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第六話 芽生える

 

 西園寺家の人達がパーティーに行っている間、仕事を一段落させて休憩室で紅茶を嗜む。

 休むのは別に自室でもいいのだが、こっちの方がおいしいお菓子と紅茶が常備されているので休憩はよくこっちでする。

 たまにメイドさんなんかがいたりするので、その時は軽く談笑したりもする。


 今日は、桜山さんがいた。

 桜山さんは俺と話した日から休憩室にいる頻度が多くなった。

 何やら大きなプロジェクトが一段落したので、お屋敷で寛げる時間が増えたのだそうだ。

 住み込みではないのだから家に帰ればいいのに、と思っていたところ、休憩室は美味しいお菓子と紅茶が常備されているし、突然仕事が増えても自宅から出向くよりお屋敷から出向いた方が早いので、休憩室にいた方が何かといいのだと言われた。

 読心のスキルは相変わらずなようだ。


「それで、行成様とはどうなったの?」


 お互い休憩室で会うことが多くなったので、年齢的にもキャリア的にも桜山さんは俺に敬語を使わなくなった。


「お陰様で、和解への第一歩を踏み出す事が出来ました。本当にありがとうございました」


 お礼を言うと、桜山さんは満足げに笑って


「ふふ。よかったわね」


 と言った。

 大人の女性の微笑みってなんかドキッとするよね。


 なんて考えていると、桜山さんが質問をしてきた。


「吉岡君は、将来どうするつもりなの? 一生執事として仕えるつもり?」

「はい」


 俺は即答した。

 桜山さんはどこか満足げな顔をして


「私も、多分この先ずっと秘書として生きていくと思う」


 と言った。


「他にやりたいことなんてありませんから」

「そっか」


 桜山さんはまた微笑んで、質問を重ねる。


「なんで執事になろうと思ったの?」


 なんで、か。

 今までも何回か問われたことはある。その度に俺は同じ返答をしていた。


「誰かの役に立ちたいと思ったからです」


 自信をもってそう答えた。


「人の役に立つ仕事なんて他にもいっぱいあるじゃない」

「そうですけど、俺は人に仕えるのが性に合ってるんです。主に快適に暮らしていただくために色々こなすのが楽しいんです」

「ふふ、私も秘書っていう仕事が性に合ってる気がするわ」


 そういって、桜山さんはまた微笑んだ。

 なんか、ここ最近俺に対する態度が柔らかい。なんでだろうか。

 と考えていると、桜山さんは心を読んだかのようにこう言った。


「私、吉岡君のこと気に入ってるんだ」


 そういって見つめられ、俺は不覚にもドキッとしてしまった。

 恋愛的な意味じゃないことは分かっている。けど恋愛耐性が無い俺にとっては破壊力があった。


「君みたいに、信念をもって堂々とやりたいことに真っ直ぐな人って素敵だと思うの」

「あ、ありがとうございます」


 褒められたので、動揺する心を抑えてなんとかお礼を言う。


「役職は違うけど仕事仲間として、これからもお互いに真っ直ぐ突き進もうね」

「は、はい」


 俺の返答にひとつ満足気に頷くと、「じゃあ、またね」と言って桜山さんは休憩室を後にした。


 桜山さん……素敵な方だ。


 俺もしばらく紅茶を嗜んで、そろそろ皆さんがパーティーから帰ってくる頃なのでお出迎えの準備をする。

 その間も、俺の頭の中は桜山さんでいっぱいだ。


 掃除をしていても、お嬢様のスケジュール確認をしていても。仕事の合間合間に休憩室へ行っては桜山さんがいないか確認する。

 いないのが分かると、「俺は一体何をやっているんだろう」と我に返る。


 この気持ちはなんなんだろう。分からない。


 悶々と廊下を歩いていると、行成様とぶつかってしまった。


「はっ! も、もうしわけございません!」

「あ、ああ、悪いな」


 俺が仕事に戻ろうとすると、行成様に肩を掴まれて引き留められた。


「フラフラしてたけど大丈夫か? 顔も赤いし。体調が悪いなら無理するな。倒れられても困る」

「え? あ、い、いえ。体調は悪くないです!」


 ぶつかった上に心配をさせてしまった。


「そうか? じゃあどうして……はっ! もしかして芹華に何かしたんじゃないだろうな?」


 心配するような顔から一転、般若みたいな顔をされたので慌てて弁解する。


「いえ! そのような事は一切しておりません! ただいないかなーって気になったり、頭から離れなくなったり、姿を見つけると動悸に見舞われてしまったりするだけです!」


 あ、勢い余っていらんことまで喋ってしまった。

 すると行成様は一層顔を険しくさせて


「ああ!? それって恋の症状じゃないか! 吉岡禁忌を犯したな!?」


 と言い、俗にいう壁ドンをした。

 行成様は近くで見ると更にイケメンだった。美しすぎて不覚にもときめいてしまう。

 あ、なんか男の中でも行成様とならキス出来るわ多分。

 と、ときめいていると不穏な雰囲気を察したのか行成様は一歩引いた。引きながらも俺に対する呵責は続く。


「立場を分かってるのか? 令嬢に恋など……」


 ん?


「恋……?」


 さっきは急な壁ドンに気づかなかったが、そういえば『恋の症状』とかなんとか言ってたな……?


「行成様、これは恋の症状なんですか!?」

「うわっ、なんだよ急に」

「恋の症状なんですか!?」

「う、うるさっ。あ、ああ恋の症状だな」


 はっ、行成様が更にドン引いてる。冷静にならねば。

 俺はひとつ咳払いして、行成様に向かって頭を下げた。


「ありがとうございます! お陰で謎の症状の正体が判明しました」


 にしても、恋か……。

 俺はほとんど恋愛なんてしてないから分からなかった。


 不意に顔を両側から挟まれる。

 何に挟まれたのかと思ったら、行成様の右手だった。目の前には行成様の金剛力士像ばりの顔。

 思わず喉から「ひっ」と悲鳴が出る。

 殺し屋になったり般若になったり金剛力士像になったり忙しい人だ。


「おい。お前、自分が何言ってるか分かってんのか? 執事と令嬢の恋は、アウトだぞ」

「へ?」


 執事と令嬢の恋? はて。何のことやら。

 はっ。もしかして桜山さんはどこかの令嬢なのか?


「ひゃくややましゃんはどこかのへいひょうなのでしゅか!?」


 訳「桜山さんはどこかの令嬢なのですか!?」

 行成様は俺から右手を離して「あ?」と聞き返してくる。


「桜山さんは、どこかの令嬢なのですか?」

「は? 桜山? なんで急に桜山さんの名前が出てくるんだ?」

「え?」


 一瞬、行成様の言っていることが理解できず、固まる。


「ん?」

「え?」

「……ん?」

「……え?」


 お互いに間抜け顔で間抜けな声をだしながら聞き返す。

 ちょっと待てよ。もしかして認識が違った? あ、そういえば俺、桜山さんという名前は出さなかったな。


「あ、あの、行成様」

「吉岡、お前が恋をしたのって、桜山さんの方だったのか?」

「は、はい」

「あー、なんだよ早とちりしちゃったよ」


 行成様はそういって頭を掻いた。


「悪い、勘違いしてた。てっきり芹華の事かと。うん、吉岡それは恋だ。桜山さんとうまくいくといいな」


 俺が何かを言う前に行成様は去って行った。

 なんか、俺の恋の相手が桜山さんだと分かった瞬間、思いっ切りどうでもよさそうな顔をされた気がする。


 まあそれは置いておこう。

 実際行成様には関係ないしな。


 そうか……。

 俺は、桜山さんに恋をしたんだな。









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