第二話 西園寺芹華
「本日から芹華様に仕えさせていただきます。吉岡雅也でございます」
ぺこりと丁寧にお辞儀をした吉岡さんという人は、お母様によると齢十五歳にしてイギリスにある執事養成学校を飛び級し、更に首席で卒業したというとても優秀な執事さんらしいです。
その吉岡さんが初めて仕えることとなるのが、私だそうです。どんな人なのか、とても楽しみですわ。
そんな気持ちを込めて、私は笑顔で挨拶を返します。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
私もお母様にならってしっかりと挨拶をします。
「どうぞよろしくお願いしますね」
続いて、私の五歳上で吉岡さんと同い年のお兄様も挨拶をします。
「初めまして。僕は芹華の兄の行成です。今日から妹のことをよろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
お父様は仕事の関係でどうしても抜けられないそうなのでこの場にはいません。
吉岡さんは二人の挨拶に頼もしい顔をして返しました。
キリッとしたハンサムさんだわ。
前に仕えていた私の付き人女性が、詳しくは知りませんがなにやら不祥事を起こしたとかで引退し、新しく執事を迎え入れることになったのですが、そこでお父様が目を付けたのが天才執事の吉岡さん。というわけです。
私が今通っている学校は、私立瑞宮学園初等科です。
もう学園に行く時間なので挨拶もそこそこに私は送迎用の車に乗り込み、学園へと向かいます。
学園へ着き教室へ入ると、クラスメートのみなさんが口々に挨拶をしてきます。私はそれにしっかり答えながら自分の席へと向かいます。
すると私の幼稚園からの親友でもあり、隣の席の天照院小百合さんが話しかけてきました。
「おはよう芹華」
「ごきげんよう、小百合さん」
小百合さんは切れ長の目に整った顔立ちで、つやつやの黒髪を横にまとめてカールさせています。落ち着きがあって優しい方です。
「芹華様、小百合様、ごきげんよう」
「琴葉様、ごきげんよう」
「御機嫌よう琴葉様」
小百合さんは私に対するフランクな態度とは打って変わって、上品に挨拶をします。
相変わらずの猫かぶりさんですわ。
そんなことを考えていると、どんどん私たちの周りに人が集まってきます。
小百合さん曰く、この方たちは「超名家のご令嬢である芹華様の取り巻き」なんだそうです。皆さんいい人ですし、「取り巻き」ではなく「友達」がいいのですが。と言ったら小百合さんに「甘い」と一刀両断されてしまいました。
「おはよう、芹華。小百合さんも」
「おはよ。二人とも」
その声に振り向くと、これまた私の幼稚園からの親友である飛鳥井貴文さんと 、倉持司さんが立っていました。
二人は真逆のタイプのイケメンさんで、貴文さんはクールで整った顔に綺麗な黒髪。司さんはくりくりとした可愛らしい目に整った顔、ふわふわの栗毛です。
二人の美貌に、周りの女の子たちは頬を染めながら挨拶をしています。
二人はそれにしっかり応じています。司さんは見た目の通り愛嬌があります。貴文さんはクールに接しています。
そんな二人に私たちは挨拶を返します。
「ごきげんよう、貴文さん、司さん」
「ごきげんよう。貴文に司」
程なくして朝のHRの時間を告げるチャイムが鳴り、私たちは一旦解散しました。
授業を受け、休み時間は友達と過ごし、学校が終わると習字とピアノのお稽古があるので友達に別れを告げて車に乗り込みます。
お稽古を済ませて家に帰ると、玄関のところで吉岡さんが立ってお出迎えをして下さいました。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
「ただいま帰りました」
私に向かってお辞儀をしてくださる吉岡さんですが、なんだか「ご主人様」という響きに慣れません。
「あの、吉岡さん」
「なんですか?」
「呼び方、ご主人様だとなんだか違和感がありますの。私、前の執事にはお嬢様と呼ばれていたので」
「それは失礼いたしました。では、これからはお嬢様と呼ばせていただくのはどうですか」
「ええ。それでお願いします」
「かしこまりました。では、これからはお嬢様と呼ばせていただきます」
そう言って吉岡さんは柔和な笑みを浮かべます。五歳しか年齢が変わらないというのに、随分大人びています。流石優秀執事さんですわ。
そんな優秀執事の吉岡さんは、私の鞄を「お持ち致します」と言って持ってくださいました。更に私の部屋に着くとささっとドアを開けて下さいます。
まあ、素敵なこういうジェントルマンさんね。
「ありがとう。吉岡さん」
「いいえ。お嬢様はこれから家庭教師の方が訪問して勉強をするのですよね。それまで何かあれば遠慮なく言って下さいね」
「そうねぇ……。あ、じゃあ私の話し相手をして下さる? 最近お兄様も忙しいようで話し相手がいなかったの」
「かしこまりました。では何のお話をしましょうか」
吉岡さんは快く承って下さり、私が部屋にあるソファに座ると、その斜め前に立って私そう問いかけます。
座ってお話したいな……。
「吉岡さん、どうぞ座って。向かい合ってお話したいわ」
私がそう言うと、吉岡さんは「では、失礼して座らせていただきます」と言って向かいのソファに座りました。
それからしばらくお話をしていました。吉岡さんは私の話に微笑みながらしっかりと相槌を打って聞いてくださいました。
やっぱりお喋りは楽しいものです。
すると、家庭教師が訪問して来て、私の部屋の扉をノックしました。
「お嬢様、中川でございます」
「あら、もう来てしまったの」
「では、お嬢様。私はこれで一旦失礼させていただきます」
「えっ」
そんな。もっとお話したかったのにな……。
私が不満げな顔をしていたのか、吉岡さんは優しく微笑んで
「また、後でお話の続きをしましょう」
と言ってくださいました。
私はもうそれだけで嬉しくて、「はい」と頷いで中川さんを私の部屋の中に招き入れました。
吉岡さん。優しくてハンサムで、素敵な方ですわ。