後
キオと冒険者になって、真面目にこの世界の人間が嫌いになった。
先ず私見た目子供。キオは奴隷(仮)。
でもキオは力が強いので、キオを利用して楽しようという輩が多い。子供(見た目)である私にナイフちらつかせて、行ったら即死確実みたいなダンジョンに行かせようとしたり。その度に。
「やっておしまい! クッキー!」
「畏まりました。グッさん」
「ブッ飛ばしなさい! クッキー!」
「承りました。グッさん」
「私はいいから逃げて! クッキー!」
「そんな事仰らないで下さい。グッさん」
そんなこんなで、二人で冒険者をして3年経った。……あれ? 私が利用しまくってないか?
因みに人前は偽名で呼び合う。
私は、グッさん。学生時代のアダ名である。決して物真似が上手なあの方ではない。
キオは、クッキー。クッキーモンスターになりたいので、あやかってその偽名。全然似合わないなんて……もう思ってない。
当初グッさん『様』の様を取るのに苦労した。半年かかった。人前になるとキオは敬語になる。流石にタメ口で喋る奴隷はおかしいとの事。
キオの見た目は相も変わらず毛羽毛現のよう。ただご飯を食べるのに口回りが凄く邪魔だと気付いたらしく、口に掛からない程度にカットしている。髪は伸ばし放題。あれでよく回りが見えるなぁと感心するほど邪魔そうな毛。夜中に見掛けて叫んだのは私のせいではない。
愛しのクッキー○ンスターから、妖怪に近くなっているけど、楽しそうに髪を弄って「クッ○ーモンスターにどれくらい近付きましたかね?」と聞いてくるキオに、離れていってるとは言えない。
決して言えない。すまない。
更にはキオは私が治療の魔法を使うことを嫌がる。最初、治療の魔法を使った私が、突然自分の上でゲロゲロしちゃったのがトラウマの様だ。申し訳ない。あんまり傷も作らないけど、それでも怪我したとき魔法を使うと、内臓抉られてますか? というほどのしょっぱい顔をする。
だが、治療を拒否されたら私が出来る事は何も無いではないか。だから、その顔を視界に入れないようにして、治療をごり押しする。最近は怪我もしなくなってきた。良いことだけど、ね。
「クッキー、私ずっとクッキーにおんぶに抱っこだね」
「グッさん……しても良いんですか?」
「比喩だよ。比喩」
「失礼致しました」
あと、最近キオの態度が軟化してきている。カッチカチの金剛石並みに、頑なに態度を崩さないキオが冗談を言うようになった。いつもと変わらない日々だったんだけど、何が彼を動かしたんだろう?
「グッさん、そろそろ」
「ん? ああ、行ってらっしゃい」
「良いですか? 何かあったら私の真名を呼んでください。直ぐに駆けつけます。知らない者が来たら容赦なくこの石をぶつける事。触れた途端に痺れますから。部屋からは出ないように。窓から香る肉の香りに釣られてはいけませんよ?」
「わたしゃ子供かっ?! 大丈夫だよ、行ってらっしゃい」
「必ず呼んでくださいね? 一人でどうにかしようとか思わないで下さいね?」
「はいはい、分かりました」
「ハイは1回で」
「はいはいはいはい」
「……グッさん」
「気を付けます」
そして最近、一人で出かけるようになった。
そして最近、私は、また趣味が戻った。
帰り道への調査は、遅々として進まない。それでも趣味が戻る事は無かった。ずっと傍にキオがいたから。彼の意識改革に尽力してみた。
小さな事で一つ一つ大切に感動して口角を少し上げるキオに、もっと楽しい事をもっと嬉しい事をと調子に乗って、恋の話をした。タブーだったと思う。生まれと育ちから無意識に避けていたんだとも思う。
でも、知って欲しかった。生まれだのなんだの気にせず、キオの中身に惚れる人はいるよと。
―――――私の様に。
こんな想いを持つ前に、離れたかった。でも投げ出せない。キオも迷子の様だから、大丈夫と思えるまで意識改革しなくちゃと躍起になった。そしたら、とんでもなくいい男に成長してしまった。そして今度はこう言う。
「ヤマグチ様が危なっかしくて、一人には出来ませんよ」
貴方はどこぞの乙女ゲーですか? 藍の毛の隙間から細められる紅緋の色に見蕩れて、息を忘れた。
さしずめ私はチョロインだ。
それから、今度は自分の事に躍起になった。
私は大丈夫ですよ、一人で生きられますよとアピールのために。
飯が出せるチートだから、食堂でも開けば絶対儲かると開いてみたら、噂を聞き付けてやって来たあの警ら隊の連中に見つかって追いかけ回された。
丼茶碗を売った店主からアシがついたらしい。効果があるか分からないけど、警ら隊に勃たない呪いを店主に禿げる呪いを送っておいた。
めげずに、確か歌を誉められたなと、街角に立つミュージシャンの様に歌ってみた。貴族とやらに招待を受けて、専属になったら一人立ち出来るのでは? と、ついていったら襲われた。最後まではいかなかったけど、蹴飛ばして踏んづけて絶望に近い失恋歌を聞かせて逃げた。それでキオには怒られるし散々だった。
完全な人間不振だ。
この世界の人間嫌い。キオ以外。
帰り道は諦めきれないけれど、それと同じくらいの重さでキオが心にのし掛かる。
一人立ち失敗しまくって、キオに迷惑かけ通し。でも最近本格的に一人立ちしなければならなくなった。それがキオが出かける理由だ。
彼は恋をしている。
以前出掛けたいと初めて言ってきた時に、とても賛成した。それで自分も肉の匂いに釣られて、食べ歩きしていた。見かけたんだ。
藍の毛羽毛現と、とても綺麗な男の人。
え? そっち?
困惑したけど、確かにキオは笑ってた。
クスクスってその人と一緒に。
私が引き出せたのは、口角があがる程度の笑みとも言えない小さな事で、その人とは声を出すほど、遠く離れても笑顔だと分かる笑み。
お肉が美味しくなくなった。
ソッと帰って……趣味が戻った。
帰ってきたキオに、肉の匂いで出掛けた事がバレて怒られたけど、趣味はバレなかった。
私には引き出せなかった笑顔が、頭でぐるぐるして、また趣味に没頭する。
「こんな事してる暇があったら、自立しなきゃ」
でも、なんのやる気も起きない。
「甘えてるねぇ?」
「うん、甘えてる、ね…………っ?!」
聞こえた。窓の方から?!
振り返ると、あの綺麗な男の人だった。キオを笑顔にした人。
「……ぁ、な」
「僕の大事なキオ? だっけか? に会いに来たのに君が心配で離れられないって言われてさ。僕のキオを誑かした女はどんなかと、見にきた」
真名まで知ってる。
駄目だ、これはもう、駄目だ。
あれだ、なんだ、そうだ、あれだ。いい上司だった作戦だ。
「申し訳ありません。直ぐにでも一人で発つ準備をして、キオに話します」
「ん? 期待してるでしょう? キオが止めてくれるって。無茶な事を言えば、必ず君を心配するから」
「っ」
「自身をなげうってでもグッさん? 貴女を守ってきたキオに、依存し守ってもらえるのが当たり前になっているでしょう?」
その、通りだ。返す言葉もない。
「キオを切り捨てるだなんだ言っといて、惚れたら手離せないようにして。安心してるでしょう? いっつも守られて優越に浸って、可哀想なヒロイン演じて、そうやって泣いて気付いてくれるまで、泣き続ける。気付いたキオは、きっと貴女を救い上げる。何せ貴女に依存されてるから。お優しいキオは、見捨てる事が出来ずに仕方なく貴女の手を取るよ。だって、奴隷から救ってくれた人だものね? 恩があればどこまでも自分を犠牲にする奴だから」
気付いて……ぁ、確かに奥底で思った。
涙が出るの、貴方を想うと。
感情が揺れるの、貴方を想うと。
泣く事は良い事だ。次への活力にも繋がる、筈なのに……繋がらないの。
気付いて、気付いて、気付いて。
泣けば泣くほど、辛くなる。つけ回されても襲われても、ずっと泣かなかった分、キオに向ける感情がそれほど強いんだと自分で自分に知らしめている様で。
でも私が出来た事など少し口角上げただけだ。
キオには彼がいる。笑わせてくれる人がいる。
私には引き出せなかった。
「大変申し訳ありませんが、キオにはなんと言えば私への恩義を感じず離れてもらえるのかが分から」
「馬鹿にしてんの?」
「っ!」
「それ、僕より自分が大切にされてるって言ってるんだけど? 何? 自慢?」
「ぁ……ちが」
「違わないよねえ?! 僕は怒って良いとこだよココ! さりげに自慢してきやがって、自分は選ばれて当然か? 奴隷から解放してやったし、食事も名前も与えてやったし? 自分の恋心を叶える程には報いろと?」
「ち、が」
「そう言ってんだよ!」
……こわい。
いや、なんて馬鹿なことを言ったのか。
そりゃ怒るよ。貴方という恋人より恩人の私が大事にされてますとか、どんだけだよ! どんだけ図々しいんだ。
「図々しいね。神経図太いね。最低だね」
「っ、……は、い。申し訳、ありません」
泣くな! 私に泣く価値なんてない!
ずっと縛ってきた癖に! いつから切り捨てられるのを待つのではなく、傍にいることを当たり前にした? その分この人からキオを奪ってきたのに。
私は、本当に、最低だ。
「キオを本当の意味で自由にしろよ」
「はい」
「簡単だよ、もういらないって言えば良いんだ。必要ないって。そういう決め事だったでしょ?」
「それ、は」
それは言えない。自分を簡単に傷付けるキオに、自分の価値が低いと思い込むキオに、奴隷でなくなった自分には価値がないと言うキオに、『必要』だと何度も言い聞かせた。
誰にも祝福されなかったと震えるキオに、私だけは誕生を喜ぶと、おめでとうと何度も祝った。歌も歌った片っ端から祝福の歌を子守唄も、でも、涙活に必要な悲しい曲しか知らなくて、ストック無くて即興で作った。また聞きたいと言われ焦った。
キオに『必要ない』は、言えない。
「まだ縋るの? 中途半端に痕跡残して、追いかけてきてもらう気なの?」
そんな事思ってない!
そんな事思ってる?
違う!
違わない。
期待して……る?
してる。
「最低」
…………うん、本当だ。
「結局は自分に縛っておきたいんじゃない。キオの為とか言って、自分の為でしょ? ねぇ、キオは良い男だよね?」
うん。イイオトコだ。
「お姫様のように大切に大切に扱われて、自分より貴女を優先して、くだらないことにも感動してくれて、常にい~い気分だったでしょ」
うん。
「優越感を満たしてくれる男で、顔は美形だし、自分に傅いてくれる。さぞ焦がれられてると優位に立てて笑ったでしょ」
……顔は、美形なのか。あぁ、そうか。この人の前には顔を晒せるんだね。
「ねぇ、キオをもう解放してやったら?」
「……はい。1つお願いがあります」
自分の図々しさがよく分かった。図々しさついでに、この人の手を借りちゃえ。
キオが私に顔を晒さなかったのは、惚れられたら困るから……なのかな? 言えないキオの精一杯の反抗だったんだ、きっと。
でもごめん、まんまと惚れちった。
チョロインじゃなくて、私、当て馬だったわ。
幸せになってキオ。いつも祈るよ。
最後にチョコレートクッキー、置いてくから。
本当に好んで食べてくれてたのかは、もう分からないけど。
どうか幸せになって。
* * * *
私は、人里離れたものすごーく辺鄙な所に住んでいる。キオの恋人に言われて、会わずに逃げた。
どうしても、『必要ない』は言えなくて。
でも、辞令を置いてきた。定年退職だ。
60歳になったから! あの日が、私達で定めたキオの誕生日だった。『己生』と名付けて3年目。
キオの恋人に辞令とチョコレートクッキーを託し、即行逃げた。
『クッキー○ンスター殿
山口ブラック企業 代表取締役 山口
辞令:本日を以て定年退職とする。以上』
そして、遠くに逃げようとしたらキオの恋人がどこだか分からない所に飛ばしてくれた。
多分、死ねという意味を込められたんだろう。魔物蠢く森だった。焦ったわ~! それほどまで憎いんだなぁと、心がどこか麻痺したままシュールストレミングをぶん投げた。
改めて、いや本当凄いわ!
魔物は、蜘蛛の子散らすようにいなくなった。
うろうろして、森から脱出したのは一月後。私はちょっとボロボロだった。
有り難い事に木こりの老夫婦に拾われ、手厚く看病された。嫌いじゃない人間が二人増えた。
逃げた日から1年、木こりの老夫婦はあっという間に逝ってしまった。まるで私は死神にでもなったかのような錯覚に陥り、周りの人全部不幸にするのかと恐怖した。けれど、お婆さんが亡くなってお爺さんが倒れた日、言ってくれた言葉に救われた。
「ワシらはもう逝くための準備をしていたんだよ。最期に他人と関わらず、婆さんと二人濃密なラブい時間を過ごそうと、ここに来た」
私はお爺さんのアイデンティティーすら侵してしまったのかと戦慄した。
「でもなぁ、幸せだったけどなぁ、何か足りなかった。元々人と関わる商売をしていたのもあって、やっぱり人恋しかったんだよ。そこにアスカが来た。いやぁ、ワシら小躍りするほど喜んだよ。最初見たとき新種の魔物かと思って飼おうと連れ帰り、ホースで洗ったら可愛い女の子だったからね」
ああうん。ビックリした。
容赦なかったよ。じじい。
一瞬、刑務所の洋画とかで、すっぽんぽんで水圧高いホースで虐められてる罪人扱いかと思ったわ。
「アスカに会えて本当に良かった。ワシらの最期に神様が下さった宝物だよ。ワシらに本を読む楽しさを教えてくれた。学がないから数字と契約書だけの人生に、読み聞かせてくれた『笑った蒼鬼』は沁みたの」
そうだね。自虐ネタに走りすぎてお恥ずかしい。
あの時はまだ、振られた当て馬気分満載だったから。
物語は、蒼鬼と黒鬼と村人。黒鬼は蒼鬼を本当に利用しまくって、蒼鬼を嵌めようとしたら策に溺れて追い出される。村人は蒼鬼が本当に好い人だと気付きいつまでも幸せに笑って暮らす。そんな内容。本気で恥ずかしいわ。
「アスカ、アスカはワシらの宝物だよ。自慢の子だ。ありがとう。本当に、ありがとう」
そう言って目を閉じた(小豆の食い過ぎて腹痛起こして倒れた)お爺さんは、翌日元気に木こりの仕事をしていた。……けれど、1週間後本当に逝ってしまった。
「婆さんが若返っている! ヨシ! もう一度ラブい時間を新婚気分で味わってくるわい!」
じじい。いやお爺さんは最期に、そう言って逝かれました。
「アスカも大切な人と幸せになぁ……」
くそじじい。私の大切な人はもう幸せなんだよ。お爺さんとお婆さんだけだったんだよ。私の大切な人は。残されたらどうしたら良いの?
逝かないで、寂しい、逝かないで。
私の大切な人は、もういないの。
この世界には、私を必要とする人はいないの。
涙活を趣味としていたせいか、精神フルボッコが得意で、泣いて泣いてえづいて泣いてをしていたら、何の気力も無くなってしまった。
それでも、お爺さんの最期の最期に言った言葉がずっと引っ掛かって、片道二時間の村に顔を出すようになった。そこで本を作り、村の子供達に読み聞かせをしたりと、ナメクジ並の遅さで、前には進んでいると思……いたい。いつか、私に大切な人が増えるように。
故郷への帰り道は、どうなるんだろう? 自分でも分からないレベルになってきた。懐かしくて会いたくて、胸がまだ締め付けられるけど、もう少し活力が沸いたら探しに行くかもしれない。
そして、今日。
己生の誕生日。1年前に渡す筈だったクッキーモン○ターの飛び出した目玉。紐に丸い白のポンポン2つ。それにただ黒の丸い刺繍をしただけのもの。
残念だ、残念過ぎるよ私。置いてこなくて良かった本当に。何故これを贈ろうと思ったのか!
あぁぁ! 恥ずかしい。
「今頃は笑っているかな、クッキー○ンスターに憧れた毛羽毛現は」
呪い(しゅくふく)をかけようこれに。
届かないけど。私がまた前に進む為に。
少しずつでも、消化して誰かに必要だと言われるような……そんな人間に私はなりたい。
「笑っててよ、己生。笑ってよ、愛しのクッキー○ンスター」
さて、呪いの道具の様に土に埋めるか。
お婆さんとお爺さんが見張ってくれる近くに埋めた。
その足で畑仕事をして、今日もよく働いたと就寝した。
翌日、埋めた筈のクッキー○ンスターの目玉を頭に付けた、髭もない顔丸出しの紅緋の両目輝く鬼の形相をした鬼に取っ捕まったけど。
「それ……付けると頭おかしい人に見える、よ?」
「アンタはぁぁっ! こっの馬鹿!」
「ひぃぃいっ!?」
お読み頂きありがとうございます。