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第三話 行成様

 執事の仕事はたくさんある。

 掃除や洗濯などメイドがやるような仕事も場合に応じてはやるし、お嬢様を筆頭に西園寺家の人々の身の回りのこと、お出迎えなどもやったりする。

 俺は住み込みで働いてるため、西園寺家の人々の自室には劣るが立派な部屋が用意されている。

 一級ホテルのスイートルームばりの部屋だ。

 西園寺家の人々は一部を除いてとても優しいし、三食しっかり同じ食事を摂っているし、働く時間帯も大体決まっているからちゃんと寝ている。

 可愛いお嬢様もいるし、とても幸せで快適な仕事なのだ。


 ただ一つ、気がかりがある。

 それはお嬢様の兄であり、西園寺家の御曹司でもある行成様だ。さっき「一部を除いて」と言ったその一部は実は行成様だったりする。

 何が気がかりなのかというと、行成様はどうも俺を敵視しているみたいだ。最初に顔合わせした時のクールな目つきも、イケメンのせいで分からなかったが今考えればただ睨まれているだけだったのかもしれない。

 イケメンって睨んでいてもクールなイケメンと認識されるからいいよな。

 行成様は普段、家族やたまに来る友達らしき人物には心からの優しい顔で楽しそうに話をする。俺にだけ冷たいのだ。

 心当たりは思いつかない。

 執事だっていうのに家の人を満足されられないなんて、恥だ。

 俺はなんとかして満足してもらおうとお嬢様だけでなく行成様のことにも世話を焼いている。

 しかし行成様は俺がなにかすると不審者を見るかのような視線で「ありがとう」とそっけなく言う。

 うん、傷つく。

 でも原因も分からないし、迂闊な追及もできない。今のところ仕事には実害は無いし、しばらくこのことについては放置しておこう。




 ある日の土曜日、いつものように習い事を終えたお嬢様をお出迎えする。


「おかえりなさいませ。お嬢様」

「ただいま帰りました。あの、吉岡さん」

「なんですか?」


 ちなみにお嬢様の「吉岡さん」呼びは立場的におかしいので何回か「吉岡って呼んでもいいんですよ?」と言ったのだが、お嬢様は結局「吉岡さん」呼びのままだ。


「明日、家に学校のお友達を呼ぶことにしたの。午前十時頃に招く予定だから、応対よろしくお願いしますね」

「かしこまりました。応接室でいいですか?」

「いいえ。私の部屋で結構ですわ。お茶やお菓子の用意をお願いしますわ」

「かしこまりました。お嬢様、荷物をお持ちします」

「ええ、ありがとう」


 しかし、お嬢様の友達か。

 ここで働き始めてかれこれ一ヶ月ほど。

 話を聞くことはあったが、見たことはないな。どうも男友達もいるようだし、お嬢様の未来の婚約者とかいそうだな。ふむ、どんな人たちが来るのやら。


 そして次の日、お嬢様の部屋を軽く掃除し(といっても元からかなり綺麗な方だったが)、子供の舌に合いそうな紅茶をいくつか用意し、お茶菓子も準備する。

 もうそろそろで十時だ。

 玄関にスタンバイ。すぐに家の扉が開いたので素早く招き入れる。


「おかえりなさいませ。お嬢様。お友達の方々もようこそおいで下さいました」

「ただいま帰りました」

「「「お邪魔します」」」


 な、何という事だ……。

 全員、こぞって美形だった。

 将来はなかなかの美人ねーちゃんになりそうな黒髪のキリッとした女の子に、可愛い顔した男の子に、幼さの中にクールさを滲ませるこれまた将来有望なイケメンがいた。

 くそっ、美形ばっかり……。なんだこれ。眩しすぎるぞ。

 眩しさに耐えながら四人をお嬢様の部屋へと招き入れる。


「なにかありましたら、遠慮なくお申し付け下さいね。では、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って俺は扉を閉める。

 中から早速楽しそうな声が聞こえてくる。いいなあ。俺は執事養成学校では飛び級してたりと、浮いていたので友達と呼べるような存在はいなかったし、小学校では友達はそれなりにいたけど女友達なんていなかったしもう連絡も取り合ってない。

 というかその小学校も特別に途中で辞めることにして執事養成学校へ行き、連絡手段なんか家電くらいだったので、連絡なんて取りようもない。

 実質、友達ゼロ人の恋愛未経験ぼっち執事だ。

 あんな眩しい容姿の男女の子供たちがきゃっきゃと楽しそうに遊んでるのが羨ましい……わけじゃないけど、なんかもっと友好関係築いとけばよかったな。

 いや、別に全く羨ましくなんかないけどね?


 そろそろ帰る時間になったようなので、お見送りをする。

 なんか、うん……。

 さっきから飛鳥井家の御曹司が心なしか頬を赤らめながらお嬢様を見てるんだよな……。

 遊んでる間に何があったんだろう。失礼だけどちょっとお嬢様に探りを入れてみよう。

 自分のご主人様に言うのも失礼だが、正直お嬢様はかやりの天然たらしだ。

 危険だ。いつか無自覚逆ハーレムを築きそうだ。いや、別に築いてもいいと思うのだが、名家のお嬢様が天然のたらしなのは如何なものか。これが旦那様にバレたら怒られるかもしれない。

 うーん。どこまでが教育になるのか、難しい。でも怒られるのは嫌だし、軽く遠回しに若干、探ってみよう。

 いつものお喋りタイムにでも聞けば、自然だろう。


「吉岡さん、今日もお話したいです」

「いいですよ。何について話しましょうか?」


 よしきた。ここで何があったのか聞けるだろう。


「あのね、今日はみんなでトランプとか、ジェンガで遊んだの! お喋りも弾んだし、とっても楽しかったわ!」

「よかったですね」


 ごめんなさい、お嬢様。少し詮索させていただきます。


「ところでお嬢様、飛鳥井家の貴文さんとは随分仲がいいんですね?」


 うーん、不自然な聞き方をしてしまった。

 しかしお嬢様は不審がる事無く答えた。


「ええ、今日連れてきた人はみーんな私の親友なのよ! みんなとってもいい方だし、一緒にいて楽しいの」

「素敵な友達に恵まれていますね」

「ええ!」


 嬉しそうに笑うお嬢様。うーん、聞き出すのはなかなか難しい。


「お嬢様は、将来はどうしたいと思ってるんですか?」


 別の角度から切り込んでみよう。


「将来……。お嫁さんになりたいです」

「それはいいですね。将来の旦那さんの理想とかあるんですか?」

「ええ。優しくてかっこいい方がいいです!」

「お嬢様ならきっと見つかりますよ」

「ふふ。でもね、せいりゃく結婚っていうのがあるのよね?」


 まだ幼いのにそんな言葉を知っていたのか。心なしか不安そうな顔になるお嬢様。


「あるにはありますが、自分の好きな人と結ばれるのが理想ですよね」

「そうですね。せいりゃく結婚、するとしたら誰になっちゃうのかしら……」


 おっ、これは聞けそうだ。


「貴文様」

「えっ!?」


 お嬢様は大きな目を更に大きくさせて驚く。

 そして苦笑しながら言った。


「それは……。確かにあり得ますが、貴文さんは嫌がると思います」

「そうでしょうか?」

「ええ、そうよ。貴文さんだってきっとせいりゃく結婚は嫌がるはずよ」

「恋愛結婚、出来るのでは?」

「えっ、貴文さんと恋愛?」


 あからさまに顔が赤くなるお嬢様。


「はい。実際、貴文様はお嬢様のことをどう思ってるんでしょうかね? 今日、貴文様と何かあったりしましたか?」


 俺の質問に、お嬢様は顔を赤くしたまま考える。


「えーっと……。別に何もなかったですよ」


 言いながら、お嬢様は「ないない」といった顔をする。

 やっぱり聞き出すのはうまくいかないか。まあ、そりゃそうだよな。

 なんて思っていると、お嬢様は不意に立ち上がって


「今日の話はこれぐらいで満足です! お、お手洗いに行ってきますわ!」


 と言って部屋を出て行ってしまった。

 あちゃー、逃げられた。

 俺はお嬢様の背中に「ごめんなさい」と呟いて、部屋を後にした。

 程なくして行成様がいつもより険しい顔で俺のもとへやってきた。


「おい」


 声からも不機嫌臭がプンプンする。こ、怖い……。


「なんでしょうか?」


 怖いのを我慢してなんとか聞き返す。

 ついに仕事にケチを付けられるのだろうか。やっと理由が聞けそうだ。怖いけど甘んじて受け入れよう。俺は覚悟を決めた。

 行成様は一層目つきを鋭くさせて仰った。


「さっき、芹華とどんな話をしてたんだ?」

「へ?」


 思ってたのと全然違う質問をされ、間抜けな声が出る。すると行成様は目力だけで「答えろ」と訴えてくる。

 目線に殺されそう……。


「えーと、世間話です」


 なんだその答え。自分でも思いましたとも。行成様は「は? それだけじゃわからない」と仰った。仰る通りです。

 そして具体的な会話内容を思い返してみる。

 あ、やべ。俺、お嬢様について詮索するような話題振ってたわ。まさかそれがバレたのか? いやいやどうやって? 盗み聞き? いや、良家の御曹司がそんなことするわけない。育ちがいいのはこの一ヶ月で十分に分かっている。

 と、俺が思考を巡らせていると、行成様が俺に一歩迫って仰った。


「言えない内容なのか?」


 やばい! あらぬ誤解をされてしまう! いや、誤解でもないけど誤解だ!

 俺は慌てて否定した。


「いえ! 滅相もございません! 会話内容は、お嬢様のお友達のこととか将来のことについて話しておりました!」


 俺の弁解に、行成様が一歩引く。

 ほっ。


「ふーん、そうか。それは本当なんだな?」

「もちろんです」

「あ、そ」


 行成様はまだ納得していないという様子の顔をする。


「俺はこの後やることがあるから、詮索はここまでにしといてやる」

「は、はい」


 というかそんな物騒な口調で喋る人だったっけ? 素が出るほど俺のこと怒ってんの? なんでよ~。

 行成様は「ただ」と言ってぐっと俺に近づく。そして耳元でこう囁いた。


「俺の妹に手だししたら、あの女よりひどい目に遭うぞ?」


 そして俺のことを睨み、振り返って自室へと歩いていった。


 こ……こえ~!!

 俺は思わず倒れそうになる体を震える足で必死に支えた。

 完全に人殺しの目だったぞ。良家の御曹司がどこであんな目つき覚えたんだ全く。


 それにしても意味が分からない。もちろん俺はお嬢様に危害を加えるつもりは毛頭ない。

 それに「あの女」って誰のことだ?

 もしかして不祥事起こして解雇されたとかいう女性のことか? それよりひどい目ってなんだ。怖いよ~。

 うーん、どうやら俺が敵視されてるのは解雇された女性と何か関係があるのかも。

 それが分かればちょっとは対応のしようがあるのに。その話題はなんかタブーみたいな雰囲気流れてるしなぁ。聞くに聞けない。

 とりあえず、今回みたいに詮索したりとか迂闊な行動はしない方がきっと身のためだな。


 ハア……。先が思いやられる。



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