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きゅう

音楽室から戻ってくると、イスの上には画鋲が置かれていた。鉛筆や体操服みたいに物がなくなっていたわけじゃない。明確な敵意がそこには存在していた。


「ん、どしたの」


咄嗟にあたしは使っていた。ストックがなくなったら結構面倒なんだけど、考えてみれば残すところもあと半年だったりする。ここでしか意味のない力だし、あと半年でまだ半分あるって考えたら、いいペースなのかもしれない。


「なんでも?」


あたしの隣に腰を下ろしたいっちゃんが見た光景は、自分のイスを訝しげに見下ろすあたし。でも、それでよかった。


「あれ? あたしの名前……なんだっけ? じゃないの?」


「どのタイミングで何を忘れてるのよ……」


「違うよしほ、あれ? 昨日夕飯……なんだっけ? だよ」


「だからどのタイミングで何を忘れてるのよ!」


後ろで腰を下ろす二人はいつも通りの姿。あたしをいじって楽しんでるのか、ただ自分たちがボケたいだけなのかはわからないけど、いつも通りの姿はすごくありがたかった。


「そいやさ、私を差し置いて意中の彼とデートに行ったわくわくランドはどうだったわけー?」


……ありがたい、はずだったんだけど。なんでそんな大きな声で言ってくるの? これ、見られてた方がよかったりする?


「あいつと回ってない」


「はああぁぁぁぁーーあぁーーーーーーっ!?」


「声裏返ってるじゃない……」


「なんで!? っていうかなら私に譲らんかーーーーい!!」


「楽しめないって言ってたじゃない……」


支離滅裂なしほちゃんは立ったり座ったりを繰り返して、多分すごく疲れると……ほら、机に突っ伏した。


「ちょっといいか?」


足攣った……とか言ってるしほちゃんをみんなで笑っていると、そんな声をかけられながら肩を掴まれた。悲鳴を上げるなんて可愛い行為は死んでもできないけど、咄嗟にあたしは振り返っていた。


「あれ? 先生じゃん。めっちゃ不審者っぽかった!」


「誰が不審者だ……ってお前、完全に不審者だと思ってただろ! なんだその目は!」


肩を掴んでいる男の人。そう考えた瞬間、ゆきちゃんが正体を教えてくれた。あぁそっか。この人担任だった。危ない危ない。多分あたし、相当気が立ってる。


「なに?」


「いや、朝伝え忘れててな。放課後ちょっと、時間あるか?」


「なんで?」


「送辞だよ」


それだけを教えてくれた先生は教室から出ていった。それで十分だろ? って言われたような気がするけど、全然十分じゃない。何回も言ってるんだけど。あたし全能じゃないって。言葉の意味くらいしか、今のあたしにはわからない。


「もうあんたで決まりじゃん」


「さっすが天才様ー。お似合いよーっ」


背後からの冷やかしは聞く気にもならない。……ま、ちょうどいい機会でしょ。むしろチャンスって言えるかもしれない。あたしあいつのこと何も知らないし、……色々と聞けるチャンスじゃない。


「はいはい、どうもありがとう」


「うわっ、お似合いも否定しなくなった!」


「それにしても……ぷぷっ、崎谷さん、はっずかしい〜」


「……ゆきちゃん、聞こえるわよ」


「え、いいじゃん、聞こえても。あれだけあんたに嫌がらせしてたんだし」


「……は?」


あたしが否定しなかったお似合いについてぎゃーぎゃー言ってるしほちゃんと、それを冷ややかな目で相手しているいっちゃん。だから多分、さらっとつぶやいたゆきちゃんの言葉は、あたしだけしか聞いてなかったと思う。


「でもあれさ、どうやってたの? わたし取ってきてあげようとしたのに、全部あんたが先に、ってなに?」


「今日は……見た?」


鏡がないから自分の顔は見れないけど、今はそれがすごく恨めしかった。あたしの顔を見て言葉を止めたゆきちゃんに、端から聞いたら理解できない疑問を投げかける。わかってもわからなくても、どっちでもいいように。


「いや、なんかゴソゴソしてるのは見たけど、なんも盗ってなかったよ」


「そう、よかった。気付くのが面倒なのよね。体操服とか盗ってくれるとありがたいんだけど」


「あはっ、それはさすがに問題になるっしょ!」


つじつまは……どう考えても合うわね。むしろなんで気付かなかったのか。それはあたしが崎谷さんの事を忘れていたから。目下の相手はずっと、あや先輩だったから。そしてこれはあの時から、か。


「っていうかゆきちゃん言いなさいよ!」


「え? だってあんた知ってたんでしょ?」


「……崎谷さんとは知らなかったわね」


「……ガ、ガガ、ガ……」


「何に対してのエラー音よ……」


「どうやって見つけてたの!?」


「……それはほら、あたし宇宙人だから」


崎谷さんが盗ったって知らないのに、あたしがゆきちゃんより先に盗られたものを見つけてた。ありえないわよね。言葉足らずがすぎるゆきちゃんのツッコミだけど、あたしもよく気づいたわね。


「いっちゃんっ、しほっ。やばいこいつ、こいつやばいよ!!」


「そりゃ私が紹介したけどー、ってなにが?」


……横の二人はいつまでお似合いって言葉で盛り上がってるのよ。喋ってたのはしほちゃんだけだけど。


「疲れるわね」


「……お互いに、ね」


揃って騒ぎ出した後ろの席にため息をついているいっちゃん。確かに疲れると言えば疲れるけど、やっぱりあたしはそれでよかった。露になり始めた敵意は、あたしだけに向けられてたらいい話だから。だから、ちょっと……しほちゃん、ゆきちゃん、声が大きいっ!!





「失礼しました」


「失礼しました……」


放課後になって、呼び出されていた職員室。あたしは知らない先生たちが、あたしたちを色眼鏡で見てくる現状は、気持ちのいいものとは言えなかった。とりあえず送辞に関しては、読み漁ればいいだけってわかったから気が楽だけど。


「きみ、頭よかったんだね」


「あんたもね」


右手にあるトイレから感じる3つの気配。……まぁいいけど。あたしたちそっちに歩いて行ったらどうするつもりだったのよ。行ってあげないけど。


「じゃ、さよなら」


「うん、さようなら」


適当に話を切り上げて歩き始める。ザッザッザッと足音は二つ。ズレることもなければ、狂うこともない。……。


「ねぇ」


「ん?」


「どんな人だったの?」


帰り道は同じ。わかってたことだけど、なんとなく抵抗してみたかった。間違いが起こらないかなって。


「変な人だったよ」


「……まぁ、ここの人から見たら変な人でしょうね。あたし以外は」


「そうだね」


「そういうの要らないから」


優しさなのか、なんなのか。あたしだって変な人に違いないでしょ。……そっか。そう言えば、先輩にはまだ見せてなかったっけ。


「ほんとだよ」


「これでも?」


なら見せよっか。ランドセルから紙を取り出して、数字を書いていく。B5の紙いっぱいに。3から始まる数字を左腕から右下までびっしりと埋めて、先輩に手渡した。


「……円周率?」


「まだ書けるわよ」


解き明かされた部分まではね、って付け加えておく。当たり前の話。あたしが解いたわけじゃなく、引き出しているだけだから。


「もしかしてテストも?」


「当たり前じゃない。軽蔑した?」


授業のノートにしろ漫画にしろ、一回でも見たことを一回だけ実践できる能力、って言った方が正しいかな。だってあたし宇宙人だから。でも、本当に一回だけ。本来はもっと違うものだったけど、地球の、それも日本に留学するってことで、広辞苑を引き続けているから、その弊害。某先輩に言った火事場の力ってのは、あながち間違いでもない話。


「他には?」


「……それは他の力? それとも、円周率以外に見せてみろって話?」


広辞苑の弊害はもう一つあって、一つのものを引き出し続けながら新たに引き出せるのは、50回が限界だってこと。まぁ一週間に一回って考えたら多い方だとは思うけど、最近は頻度が増えすぎてる。主に崎谷さんのせいで。だから、あんまり無駄遣いはしたくない。……なら、あたし今なんで先輩に見せたの?


「他の力」


「ないわよ、あたしにはこれだけ」


「……そっか。本当に、そうなんだ」


「あんたの知ってる人は?」


「……わたしたちにはもうないんだ、って」


わたしって言うからには、きっと女性。あくまで学生の権利だから。そして、もうないんだって言葉は、……考えたくないけど、あたしより遥か未来、ってしか考えられない。あたしたちですら退化したって話なのに。


「……そう」


聞けたらよかったのかもしれない。あんたとその人は、最後はどうなったの? って。でも、聞けなかった。聞けるわけがなかった。先輩が繰り返している輪廻転生がペナルティだったとしたら、きっとよくない思い出に違いないから。


「そうだよ」


なのに、なんで先輩は笑ってるの?


「……っていうかあんたこそ卑怯じゃない。何十回小学生やってんのよ」


「……7回くらい?」


なんで先輩は笑ってるのに、そんなに悲しそうな表情をするの?


「意外に少ないのね」


「寺子屋とか、リトルスクールは小学校じゃないからね」


「揚げ足じゃない!」


そしてあたしは、なんでそんな先輩のことが気になって仕方ないの? 暗そうで、実際暗くて気持ち悪くて、でもあたしのことをこの星で唯一知っている人。別に友達がいないわけじゃない。寂しいわけでもない。なのに、なんで……。

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