくない? 普通に8時55分に着いちゃったけど、遅れてくれば良かった。


「なんでもう来てるの?」


自転車を止めていると、あや先輩の声が聞こえた。何これ、あたしに言ってる? っていうかそっちの方がおかしいんだけど。少なくとも5分は歩いたわよ、前に行った時。


「誘い方がめちゃくちゃなんだよ!!」


そう抗議しようとして振り返ったら、別の声が返っていた。腕を組むあや先輩、横に悲しそうな顔で立っている先輩、あや先輩を指さして激昂している某先輩。その3人は、開店直前のスーパーの入り口で向かい合っていた。


「なんでわくわくランド行くのに20時集合なんだよ! おかしいと思ったわ!」


「納得してたじゃない」


「してるわけねーだろ!」


じゃれあってる3人に混じるタイミングが見つからない。とりあえず遅刻してないアピールをするために、3人を撮影しておこう。


「っていうかなんで来てるの? 来れてるの?」


「僕が教えたよ」


……よし、撮影成功。これを……誰の連絡先も知らない! あたしよくこのグループに混ざれてるわね!!


「あ、そうなの?」


「偶然帰り道に会ってな、危うくお前の」


「なら全然オッケー!」


「ちょっとは聞けよ!!」


あたし要らないじゃない。そもそも仲良くなりたいかって聞かれたら答えにくいってのはあったけど。帰ろうかな。そう思いかけた時、先輩と目があった。悲しそうな顔であたしを見た先輩は少しだけ目を丸くして、7分咲きのような笑みに変わって手を振ってきた。……。


「ん? あっ、えらーい! ちゃんと来れたね!」


自分でもどんな表情かわからないまま近寄っていったあたしの頭をあや先輩はわしわしと撫でてくる。いや別に作ってるわけじゃないからいいけど。


「毎日来てればね」


「ってことは毎日カップラーメンか?」


「なんで知ってるの?」


「諦めきれないの?」


「お前らは違うって言ってんだろ!!」


仲が良いのか悪いのか、さっぱりわかんない。息だけは常にぴったり合ってるけど、交わされる言葉は殺伐としている。


「あっくんと知り合いだったの?」


「いや、初対面だけど」


「あやんちで一緒にメシも食っただろ……」


「意外なところでつながってるんだね」


何よそれ、あたしがどう答えても決まってたんじゃない。バカみたい。呪い殺してやろうかな。呪うっていうか、願望を叶えるだけだけど。


「つーかこいつの分どうすんだよ」


「は? 何が? 何に対して? 誰を指して? そもそもそれは独り言? 問いかけ?」


「……チケットって3枚じゃなかったか?」


「あたし、ゆーちゃん、この子」


「……え!? 俺は!?」


「何甘えてんの? 自分で払えばいいじゃない」


「4枚でしょ、チケットは」


めんどくさい。いつまで続くかわからないこのやりとりも、何の意味があるかわからないからめんどくさい。心底嫌そうな顔のあや先輩だけど、なら誘わなかったらいいじゃない。


「やっさっしーい! 良い子ねー、あなたは」


っていうかそんなに嫌ならなんで家に呼んで一緒にごはん食べたりっていうか、お母さんあの時いたわよね? ……幼馴染? それとも、……それ以上? それは……ないか、先輩と……なの?


「っぶねーな……焦らすなよ、俺メシ代しかねーよ」


それはそれでどうなのって思うけど。フリーパスじゃなかったらどうするつもりなのよ。あや先輩もそこは何も言わない。あたしの頭をずっと撫でている。先輩と手をつないだまま。これってどういう関係に見えてるの?


「そんな良い子にはお姉ちゃんからプレゼントがあるかもよー?」


「いないんだけど」


「いるじゃない、ここに!」


……いや、どう見えも見えないと思う。似てないもん。あたしが男だったら良かったかも。でも、先輩なら見えるかもっていうか、目が大きいのも、癖のないストレートな髪も、出会いがあんなのじゃなかったらそう見えてた。


「俺こんなんのお兄ちゃんとか勘弁してくれよ。命何個要るんだ?」


「黒坂さんは他人ではありませんこと?」


「白坂だよ!!」


で、この某先輩と先輩はなんなの? どうやったら知り合えるの? ……やっぱり似てない。なんで他人行儀なの? とは言ってあげない、絶対に。


「羨ましいよ」


あや先輩の反対側からひょいって顔を覗かせた先輩は、今はいつもの微笑みをもってあたしに話しかけてきた。


「仲良しだね」


「誰が?」


「きみたちが」


……やっぱり、違和感があった。なんで某先輩がおちょくられてるだけでこいつが悲しそうな顔になるのかって思ってたけど。もしかしてこの人たちって、付き合って……。


「あんたが抜けてるじゃない」


そう思いながら叩いた軽口に、先輩は目を見開いた。なんで? でもすぐに笑って、そうだったねとか言い始めた。子供騙しもいいところね。ぎゃーぎゃー騒ぎながら歩き始めたあたしたちはあや先輩と某先輩しか喋ってない。時々振られる言葉にそうねとか、そうだねとか返す程度。あたしたち小学生組は会話もない。そもそも仲良くないし。勘違いされたら困るんだけど。仲良くない。だから聞く気も起きない。はっきり言ってどうでもいいから。あや先輩と先輩が付き合ってなくても、あたしには何の意味ももたらさない。


「とりあえず二人一組で回りましょうか」


「どうやってわけんだよ」


「そんなのもちろん、小学生組とあたしたちでしょ」


「……何のために誘ったのよ」


某先輩を指して言ったあたしの言葉に、あや先輩は固まった。


「なんだよそれ」


「しまったああああーーーぁぁーーーーーーーーっ!!」


開園前の入場ゲートで頭を抱えてうずくまるあや先輩。……一回疑問に思ったら、全部そう見えてくるものなのね。今もこれからもそして、これまでも。


「何? 俺何のために誘われたの?」


「自惚れんなてめぇぇぇーーーーーーっ!!」


「自惚れもなにもない段階だけど!? 存在意義すら自惚れなのか!?」


「あるわよ、存在意義」


「よっしゃ! どんな理由だ!?」


「人数合わせ」


「……自惚れだったーーーーーーー!!」


その点こっちは単純で楽ね。あや先輩の代わりに答えたあたしの言葉で頭を抱えた某先輩。うずくまる高校生2人を見下ろすあたしと先輩。横を向いてみると、先輩もちょうどあたしの方を向いたところだった。なんてことはない、ただの偶然。でもなぜかあたしたちは、思わず出てきた笑みを抑えられなかった。


「もういいわ、グーとパーで分かれよ」


一応っていうか当然のように休日の今日。格好の的になってたあたしたちは復帰した2人に連れられて、入場列に並ぶ。


「全員はないの?」


「ない!」


なんでなのよ……。聞きたかったけど、笑顔で断言するあや先輩を見てたら、聞きたくなくなってきた。仕方がないから、手を振りかざす準備をする。


「……」


「は?」


そこであや先輩と目があった。っていうかガン見されてた。パクパクと口を動かすあや先輩。……グー? 何が?


「……」


「……」


聞こうとしたら、人差し指を立てられた。……え、ごめん、全然意味わかんない。え、あや先輩がグー出すの? ならあたしパーでいいわけ? あたしとあや先輩ってないわよね、……いや、一番ありじゃないの?


「それじゃ、グーとー……」


先輩とは身の危険を感じるし、某先輩とか警察沙汰になるし、あや先輩一番じゃない。……グー出そ。


「……」


「あ、あっくん」


「おー、綺麗に分かれたな」


「……そだね」


グーが先輩と某先輩。パーがあたしとあや先輩。……最高の結果じゃない。


「どうすんだ? このままじゃねーだろ?」


「……昼にまた電話する」


「おっけー、じゃ後でなー」


なんか安堵してるっぽい先輩と普通に振舞ってる某先輩はあたしたちに目もくれず歩き去っていく。


「……どうしたのよ」


「ひとつ、聞いていい?」


聞いてたのはあたしなんだけど。まぁいいけどね。読心術がもう使えないから確かめてみたかっただけで、あたしの中では答え出てるし。


「なによ」


「ゆーちゃんのこと、好き?」


「……嫌い」


だった。でもそこまでは言わない。許可したからには答える義理があるけど、そこまでだから。


「ふーん……」


そもそもなんでこんなこと聞くのよ。しかも無表情で聞いて、無表情で反応するって何考えてるの?


「そっか」


「そうよ」


「そっかー」


なら仕方ないね。そう言って笑顔になったあや先輩はあたしの手を取ると、スタスタと歩き始めたっていうかこれ走ってない!?


「ちょっ……!」


「何乗る? どれ乗る? 何十回乗るー!?」


「桁がおかしい!!」


楽しみ方間違ってない!? 疑問に思ったあたしの言葉は声にならず、ただ引きずられる音だけがあたしとあや先輩の間にはあった。

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