中
さてクッキーかじってぼろぼろ溢しては髭に付けていく、全く可愛げの無い怪しさ満点の生物。
ポツリポツリと聞かされた内容を要約すると、モジャは身体全快呪いも消えて、人生最高の健康状態らしい。魔力が切れて具合悪くなった私に街を出るぞと鬼気迫る感じで言われたから、ひょいと壁を飛び越えて、離れたところまで走って、私の目覚めを待っていたそうな。
ほうほう。私の治療はすんごいって感謝されちった。知らない方が良いこともあるさ。
という訳で、奴隷解約をしようと思うのだが中々うんと言ってくれない。
クッキー食ってんじゃねえぞ。
「解約しよう」
「嫌だ」
「何故だ」
「恩がある」
「忘れちまえ」
「馬鹿な」
「くどいな」
「どっちが」
「恩など無いわ」
「ある」
「……はぁぁ~」
こんな感じだ。
「良いじゃないの。健康体入ったしこれからやりたい事好きな事し放題だよ? 自由だよ? 死んで欲しくはないけど、元気に明るく余生を生きるのも手じゃないか」
「俺は若い」
「じゃあやりたい事やりなよ」
「主についていく」
「ついて来ないで」
「嫌だ」
なんだかなぁ。この人にいられると自分の罪悪感半端なく突かれるから、一緒にいたくないんだよな。
仕方ない。真実を話そう。
「では真実を話そう。え~と、名前なんだっけ?」
「オーガ」
「それは名前じゃないでしょ。いつもなんて呼ばれてたの?」
「オーガ? ごみ? ツノ? 廃棄しょ」
「よーし! とりあえず名無しのゴンベだな! さてさて、名無しのゴンベ君。私はねぇ、君が別に死んでも構わなかった」
「……」
「健康になったのも、ただの偶然。私は私の魔法がどこまで通用するか、実験を……した、んだよ」
「……」
怒って殺されちゃうかもなぁ。
「ついでに言えば! 私より悲惨な目に合ってる人を見て優越に浸りたかった。私の価値があまりに低いから、この世界の奴等より上だと思い込みたくてね! だから、奴隷に手を出した!」
「主の価値は高い」
「あ? りがと? 違う違う! だから」
「ただの本当の事だ」
「っ」
「主のご飯が美味しくて、主のお陰で傷が治ったのも、街から出られたのも、俺が生きているのも、主の飯が美味いのも、俺が過去呪われ死にたかったのもただの事実だ」
「……? う、ん? だから」
「今俺は生きてきて最高の気分で、主の奴隷でいたいと思うのも、ただの事実だ」
ん? 話がズレて? ご飯2回言った?
「俺が死んでも構わないのも、どんどん遠慮なく実験していいのも、主より価値が低いのも事実。何が駄目なんだ?」
「ぉう?」
「何が駄目なんだ?」
「何が……」
駄目なんだ?
「私が貴方の存在・命を軽く扱った事」
「俺は扱われてない。寧ろそういう存在だ。そして全く軽く扱われていない。あまりに丁寧に扱われ過ぎて驚いて何十本か木に頭突きしたが、夢は覚めなかった。事実だった」
よく見たらそこら中大木が折れてる。
……頭突き?!
名無しのゴンベ君の額は……モジャってて見えない。
「頭は大丈夫なの?」
「中身以外」
こやつやるな?!
「えっと……私は自分の危機に陥ったら君を見捨てる!」
「正しい。ただ主の危機にならない為俺が守る」
「あと、え~と、貴方を軽く扱う!」
「問題ない」
「あぁん? 私は私が大事!」
「当然だ」
「くっ、この。貴方がいると罪悪感が出る!」
「好都合だ。罪悪感を縦にして主といよう」
「~~っ! そうだよ……そう! そうやって赦されるのを当たり前だと思う」
「ああ、当たり前だからな」
「ぅ、私は貴方を利用する」
「その為にいる」
「っ、く……私は、いつか……いなく、なる」
いなくなりたい。こんな世界から。
「ではそれまで傍にいる」
「私は、切り捨てる」
「構わない」
「っ、他にやりたい事ないのっ?!」
「主の傍に、のみ」
「う、う~ん?」
「主が例え解約しても、自らの意思で傍に」
「ストーカーよりたち悪いな」
「すと」
「でも、解約はするよ。んで、雇う」
解約すると言うと、全身で落ち込むモジャ。
「……やとう?」
「お給金を出します! ハッキリ言って貧乏ですが、それでも宜しければ雇われて下さい」
「そんなのいら」
「出す。そして名無しのゴンベ君のやりたい事も見つけよう。華々しく私から大手を振って去って行けるように! いつでも私を切り捨てて構わない。お金持ってトンズラしてもいい」
「しな」
「その代わり、私もいつかいなくなる時、心置きなく名無しのゴンベ君を切り捨てる! 分かりましたか?」
「……分かった」
「では、山口ブラック企業へようこそ!」
「宜しく頼む」
先ずは履歴書をもらおうと、色々名無しのゴンベ君に質問を繰り返す。
「名前は? 私は山口ね」
「主が付けてくれ」
「年は?」
「57歳」
「ご? オッサ……」
「若い。57」
「寿命は?」
「大体300年前後。普通のオーガは150年程度」
「凄いな。じゃあ名無しのゴンベ君の……その」
「親に当たる者か? 男は生きてて女は死んだ」
「……そっか」
「ああ」
「いつから、えっと奴隷に?」
「生まれた時だな」
「…………そっか」
「ああ」
重い。重いよ。息苦しい!
「呪いは? 誰が何故?」
「俺を一時買った魔術師が、剥製にしたいと言い出して中々死ななかったから、ゆっくりでも確実に死ぬように呪いをかけた」
「………………そ……か」
「ああ」
「あ~、その馬鹿は? 今何してる?」
「? 早く死ぬように戦闘奴隷として再登録していってから暫く経ったけど、生きてるか死んでるか知らない」
息がしづれぇ。私なんかまだまだですよ。味噌っかすでしたよ。全然幸福です。本当にごめんなさい。申し訳ありません。五体投地で謝罪します。
「終わりか?」
「ああ、うん、とりあえず」
「俺も聞きたい。……主は何者だ? 何故自らの呪いを解かない?」
「……迷子? 呪いとか関係なくこれで成人」
「だがドワーフではない」
「当たり前よ! 私も私が分からない。何でここにいるのか、何故こんな力があるのか」
「そうか」
「うん」
「主は、何がしたい?」
「国なんかに管理されず、ひっそりこっそり生きたい。んで、帰る」
「帰る……どこへ?」
「どこだろ? 探す」
「手伝う」
「ありがとう。宜しくお願いします」
「承った」
色だけが大好きなクッキー○ンスターにちょっと似ているだけの毛モジャ頭のオッサン? 何故間違えたのか。全く似てない。寧ろクッ○ーモンスターに失礼だ。
実際は、妖怪の毛羽毛現に見えてくる可愛い要素0。
何故頑なに傍に、と言うのか全く分からない。
だけど、きっと私はこの人を頼りにする。
いなくなったら、不安になるし傷付くし落ち込んで、ガッカリする。でもこれは知られてはいけない。
私はこの人を利用する。その代わり利用される。出来る事は少ないけど、言ってる事は本当なのか信用もしてないけど、いい上司でしたとか最後は言われるレベルにはなりたい。
せめて、あの不気味な笑いではなく、腹から笑えるようになってもらいたい。
その後も重い過去を聞き、やっぱりオーガが女性を犯し生まれた子だった。本来完全なオーガとして生まれるが、魔術師の女性である場合完全に取り込まれることなく、知性や人間の部分を持つオーガとして生まれる。例えば、生肉より焼いた方が好きとか? 感覚は人間に近いそうな。
彼が平穏に暮らすにはどうしたら良いのか、さっぱり分からない。
「名は?」
「へ?」
「名付けてくれない?」
「え? 私が?」
「ああ」
「……けうけげん?」
「クッキーモンス○ーではないのか」
「何故それを! それは名前にするにはちょっと」
「……そうか」
「考えるから待って」
サラリと毛羽毛現は流されてしまった。
名前……名は体を表すよね。希望を込めて喜ぶ鬼と書いて。
「喜鬼! ……すみません」
うん、箒に跨がる女の子みたいな可愛い名前は、全く似合わないね。じゃあ笑う鬼と書いて。
「笑鬼! ……無いね。鉄の四角い乗物来そう」
なんだ? 駄目だ分からない。身体的特徴は? 鬼、青、青お……駄目だ。恐ろしいとあるPCゲームを思い出す。
漢和辞典が欲しい。
「主? 何でも良い」
「何言ってんのよ! 名前はその人を表す大事なものなの! ちょっと黙ってて!」
「そ、そうか」
人となりを見てみよう。
見た目、藍の毛羽毛現が乗ったガタイのいいオッサン? 生まれた時から人に仕え使われてきた奴隷。だからやりたい事が見つからない。したい事も出てこない。ずっと決められてきたから、他人に。
せめて自分の思う様に、自分の人生の主役として生きて欲しい。先ずはそこから――自分の人生を生きる。う~ん。
「己を生きる。コキ? コセイ、キショウ、キオ……どれがいい?」
「え」
「他には……、キキ、ミオ、ミウ」
「き、キオが」
「キオ! キオキオキオ……うん、いいね! では、貴方の名前は己生と書いてキオ。意味は己を生きる事。キオの人生はキオが主役として……己の意思で生きる事を願って」
「己の生……」
「今まで他人に自分の人生取られっぱなしだったでしょ? これは私のせか、っ、故郷で言うところの漢字なの。こう書くのよ?」
地面に『己生』と書いて、説明する。
キオにも練習してもらい書ける様になった。
「どうかな? 司書なのにもっと洒落たの出なくてごめん。これが駄目なら暫くまた考えさせて」
「これ、で……これが、いい。己生がいい」
「良かった。では、改めて宜しくお願いします。キオ」
手を出すとその手を見つめて、そっと持ってるクッキーを渡してきた。うん違う。
「握手よ」
「あくしゅ」
キオの右手を取り手のひらを合わせる。ギュッと握って目線を合わせると、右目の毛に埋もれた向こう側には暗い穴。左には紅緋と言われる赤に黄味を含む鮮やかな緋色。これはもう宝石とも言える程の。片方無いのは勿体ない、是非治したいと思って向かうキオの右目に左手を伸ばす。
ギュッゴリッ。
「いたぁぁっ?!」
握られた右手を凄い力で握られゴリッとなった。
慌てて手を離すキオが、謝って背をこちらに向け頭を突き出して胡座をかく。手をフリフリして大丈夫と伝えても動かない。
「どうしたの? 大丈夫だよ」
「ぁ、鞭か拷問か首斬りを」
「……しません」
重たい……自分の帰る道を探し当てるまでに、この人の意識改革なんぞ出来るのだろうか……。
「で、では、主、1つ。もう俺に治癒を使わないで。倒れたら大変。それに、これは多分治らない。取られたままだから」
「? どこかにあるの?」
「ああ、剥製にしたいという魔術師が手付けとして持っていった」
「……そんなヤバイ人か。取り戻せない?」
「今、もしアレが生きていたら関わると確実にまた永久呪をかけられる。恐らく主もただでは」
「うんごめんなさいむりです」
「俺もアレには会って欲しくない」
「アイマセン」
では、これからどうしようかという話し合いに、お金を貯めようとなった。それにはギルドとやらに登録して色んな場所に行って帰る道を探すという事に。
奴隷の輪を外そうとしたら、また抵抗しだす。
「管理されていない不人は、警戒対象になる。主がいると分かりやすくしておかないと……」
「う~ん。じゃあ解約して、飾りで付けておくのは? 本当はキオは自由。それに、解約しておかないとキオが私から去るとき支障が」
「ない」
それでは困るのだ。私の罪悪感の為に、いつでも逃げられるようにしておきたい。
「それは困る。キオはキオのやりたい事を見つけて、自分の思う様に生きて欲しい。そうでなければ、私が思う様に動けない。私は私が大事だから……つまり、キオはキオを大事にして。自由になった元で、自分で色んなものを選択する事を当たり前になって欲しい」
「……俺は……」
「うん」
キオが顔を上げる。モサッと藍色の毛が揺れる。伝わって欲しい、この思い。私が心置きなくキオを切り捨てられるように、キオも大切なものを見付けて私を切り捨てて欲しい。
この世界にどっぷり浸からない為の最後の砦みたいなもの。この状況で身を投げ出して私の為に尽くす存在なんて現れたら、私はきっと依存して離れなくなる。この世界に未練は残したくない。
そう、思う時点で手遅れ……なんて、ない!
決してない!
一人悶々と考えていると、キオが口の部分の髭を揺るわす。
「俺は、クッキーモ○スターになりたい」
「………………うん?」
一瞬、モコモコの目玉2つキョトキョトさせて、チョコレートクッキー食べながらAHAHA~☆と笑うハイテンションクッキー○ンスターが脳をさらった。
…………何故、それを選んだ?
「……頑張ろう」
「ああ」
とりあえず、そっとチョコレートクッキーをキオに渡しておいた。
先は、長そうだなぁ。
私は、チョコレートクッキーが毛に埋もれていく様をただ見つめていた。
「美味い」
「それは良かった。美味いものを食べるには、金が必要ですからね。何出来るか分からないけど、色々教えてね」
最後の欠片のチョコレートクッキーが毛に吸い込まれて行くのを見届けてから、奴隷解約に必要な為に用意したナイフを指に当てようとした。
「主! 何を?!」
「え? 解約には私の血が必要だから」
確か奴隷商館で、首輪に付いてる石に付けて解除と言えば良いって言われた。
「ほ、本当に?」
「え? うん」
ビクビク怯えるキオを押さえ付け、ナイフで意を決して指先をちょんと切る。石に付け解除と言うと、パキと音がして石が壊れた!
首輪はそのまま。
「ん? 石だけだけど、首輪壊れないね。良いのか? イミテーションとしては。布でも巻いて石が無いのをバレないようにするか」
「あ、主」
「ん?」
「俺……どうしたら」
「気分は悪くない?」
藍色の毛がワサワサ縦に揺れる。よく見ると震えている。
「言ったでしょ? 山口ブラック企業で雇うって。キオは私の社員だよ」
「俺……おれ……は」
「私に付いてきなさい。その中で、楽しい事も嬉しい事もやりたい事も見付けて、巣立って行くんだ。これは、己の人生を生きる為の第一歩だよ!」
ワンピースの袖をキュと掴んでフルフルしているキオは、とても不安そう。あんまり力入れるなよと言って、手を繋ぐ。
今まであったものが、例え嫌なものでも無くなったら、不安かな? それが当たり前だったからね。
キオにしてみたら、突然放り投げられたようなものか。私みたいに。
私は明らかに難しいであろうクッ○ーモンスターを目指す元奴隷に同情した。
手を繋いだまま、その夜は眠った。
時折聞こえる鼻を啜る音に、髭だらけだから鼻水付き放題で悲惨だなとか、自分の本当の事は隠そうとか思える事にホッとする。
あまり、情を寄せてはいけない。
この世界に未練は、ない。
繋がる手がアタタカイとかオオキイナとか考えないようにして力を込めつつ、そう思った。
お読み頂きありがとうございます。