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変な感じは、寝て起きても拭い去れなかった。ちょっとした気の迷いがあったのかもしれない。終わりの会が終わった後、あたしは一人教室でポツンと座っていた。

窓から見える景色は、いつもあたしが横目で見ている風景。見知った顔や見知らぬ顔が下足室からぞくぞくと出てくる。部活動に赴く連中。友達と寄り道して帰る連中。脇目も振らず一目散に帰宅する連中。

あたしに判別できるのは、部活に行く連中だけだけど。湧き水のように終わりがないように思える風景だけど、徐々に人数は減っていく。談笑しながら歩く女子二人が通り過ぎると、その後に続く人間はいなくなってしまった。


「……バカじゃないの?」


誰に向けた言葉? もちろん、あたしに決まってる。やっぱり昨日から、あたしはおかしい。

しほちゃんにも言われた。今日あんた、気持ち悪いって。あたしもわかってた。あたし気持ち悪いって。

なんか向かい合って食べる給食が、すごく美味しかった。かぼちゃのスープってあんまり好きじゃなかったんだけど。今日はなんか、すごく美味しかった。

深呼吸をして立ち上がる。教室のカギを手に取り、のそりのそりとドアから抜け出す。……あたし最後って初めてなんだけど、閉めていいわよね? ……しーらないっ。

夏真っ盛りだったちょっと前とは違って、こんな時間でも空は茜色に染まって、半袖だと少し涼しく感じてしまう。長袖、作らないと。カギを返しながら、自分で望んだ四季折々にちょっとした不満を覚える。

あたしを照らしつける日差しは弱々しくなっていたけど、眩しさだけは変わらなかった。目を細めながら廊下を歩いていると、人影が目に映った。


「あ、久々だ」


「……そうね」


罵倒した相手は、当然のように少しへそを曲げてしまった。……いや、聞き入れてくれただけでも十分かな。


「何してたのよ、こんな時間まで」


「ん? 空が綺麗だなーって思ってさ」


「……ま、綺麗ね、確かに」


前言撤回。あたしはもっと欲深くなるべきだと思う。だって今のって、答えになってる? なってないわよね。

あたしが今綺麗って思ったのは夕焼け空。目の前で笑顔を浮かべている先輩は、どの空を見て綺麗って思ったの? でも、不思議とイライラしてこなかった。


「ねぇ」


「何?」


「暇よね」


「そうでもないんだけど」


「何十分空見てたのよ」


「ん? 二時間くらいかな?」


「付き合いなさい」


ニコニコ笑ってる先輩はやっぱり気持ち悪い。何考えてんのか全然見えない。それでもあたしは誘ってた。オッケーって答えた先輩は、素直にあたしの後ろをついてくる。


「待ってなさい」


コンビニの前で先輩を立たせる。オッケーって答えた先輩は、ピタリと歩みを止めると、ニコニコ笑ったまま微動だにしなくなった。見てたら気持ち悪くなってくるから、さっさとコンビニに入る。スーパーまで出る時にめんどくさかったら寄ってたコンビニは、何度来ても気のないいらっしゃいませで迎えてくれる。いつも直行するカップラーメンを通りすぎ、商品を手にとって会計を済ませる。


「ほら」


何を言ってるのかわからない言葉で送られて、直立不動で固まっていた先輩に声をかける。入る時はいらっしゃいませだけど、出る時なんて言ってるの? 文字で表せないんだけど? 接客って辞書にない言葉を使ってするものなの? ま、どうでもいいんだけど。


「……アイス?」


あたしから先輩に手渡したものは、二つに割って食べるアイス。ニコニコ笑ってた先輩だけど、それを手渡すと笑顔が消えた。


「何か?」


「きみ、寒くない?」


「寒くはないわよ」


そう、寒くはない。ちょっと涼しいだけ。別にいいじゃない、買ったって。売ってるんだから。


「何? 文句があるわけ?」


「全然。僕アイス大好きだから」


「ならなんなのよゴチャゴチャと……」


「きみがね。大丈夫なのかなって」


「……大丈夫じゃないのを買うやつっているの?」


「え、僕にくれるんじゃないの?」


「……はぁ」


どんだけ噛み合わないのよ!! わざとずらしてるんじゃないの!? 暴れ回ってやりたかったけど、ため息で踏み止まる。先輩に向け伸ばしていた手を引っ込めて、箱を粉砕する。取り出したアイスをへし折って片方を咥える。


「ふあい」


そして片方を先輩に手渡した。普通に考えてこうする以外ないでしょ。何が楽しくてあんたに奢らないとダメなのよ。バカじゃないの?


「ありがとう」


罵ってるにも関わらず笑顔で受け取った先輩は、アイスにカプリと噛み付いた。

あたしはもう颯爽とバリバリ噛み砕いて貪ってるけど、先輩はちゅーちゅーってネズミみたいな音を立てながら、ゆっくりと吸い込んでいく。……じれったい!!


「うわ、早い」


「あんたが遅すぎるのよ」


あたしはもう、一分以内に食べ終わらないと気が済まない。こいつは何? 溶かして飲み干すつもりなの? イライラしてくる……。

何が楽しくて待ってなきゃいけないのよ。なんであたしは、その時間を有意義な時間だと思えてるのよ。ただただ、イライラするだけの時間なはずなのに。


「久々だからね。味わってるの」


「あーそう」


「いつ以来だったかな」


「どれだけ食べてないのよ」


「ん? 60年くらい?」


「笑えないわよ」


コミュニケーションが下手くそなのは百歩譲ってわかるとして、冗談も苦手ってどういうことなの? っていうかいつまで食べてるのよ!! くだらないこと言ってるくらいならさっさと食べ切りなさい!


「70年後のアイスって知ってる?」


「はぁ?」


さっさと食べろって言ってるのに、先輩の言葉は止まらない。あろうことかアイスから手を離すと、親指と人指し指を丸めて、小さな輪を作った。


「これくらいのカプセルがね、凍ってるんだよ」


「へー」


「すぐになくなるのかなって思ってたんだけど、噛むとね、口の中いっぱいに味が広がるんだ」


「ふーん」


「梨味が好きだったんだけど、小さいからって5個も食べて、お腹壊しちゃった」


「そうなんだ」


「それ以来かな……」


残念でもなんでもないけど、あたしはやっと気付いた。こいつ頭おかしいって。あや先輩とか気付いてないの? そんなわけないよね。気付いててその上で優しくしてあげてるのね。女神様じゃない、もはや。

こいつにとっては残念だろうけど、あたしは優しくない。70年前は? って聞いてあげる気もなければツッコミを入れる気も、反応してあげる気もない。あたしが今接してるのは、一緒に食事をすることの素晴らしさを証明するためだったから。


「どっちのアイスも美味しいね」


「よかったじゃない、久しぶりに食べれて」


「うん、だからありがとう」


「どういたしまして」


さて。話は一区切りついたし、先輩はアイスを食べ終わっている。普通に考えると、ここが別れ際。でもこれは出来心っていうのかな? 優しくしてあげる気はさらさらないけど、相手にしてやろうとだけは思ってしまっていた。


「ちなみにあたしは、宇宙人だから」


「……え?」


「じゃーねー」


ぼそっと呟いて、走って逃げ出す。先輩は追いかけてこなかった。ただ呆然と立ち尽くす先輩が遠くなっていくにつれて、あたしの心は愉快になる。いやいや、今日は楽しい一日だったわね~。

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