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第九話 ツイてない

「あ、か、彼氏いたんですね」


 俺は必死に動揺を押し隠しながら言葉を絞り出した。

 桜山さんは俯いたまま頷いて、語り出した。


「あのね、私がこの前久しぶりにたっくんとデートしたら……あ、私の彼氏の名前、太郎って言うんだけど」

「は、はい」


 太郎……。たっくん……。


「レストランに入ったの。なのにたっくんったらね、私の事なんか全然見ないでずーっとケータイばっかりいじってるの!」


 桜山さんが声を荒らげる。


「お、落ち着いてください」

「落ち着いてられないわ! 今思い出しただけでもイライラする!」


 ええ……。落ち込んでたんじゃないんかい。

 なんとか宥めると、桜山さんは我に返って「ごめん」と一言いってから話を続けた。


「今までそんなこと無かったから、私不安になっちゃって、たっくんに「私といてつまらないなら素直にそう言って欲しいんだけど」って言ったらたっくん、なんて言ったと思う?」


 知りません。


「上の空で「うんうん」とか言いやがったのよ!」


 たっくん最低か。


「それで私が怒って、ケータイ取り上げて画面を見てみたらアイツ浮気してやがったのよ! そしたらたっくんに「プライバシーの侵害だ!」って怒られちゃって」


 桜山さんが眉を下げて悲しそうな顔をする。そこは怒らないんですね。

 ていうか、なんか……なんでそんな人と付き合ったんですか。桜山さん。


「そのまま口論になって、結局レストランを追い出された所で話は解決しないまま、その日は別々に帰って今に至るわ」

「はぁ……」

「今思えば、私が感情的になったのがいけなかったんだわ。だから、謝りたいんだけどどうやって言ったらいいか……」

「それで落ち込んでたんですね」

「ええ。ねえ、どうすればいいと思う?」


 桜山さんが顔を上げて、縋るような目で俺を見る。


「俺は……そのまま別れた方がいいと思います」

「なっ……!」


 桜山さんが目を見開く。

 俺は構わず言葉を続けた。


「だって、浮気されてたんでしょう? 挙句に逆ギレなんて、そいつは最低です。きっとまた桜山さんは傷つけられてしまいますよ」

「でも……私はたっくんが好きなの」


 桜山さんが泣きそうな顔をする。

 電話して本人がどう思ってるかくらいは聞いてみるか。今の時間、出るか分からないけど。仕事は何やってるんだろう。


「……その人、仕事は何をやってるんですか?」

「ホストです」

「んなっ!?」


 ホストォ!? もしかして桜山さん貢がされたりとか……!


「もしかして貢いだりなんてしてませんよね?」

「貢ぐ……? 貢いでるっていうのか分からないけど、お金は結構渡してるわ。彼がよろこんでくれるから」


 oh…….


「ダ、ダメですよそんなの。今すぐ別れるべきです! 桜山さんの事金づるとしか思ってませんよ!」

「ひ、ひどい! 私を金づる呼ばわりするの!? 最低! たっくんに電話してやる!」

「ちょ、え!? 金づる呼ばわりしてるの恐らくたっくんだから!」


 桜山さんがiPh〇neを取り出し、電話しようとしてる。

 ていうか喧嘩中じゃないのかよ!


「もしもしたっくん? あのね、今私、金づる呼ばわりされたの!」

「ちょ、桜山さん落ち着いて! たっくん訳わかんないよ?」


 桜山さんのケータイからたっくんの焦ったような声が聞こえてくる。


『ええ!? お、落ち着いて今日子! 俺は今日子の事金づるなんてよよよ、呼んだことないよ!』

「え? なに言ってるのたっくん」


 おい、わっかりやすすぎだろ。


「ほら、今の動揺具合で分かったでしょう桜山さん。こいつはそういう奴なんです。別れるべきです」

「……もしかして吉岡君、私の事好きなの?」

「ひょえっ!?」


 突然のエスパーに我ながら気持ち悪い驚き方をしてしまった。


『ヨシオカクン? おい今日子、そこに誰かいるのか?』


 桜山さんはたっくんを無視して俺を見詰める。


「好きなんでしょ? だから私たちの仲を邪魔するのね?」

「ち、違います!」


 悲しそうな顔で見つめてくる桜山さんに、俺は慌てて否定する。


「俺はただ、桜山さんのために……」

「ごめんね吉岡君、私はどうしてもたっくんが好きなの」

「えぇえ……」


 なんでフラれてるんだ俺。


『どうした今日子、誰かに告白でもされたのか? 電話中に?』

「うん、そうなの」

『お、おう……。随分と押しが強い奴なんだな』

「うん、そうなの」

「いやそうじゃないですよ何神妙な顔で頷いちゃってるんですか」


 俺が呆れ顔でそういうと、桜山さんはこっちを向いて


「なんかたっくんと仲直り出来そうだから……。話聞いてくれてありがとうね吉岡君」

「い、いえ……」


 俺の恋心は完全に打ち砕かれましたよ、貴文様。


 その後、桜山さんはたっくんと何やら話した後、嬉しそうに電話を切ったのだった……。

 もうどうにでもなれ。




 完全に恋の病から目覚め、お嬢様が家庭教師と勉強しているので廊下の掃除をしていたある日、突然玄関のチャイムが鳴った。

 今日は来客の予定なんかなかったハズなんだけどな。

 インターホンで姿を確認する。貴文様だった。




「久しぶりだな師匠」

「はい。お久しぶりです貴文様」


 俺たちは今、西園寺家の庭にあるベンチに二人並んで座っている。


 何故かというと、突然訪問してきたこのお坊ちゃんは、俺と恋バナをしたいのだそうだ。

 俺はもう失恋したけど、貴文様をガッカリさせないために言わなかった。決して見栄を張った訳ではない。決して。


「それでな、芹華ったら……」


 そしてさっきから近況報告と称して、お嬢様とあった事を事細かに説明してくる。

 ただ惚気たかっただけなのかな……。


「まあ近況報告はこんな所だな。因みにまだ僕はエスパーの力を身に着けていない。ところで師匠は?」

「えっ?」


 突然話を振られて驚く。


「師匠は桜山って人と何か進展あったのか?」

「えーっと……」


 フラれました。


 とは言えず、適当になんか言っておく。


「よく一緒に休憩室でお茶を飲みながら談笑してますよ。最近は桜山さんが落ち込んでたので、勇気づけたら感謝されてしまいました」


 嘘は言ってない。


「そうなのか! それで?」

「後は特に何も……。お互い忙しいので会う機会が少ないのです」

「そうなのか……。それは大変だな。まあ頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」


 うう……。励まされしまった。心が痛いよ……。


「じゃあ次は僕の心読んでみてくれ!」

「はい?」


 貴文様が目をキラキラ輝かせながら言う。何言ってるんだこの坊ちゃん。


「エスパーの力を手に入れるには、見て盗むのが早いと思うんだ! さあ、師匠! 僕の心読んでみるんだ!」

「え……は、はい……?」


 なんかドンドン残念な子になってないか? え、俺のせい? いやいや俺は関係ないぞ。


「さあ!」


 何だこれ。そんなに目を輝かせられても……。

 でもこれはきっとやった方がいいな。うん、満足させるにはやった方がいい。

 えっと、貴文様の考えている事……。

 表情から察するに……。


「ここで必ず師匠の能力を盗んで、身に着けてやる! それで芹華の心読んでやるんだ! そしたら芹華の事がもっと分かるぞオ!」

「なっ……?」


 俺の読心に声を上げたのは貴文様ではなく……。


「吉岡お前……そんなこと考えてやがるのか?」


 背後から腹に響くような低い声でそう言ったのは、行成様だった。既に金剛力士へと変身していらっしゃる……。

 肩をガッシリと掴まれる。

 目の前の貴文様は金剛力士像には目もくれず、更に目を輝かせて「す、すごい。思ってることが丸わかりだ!」とか言ってる。


「しかも、「芹華」だと……? お前自分の立場分かってんのか? 執事だぞお前。いつ呼び捨てしちゃうくらい偉くなったんですかァ? 執事さんよォ」

「ごごごごごご誤解ですうううう!」


 なんかチンピラみたいになってるんですけどこの金剛力士!


「何が誤解だ。俺はしっかり聞いてたぞ。桜山に恋をしてるってのは噓だったのか?」

「いいいいいいいいえ! 嘘じゃないです!」

「ん? 行成さん」


 貴文様が今気づいたとばかりに金剛力士像を見る。


「ん、貴文か……」

「お久しぶりです。行成さん」

「ああ、久しぶりだな」


 金剛力士像から人間に戻った行成様は優し気な笑顔で貴文様にこたえている。

 いや、ここでそんな挨拶とかしないでくれます……?


「どうしたんですか? 師匠の肩掴んだりなんかして」


 貴文様が不思議そうに問いかける。


「いや、吉岡が禁忌を犯そうとしてるから」

「してません!」

「ていうか師匠ってなんだ?」


 俺の否定など意に介さず、行成様が不審そうな顔で問いかける。


「行成様それは気にしないでください!」


 必死で誤魔化す俺を尻目に、貴文様は不思議そうに行成様に問う。


「とういうか、禁忌ってなんですか?」

「ああ、芹華に恋をしてやがる」

「え? この人が好きなのは桜山って人ですよ」

「俺も吉岡の好きな人はそう聞かされてたんだが……。おい、どうなんだ吉岡」


 金剛力士像にドスの効いた声で問われる、俺は必死に言った。


「す、好きなのは桜山さんだけです!」


 もうフラれたけどな!


「本当か? じゃあさっきのは何だったんだよ」

「さっきのは、貴文様の心を読んでおりました!」

「はあ?」


 行成様が心底意味が分からないというような顔をする。まあそうですよね。

 貴文様が目を輝かせて金剛力士像に言う。


「師匠ってばすごいんですよ! 人の心を読めるんです! 僕が芹華の事が好きなのも、全部読んじゃったんです!」

「貴文……芹華の事が好きなのか?」

「あっ」


 相変わらずうっかりさんだな貴文様は。

 顔を赤らめて、しまった。という顔で必死に弁解する貴文様。


「ええっと、今のは違くて、す、好きじゃないです別に!」

「そうか。好きなんだな」

「んなぁっ!?」


 金剛力士、容赦がない。


「……まあそれはいい。けど!」


 ギロっとこちらを睨む金剛。


「お前……今日のところは信じてやるが、次なにか怪しい事してたら、即刻に解雇する!」

「は、はい……」


 行成様は俺を軽くひと睨みしてから、庭から去って行った。


「師匠は、行成さんと仲が悪いの?」

「い、いや……ははは……」


 俺の乾いた笑い声が庭に響いたのだった。



 なんか、最近ツイてねえなぁ俺。



 貴文様を見送ってから、俺は心のオアシスであるお嬢様のもとへ向かう。

 もう勉強が終わった時間だろう。いつも勉強が終わると俺とのお喋りタイムとなる。なのでいつもお嬢様の部屋へ行っている。


「吉岡さんね! どうぞ入って」

「失礼します」


 入ると、お嬢様の天使の様な笑顔が俺を出迎えた。

 ああ、オアシスよ。あの金剛力士像の妹とは思えない程の優しい笑顔……!


「あのね、吉岡さん!」

「なんでしょう?」

「今度から夏休みが始まるのだけれど、私たちはドバイに行くのよ! しかも飛鳥井家と一緒に! 吉岡さんにももちろん付いて来てもらうのよ! ああ、楽しみだわ!」

「そうなんですか」


 旅行か。


 あー、なんかまた色々起こりそうだなぁ……。









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