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ろく

「やっほー!」


正直に言うと、だいぶ前から気付いてた。明らかに違う気配が混じってることも、それがあたしを狙ってることも。なんかこう、殺気みたいなの混じってたし。だからもう、ウロウロしてても、あたしに接近してきても、放っといた。


「……友達いないの?」


背後から両腕を伸ばして、あたしの腰は締め付けられる。身長差もっとあればよかったのに。あたしそんな大きな方じゃないんだけど? なんで自然な体勢で腰に抱きつけるのよ、この人は。


「え、いるじゃない」


ここに、って背後から伸ばされた手が指していたのは、あたしのお腹。後ろを振り返ろうとしたけど体がロックされてたから、首だけを動かす。視線の先には、ちょっとどころじゃない、重心が完全に後ろにかかってるしほちゃんがいた。……その顔、やめてほしいんだけど。


「あーなーた!」


「ぐっ、え……」


しほちゃんに助けを求めようとしたけど間に合わなかった。あたしは絞め殺される。ぎゅーっとされた腰はミシミシと音を立てる。息は苦しい。見えていたしほちゃんは消えて、目の前は暗く沈んでいく。


「……死んじゃうよ」


「え? あっ、ごめんっ! ついうっかり……」


判別できるのは声だけだったけど、しほちゃんは助けてくれていた。助けてくれるつもりがあったのかはともかくとして、結果的に締め付けは緩み、あたしは解放された。


「何うっかりで殺そうとしてるのよ……」


げほげほ出てくる咳の中捻り出した言葉に、あや先輩はごめんごめんって繰り返すだけだった。


「ねぇ、ちょっと……誰?」


げほげほ止まらない咳の中近づいてきた気配。二択なんだけど、今回はあたしに有利だった。かけられた声はしほちゃんのもの。誰? 誰って……誰が?


「あたし?」


「いやあんたはあんたじゃん! あの人!」


「え、あや先輩がどうしたのよ」


「いやそんな知ってるでしょ? みたいに言われても困るんですけど! 見知らぬ人が友達を絞め殺そうとしてたことしかわかんないよ!?」


……あぁ、そっか。あや先輩って先輩だった。なんか、度々下校中に会ってたから、あや先輩って名前かと思い始めてた。違うのよね、この人は。


「お友達?」


「あ、はい。しほちゃんです」


「あ、どうも、しほちゃんです……」


「あたし綺羽さん。あや先輩でもはねさんでも、好きな方で呼んでねー」


「……じゃあ、あやはさん」


それを聞いたあや先輩は、明らかに表情が曇った。何? そんなにあだ名で呼んでほしいの? あたしなんか、しほちゃんにあんたって呼ばれたことしかないのに。あたしも無理にあや先輩とか呼ぶんじゃなくて、あやは先輩って呼んだらよかった。


「まぁいっか。あなたのお友達ってことは、あたしのお友達だからね」


「あやはさんって高校生だよねー」


「そーだよー」


「ここ小学校じゃーん」


「そーだよー」


「なんでここにいんの?」


……なんか、すごく空気が悪いんだけど。ギスギスって言えばいいの? 笑ってるあや先輩と笑ってるんだけど笑ってないしほちゃん。見てるあたしは蚊帳の外。っていうか、蚊帳の外でいたい。


「それはほら、ゆーちゃんと……あっ」


この時点でしほちゃんの頭にはクエスチョンマークが山ほど浮かんでいるように見えた。あや先輩に限らない話かもしれないけど、相手が知ってる前提で話す人っているわよね。あの先輩のことだから知ってるのは知ってるけど、ゆーちゃんって誰? って話。あたしはむしろゆーちゃんとしか知らないんだけど。


「ゆーちゃんを若さで籠絡しようとする泥棒ネコを懲らしめに来ましたっ!」


「……」


ポカーンって口を半開きにするしほちゃん。籠絡って、パッと言われてわかるのこの年代だとあたしくらいじゃないの? しかもしてないし。むしろ拒絶してるし。それにされたらあいつゴミだし。固まってるしほちゃんの思考は読まなくても簡単に見える。ゆーちゃんって誰? 籠絡って何? 泥棒ネコを懲らしめる……? ……絡んでたのは、私とこいつ。むしろこいつ。一つ一つが組み合わさっていく。遅速は人それぞれらしいけど、たどり着かないことはないと思う。


「うっかりじゃないじゃん!!」


あ、答え出た。そうね。うっかりじゃないわよね、あれは。滲み出てたもん最初から。


「あ? え、あー……バレちゃった?」


しほちゃんの思考はわかってもあや先輩の思考は全然読めない。見た目は違っても成熟してるからなのか、それとも……。まぁ、あたしが読もうとしてないだけってのもあるけどね。


「楽しそうだね」


「……はぁぁーーーーっ!?」


だからなめてた。全然気づかなかった。っていうかなんで植え込みの前で立ってるあたしの後ろから出てくるのよ! ありえないでしょ!!


「何の話?」


「先輩って彼女持ちだったんですか?」


「……んー……うん?」


あたしが動揺してる隙に、しほちゃんはど真ん中にストレートを投げ込む。愚問じゃないって思うだけはすぐに思ったけど、先輩はなんか困ってた。ちょっと待って、なんであたし見てくるの? あや先輩見なさいよ。バカなの? あや先輩を見てみる。……なんか、目を見開いて固まってるんだけど。口を両手で押さえて。……え、何? この反応。


「あっ、あたしあたし! あたしでーす!」


「えっ?」


「もうっ、照れちゃってーっ!」


はっと動き出したあや先輩に、先輩は戸惑いの声をあげる。なんで? 駆け寄って抱きつくっていう壮絶なボディランゲージを披露するあや先輩だけど、やっぱり先輩の表情は晴れない。


「あっくんは?」


「見たことがある人」


誰よあっくんって。先輩は悲しそうな顔だし、あや先輩は笑顔で答えてるし、意味わかんない。


「で、4枚あるんだけどね」


「いや行かないですけど……」


「えー! なんでー!?」


「先に何があるのか聞きなさいよ……」


めちゃくちゃ唐突じゃない。どうするのよ、もしずっと行きたいって言ってたテーマパークのチケットだったら。


「実はね、わくわくランドのチケットなのでーす!」


「いやだから行かないですけど……」


……ほら。得てしてこういうものなのよ。見なさいよ、行かないって断げええぇぇーーーーーっ!?


「行かないの!?」


あや先輩より先にあたしが迫っちゃったじゃない! なんで行かないのよ! なんでそんなに距離開けようとしてるのよ!!


「いやだって……知らない人じゃん」


……正論!? そっか、そうよね、あや先輩って赤の他人じゃない! あたしたち小学生じゃない!


「ならあたしも」


「また一緒にうちでごはん食べようねー。しほちゃんもどうかなー?」


「……あんた、頭良くてもそれじゃ……」


「……あや先輩ってあたしたちと同じにしか見えないし、ごはん美味しいから大丈夫よ」


「それを保護者にして遊園地なんてもっとダメでしょ!!」


くっ、一理ある……。これにたった一つ上なだけの先輩でグループを作ったら、間違いなく入園を断られる、か。……っていうか、いるじゃない、一人大きいのが。


「あの先輩誘ったら? あの……、あの先輩よ、えー……」


某先輩としか覚えてない!! っていうか名前聞いてない!! いや、言ってたっけ……? 全然興味がなかったから……。


「一緒にごはん食べたじゃない」


「あっくん?」


「あーなんかそんな感じだったわ」


誰よあっくんって。でも、もしかしたらあっくんかも知れない。この交友関係の狭そうなあや先輩と関わりがある人なら、藁にもすがりたかった。


「えー、ならそうする?」


「あっくんのチケットは?」


「自腹に決まってるでしょついて来させてあげてるんだから」


「いやだから私が行かないんですって」


どれだけ嫌いなのよ……。そうツッコミを入れようとしたけど、入れられなかった。心で思うことすらフォーテンポくらい遅れた。ようやく思うことができた時、あたしはしほちゃんに体を引き寄せられ、顔と顔を密着させられていた。


「あんたね、チャンスよチャンス、だーいチャーンス!!」


「声意味ないわよ……」


耳元に口を寄せながらの大声は、あたしの耳にダメージを与えるだけじゃなかった。バカじゃないの?


「ろーらくしてきなさいっ」


「……しほちゃんはいいの?」


「いいわけあるかーーーっ! でもあんた以外知らない人で、痛い空気見せられて、楽しめないじゃん」


「声意味ないわよ……」


思わずツッコミをしてしまうけど、言ってることは行動に比べたらバカじゃない。なんで成績悪いの? 勉強と行動を同じ回路で作られちゃったから? だとしたらかわいそう以外の言葉が見当たらないわね、楽しそうに生きてるけど。


「ちなみにいつです?」


「え? あ、何もないなら明後日にでも……」


「明後日だって! 楽しみだねー、それじゃー楽しんできてねーーー!」


電光石火とでも言うべきなのか。あたしは気付いたらあや先輩に抱きとめられていた。しほちゃんは伸ばしていた両腕を引っ込めて、走って逃げ出す。……あたし、投げられたの? 凄い力ね。


「……」


「……」


「……どこ集合?」


なんか沈黙が続きそうだったから、話を切り上げにかかる。それさえ聞いたら、あたしも家に帰ろう。


「……はぁ。あたしの家、覚えてる?」


「覚えてないわね」


「ならあのスーパーにしよ。ゆーちゃんはあたしの家に9時。あなたはスーパーに9時くらいかな」


「……あっくんは?」


「言っとく」


「……わかった」


……なんでこんな空気になるの? しほちゃんが来なくなったから? 某先輩が来ることになったから? それとも、これが素のあや先輩だから?


「りょーかい」


厳しいはずだったあや先輩の締め付けはなく、ただ肩に手が添えられていただけ。だからあたしはそう答えてするりと抜けだす。なくなった感覚にあや先輩は反射することもなく、あっさりと解放された。


「カップラーメンじゃだーめよ!」


「……はいはーい!」


手を振って離れていくと、背中越しに声がかけられた。ダメって言われてもどうしようもないんだけど。見た目相応に返事だけは元気よく返しておいた。どう転ぶかなんて、あたしは全能じゃないからわからないけどね。

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