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番外編 鬼の撹乱 前

ちょっと長くなったので、半分にしました。

続きは0時前後に上がり……ます。

「い、た……アンタはぁぁっ! こっの馬鹿!」


 本当は、笑って会う予定だったのに感情が抑えられない。

 これではクッキー○ンスターにはなれないというのに、貴女は笑う。俺を赦す。

 本当に、貴女に会いたかった。

 


 何が始まりだったのだろう。

 その存在を認識してから既に、だったのかもしれない。小さな女の子だと思ってた。

 『彼が欲しい』の言葉で空だった精神に期待が生まれ、手を握られた時に他者に体温がある事を知覚して、飯を出された時に身体が満たされ、傷を治された時に心に何かが(あふ)れこれは――最期に見る夢だと思った。


 こんな人はいない。きっと消える。こんな事は有り得ないと、繰り返した。

 ただ、永久呪を解かれた時に自分の上で胃液撒き散らした時は、夢なのにゾッとしてホッとした。

 魔力切れを起こして苦しげに吐くその人は辛そうで、けれど俺にかかる吐いたものは温かく据えた臭い。同じ生き物だと、自分と同じものを持ってる。今までと変わらない買った者と奴隷の関係で、この人の傍にいられるとホッとした。

 胃液に共通点を見出だし安らぎを得たのは、後にも先にもあれ1回こっきりだ。


 希望通りに街外に出て、先ず夢じゃない事を確認した。魔力切れを起こしているので、何度も魔力を与えたけれど、膨大な量で追い付かない。片っ端からそこら辺のものを食べて魔力に返還して、その人に注いだ。今なら分かる、ただの付け焼き刃だった。1000の器に0.1を何回注いでも、殆ど意味はない。血の気の無い顔をどうにかしたくて、焦っていた。

 ふと目を覚ましたその人が、また魔力切れの症状に襲われたからまた注いだ。意識があるせいか俺を受け入れてくれたのか、何故かすんなり入って1程注いだら今度は自分が空になった。急激な空腹感。

 思わず言った。


「腹減った」


 一瞬驚いた顔をしたその人は、ふわっと笑う。


「……クッキーあげるから、笑ってよ、クッキー○ンスター?」


 多分ここで、俺は、ヤラレタ。

 たった半日で、俺の全ては持っていかれた。

 少ない魔力なのに、空間から甘味を出してまた気を失ってしまった。暫く動けなかった。

 慌てて様子を見るが、起きる気配はもう無くて甘味を出した事で虫の息。瀕死だ。


 今なら身命を賭してクッキー出すな馬鹿と叱るところだ。……今でも怒っても良いような気がする。


 兎に角、嫌だと思った。死なないで、傍にと甘味を食べては魔力を注いで、でも何にもならなかった。絶望してたその時、あいつが来た。


「やあ、何だか楽しいことになってるね?」


 細身でつり目の男。どこかで掴み所の無い不気味な印象を持つ魔術師。警戒したが、自分では敵わない事も悟った。でもこの人だけはと、背に隠す。


「ああ、ふーん。へぇぇ……助けてあげようか? その女の人もう死んじゃうでしょ?」


 投げられた小瓶は色からして至高回復薬、死体すら生き返らせると謳い文句の超高級品。

 

「な、んで……?」

「面白そうだから。しっかり看病してあげてね」


 その人から男に目線を移せば、もう誰もいなかった。慌ててその人に飲ませて顔色が戻るのを確認して脱力した。安心したら、つらつらと思考が戻る。

 この人が言うクッキー○ンスター。

 化物(モンスター)なのに、あんな風に笑いかけてもらえるなんて……以前この人が買った奴隷なのか? 今はいないなら死んだ? 自分はそれに似ている? 似ているなら、俺にも……笑いかけてくれる?


「っわあ!」


 起き上がったその人に、『笑ってよ』の願い通りに笑い声を挟んでみたら、怖いと言われて絶望したけど。考えてみれば、笑うってどうすればいいか分からない。うまく顔を作れなくて、隠し続けた。

 

 甘味のために命まで失いかけたその人をどうしても一人にしたくなくて――ただ、自分が傍にいたくて――無理矢理説き伏せた。当たり前のことに心を痛めるその人が、これ以上傷付かないよう、どうしても守りたくて。

 山口ブラック企業の社員になった。

 何になりたいと聞かれ、貴女の笑いかけるクッキー○ンスター様になりたいと答える。

 名付けてもらって、己の生を歩めと言われたけど、劇的に自分の人生が変わって不安に震えた。泣いていれば、手を繋いで一緒に眠ってくれた。握り潰さないよう気を付けて。守るつもりが、守られていた。


 でも、傍にいて俺でも役に立つことはあった。その人が求めるものを見付けるには、様々な所に行かねばならない。手っ取り早く冒険者になったけど、驚くほど野外の生活能力がない。基本的な注意が全く出来ていなかった。戦闘奴隷で野外生活の為に色々叩き込まれて本当に良かった。

 「コイヌがいる」と、肉食のコボルトに手を出そうとするわ、一口で即死に至る毒の実を食べようとするわ、「温泉だ」と言って溶解液の池に飛び込もうとするわ、殺気を飛ばして寝込みを襲う野盗と戦ってる横で眠っていたままとか……何なんだ! アンタは!


 けれど、少し失敗しては自分の生きる価値が見出だせず直ぐに落ち込む俺に、いつも『必要』だと伝えてくれた。自由が怖くて怯えては、自由は素晴らしいと伝え、不安になると子守り歌を歌い魔物まで眠らせた。2度と聞けなかったが、生きていても良いと魂が洗われるような歌を聞かせてくれた時は、この人の探す帰る場所に俺も連れていって欲しいと本気で思った。


 冒険者達に利用されそうになって、傷を負うと直ぐに治癒をかけようとする。膨大な魔力があるのは知っているけど、あの虫の息の青い顔を思い出して、使って欲しくなかった。食事も少し我慢したけど、何度言っても満腹にするまで出し続けるから、せめて俺の傷ごときで魔力を消費してもらいたくない。

 だから強くなった。自分でも分かるほど強く強く斧を剣を奮う。

 でも肝心な時に役に立たなかった。

 以前の顔見知りに追いかけられたり、貴族の館に無用心に近付いては、傷付いて帰ってきた。奴隷に貴族の館には入れなくて、外で待っていたときは気が気じゃなかった。

 案の定痛ましい格好で戻り。

 

「あはは……恨み節の歌聞かせたら、いい年こいて漏らしてたわ! 私そんなに魅力的かな? ロリコンか? あのオッサンは」


 笑おうとして笑えない歪んだ顔で、必死に身体の震えを押さえ付け明るく振る舞おうとする貴女を見て、目の前が赤く染まった。

 貴女にではなくて貴族に怒りが沸いたのに、怒気に当てられて縮こまる小さな身体をどうしたら慰められるのか分からない、自分にも腹が立った。

 泣いて縋って欲しいと思った。慰め方を知らなくて、少し力を入れたら壊れそうな手に、自分から触れることも出来なくて貴女から俺に触れて欲しいと思った。

 俺の隣に座り俺の服を摘まんで、震える声で言う言葉に歓喜した。


「人間は嫌い。己生以外」


 俺はもう奴隷じゃないけど、貴族の館に入れる権利を持つ上級奴隷の扱いを受ける為に勉強した。

 どこまでも貴女の傍にと。



 とりあえず周囲の扱いが変わり、それでも冒険者にたまに利用されそうになったが追い払ってきた。

 俺の意識が変わったのは突然だった。

 不意を突かれて彼女が拐われ、追いかけた。

 伝説級のドラゴンに挑めと言われて、それに挑もうとした時、ドラゴンの血でしか開かない檻に入れられて、手を伸ばしながら、貴女は泣いていた。


「私はいいから! 逃げてぇっ! クッキー!」


 あぁ、そんな事、言わないで。

 俺のせいで泣いている。

 俺のために泣いている。

 覚えていますか? 初めて会った日の貴女は。


『私は自分の危機に陥ったら君を見捨てる!』


 見捨てられた事なんて一度もなかった。


『あと、え~と、貴方を軽く扱う!』


 軽くなんて扱われた記憶すらない。寧ろ自分より俺を優先して、怒った。


『あぁん? 私は私が大事!』


 その前に胃液吐きながら治癒をかけた癖に、どの口が言うのか。可愛い人。

 ―――――愛しい、愛しい人。


「……そ、んな事、仰らないで、下さい」


 貴女をまんまと拐われた俺の為に傷付かないで。

 倒そうと対峙したドラゴンは意外にあっさり血をくれた。そういえば……俺はオーガだった。

 知性のある魔物と意思疏通図れる事に驚いたけど、ドラゴンは笑いながら去っていく。


「若いってええのぅ。ワシも嫁さんに会いたくなったわ。年若いオーガよ、お前のために涙を流すあの子を大切になぁ……」


 言われなくとも。

 拐った連中は簡単だった。 

 俺達の会話は聞こえていなかったみたいで、檻から出た途端全力で治癒をかけてきたので、怒った。

 でも少し安心した。ドラゴンと意思疏通出来る事、自分はオーガだと再確認した事、知られたくなかった。怯えられたら、生きていけない。

 傍にいられるだけでいい。それで充分。


 確かにあった温かい日々。貴女の傍でいつも幸せだった。

 だが、これら全てあいつの布石だった。

 殺しても殺し足りない。


 旅の途中で入った村に、魔術師に再び会う。

 俺はもうすぐ名付け日(彼女は誕生日と言う)が来るから、いつも貰ってばかりなのでお返しに何かないかと探しにいく為一人でいた。

 そこに声をかけてきた。


「やあ、久しぶり」

「……お久し振り、です」

「彼女は元気?」

「はい。お陰さまで。あの時は本当にありがとうございました」

「いいよいいよ。ところで、さ。君、あの女の人と恋人なの?」

「っ?!」

「だってあの女の人、君の事ばかり見ているじゃん! 恋人同士かぁ、良いな~」

「そ、んな事は」

「そうだよ! 絶対そうだって! 何? 違うの? 君も彼女が好きじゃん。告白しないの?」


 こくはく?!


「折角助けたんだから、幸せになってもらいたいよね。てっきりもうくっついたのかと思ったのに」

「こくはく……でも俺はオーガ、だから」

「はあ?! そんなの気にしてないよ! だって彼女は完全に恋する目だったよ!」

「っ」

「告白するのに必ず想いに答えてもらえるのがあるんだ、それ持って告白すれば?」


 本当に? あの人が俺に……俺に、恋。

 気付いたら、にやけて笑っていた。


 ―――気付くべきだった。

 ―――いつからお前は彼女を見ていたのかと。


 宿屋に戻ると、香ばしい匂いを纏った彼女に怒ったけど、頭の中は浮かれていた。

 その夜、


「己生さんや」

「はい?」

「今、幸せ? 動悸息切れ胸の痛み幸福感等々に襲われる症状は、ある?」

「はい」

「……そっかぁ……おめでとう。それは恋だよ」

「?!」


 貴女の傍にいられるから。

 旅を続けて3年、変わらず一緒にいられた。

 幸せだった。

 ――この会話をおかしいと思うべきだった。

 俺が貴女に恋? とっくの昔に自覚している。何故この質問を俺にするのか、自覚しろと言うことなのか? その意図は? まさかやはり同じ気持ち?

 混乱と幸福をきたしていて、泣きそうに歪む顔には気付けなかった。


 次の日から、魔術師に教えられた幸福の花レケの花を探しに出掛けた。完全に浮かれていた。殴りたい。

 自分で自分を殺したい。


 レケの花の生花は手に入らなかったけど、乾燥させた押し花があったから、本好きな彼女に栞を作って宿屋に戻った。


 開けた扉の向こうには……誰もいなかった。


 また拐われたのかと探して探して、ずっと探し続けた。どこにも痕跡はなく、見掛けた者もいない。

 部屋に戻って何か無いかと探して愕然とした。

 彼女のものが何もない。綺麗に1つもない。

 拐うのならこんなことまでしない筈だ。

 自分から消えた? 何故? 俺に恋を自覚させる様な事を言った癖に! 

 ハッとなった。

 俺の気持ちに気付いて、逃げた?

 彼女はなんて言った?


『おめでとう、それは恋だよ』

 

 断定していた。俺の気持ちを知って、いた。

 あぁ、だから、逃げた。

 いつまでもクッキー○ンスターの様に笑えないただの化物に好かれ、逃げた。


 ――少し恨めしく思った。


 何もする気が起きない日々だった。

 探したかった。会いたかった。

 好きじゃない、恋なんてしてない。だから! 

 ……戻ってきて。お願いです。

 会いたい。怖い。彼女に蔑むような目で見られたら。会いたい。怖い。彼女に怯えられたら。

 もう、生きていたくない。貴女だけだった。世界に必要と、貴女に俺が必要と言ってくれたのは!

 何故? 何故、そんな事を言った?!

 何故? 必要だと言った!

 どうせ逃げるなら……何故?


 傍にいられるだけでいい、貴女が笑いかけてくれればそれで、笑いかけなくとも傍にいられるだけで……お願いです。俺から逃げないで。

 泣いても誰も手を繋いでくれなかった。

 存在していたくなかった。

 

 こんな事ならあの奴隷商館で……。


 考えても仕方ないことをずっと考えていた。

 探したくて、会いたくて、怖くて。

 何も出来なかった。

  

「どうしたの? 大丈夫?」


 魔術師が部屋に入って声をかけてきた。


「彼女、は?」

「……」

「告白、失敗?」


 そんな事すら出来なかった。


「あ~、う~ん。家においでよ。君の魅力に気付かない女なんて忘れちゃっぐぁ!」


 気付けば壁に首を押し当てて、魔術師の口を黙らせていた。


「……なんてと言われて良い存在じゃない」

「で、でも、逃げたんでしょ? 君に怯えて」

「っ、それで良いんだ。それが普通だ」

「う~ん、家に来ない? 研究の助手を探していたし、僕、結構偉いから彼女の情報とか入ってくるかも。彼女も魔術師だし」


 魔術師は、天才と呼ばれる者だった。

 稀代の魔術師、リオート=エイス=アイルバトゥ。


 彼女の情報が入る。それに希望を見出だし、奴についていった。もう会えなくても、彼女を感じたかった。どこかで幸せに生きているのを確認して、それから……それから先は考えていない。





お読み頂きありがとうございます。

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