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引越作業中に見付けた昔々の作品です。


ヤマなし。

よくある話に色んなもの詰め込みすぎて、とっ散らかってます。





 私は泣くのが好きだ。

 綺麗な月を見て感動して泣いて、映画を思い出して泣いて、物語の不幸な主人公に置き換えて泣いて。

 泣く事は良い事だ。

 ストレスも減ってリラックス出来るし、安眠効果だってある。泣く事でさあ頑張ろうというやる気も出る。うつ病の予防にだってなるってどこかに書いてあった。だから、泣くのは好きだ。


 ただ、人前では絶対泣きたくない。

 気を遣われるのも、泣けば済むとか思われるのも、同情されるのも嫌い。


 人前ではせず、休日こっそりはらはら泣く。

 これはもう趣味と言っても良いんじゃないか。


 でも今は人前だろうがなんだろうが泣こう。泣いて良いと思う。……泣くよ。異世界なんかに来ちゃったら。


「うわあぁぁぁぁぁぁ~ん!」

「ヨシヨシ、もう大丈夫だぞ。怖かったな坊主」

「ぅぅう~うわあぁぁぁぁぁぁ~ん!」

「おぉヨシヨシ。男の子だろう? あんまり泣くと女の子に笑われるぞ?」

「っ、うわあぁぁぁぁぁぁ~~ん!!」


 休日に涙活しようと、DVDを見に行って泣くのに良さげなものがないから、今日は小説にするかと古本屋に行く、いつもの休日だった。晴天で道を歩いていたら、フッと周囲が暗くなった。まるで金環日食の時のように。

 TVでそんな情報流れてなかったな? と思いつつ空を見上げて雲1つない事を確認して、視線を戻すとそこはジャングルだった。

 当然驚いてあたふたして絶望してへたり込んで、凶悪面の犬の群れみたいのに襲われた。

 そして、どっかの剣を持ったおっさん達に助けられた。


「参ったな。坊主、なんであんなとこにいた? 親はどこ行った?」

「っ、ぅう~、ひっ、ひぐっ」

「捨て子か?」

「そうかもな。でも、あんな森の深くまでどうやって行ったのか」

「誘拐じゃないか? 見慣れぬ服に育ちが良さそうなボンボンじゃねぇか」

「あぁ、それは届けが出てないか調べてる。もしかすると、国外かもな。こんな黒髪の坊主ここらじゃ珍しいし、聞いたこともないからな」


 唐突だけど、自己紹介をしよう。

 私は、山口明日香、24歳。趣味は泣く事、他それに関わる読書・映画・音楽・カラオケ。仕事は街の図書館司書だ。そして、れっきとした女だ。

 私の周りを囲むオッサン達は、特に美形と言う訳でもないが、外人だ。全員流暢に日本語を話していて違和感が半端ない。しかも皆2m程度のでかくて暑苦しいオッサン達に囲まれ、息苦しい。155cmしかない私を子供と見るのは仕方ないとしてやろう。だけど坊主ってなんだ! 坊主って!


 そして、一月。

 私は救出された街のお巡りさん的な警ら隊の建物で住み込みの雑用係をしている。

 記憶喪失の男の子として。黒のジーパン履いてて良かった。訂正も面倒なのでそのまま男の子として保護されている。

 文字は読めた。チートだなと思いつつ、うっすら計算も出来るから、書類の処理や計算の手伝いと掃除や洗濯などをしてる。

 料理は壊滅的に出来ない。元から。そこにチートが欲しかったよ。代わりにとても有り難い能力はあったけど内緒にした。

 どこからか拐われたってのは所持品からだ。持っていたのは、財布とスマホと煙草とジッポ。全てに驚愕したオッサン達は矢継ぎ早に尋問してきたので、面倒臭いから、丸っと覚えてないと言った。孤児院に~と言う話が出たけど、なんせどっかのお坊っちゃまで未知の所持品で記憶喪失。また狙われる可能性大と結論付けたオッサンらは、警ら隊で監視・保護することにした。困ったのは、風呂。大袈裟にに怯えるフリをしたら、同情的な目をして皆とズレた時間に入れる様にしてくれた。個室もくれた。6畳程の狭い元掃除具入れで、大変臭かった。辛かった。


 なんだかんだで一月生きて、ぼんやり世界も見えてきた。ここはカエルムと言う世界。文化の発達は電気か生み出される前くらい。まぁ代わりに魔法があるけど、全員ではない。人口の2割程度なので、大変重宝される存在。魔法使える人は国に登録し管理されてる。魔物がいて剣と魔法の世界。

 一番驚いたのは月がデカイ! バレーボールくらい。てっきり落ちてくるかと思って大騒ぎしたら皆に苦笑いされたのは黒歴史だ。

 ちなみに、異世界人とかは確認されたことない。そう、されたことはない。ちょっと絶望した。


 事態が変わったのは、三月程経った頃。

 隊員に襲われかけて女だとバレた。魔物減らしで戦って興奮冷めやらぬ隊員に、男の子(嘘)の私がそういう対象に見えたのだろう。ちょっとヤらせてと部屋に連れ込まれ、盛大に暴れた。んで、バレた。

 何故黙ってたとか言われたけど、怖かったと答えたら納得してた。

 そっからソワソワ皆がしだして、その後3回程その都度違う隊員に部屋に連れ込まれる。

 連れ込んだ輩は、減給の罰でおしまい。

 その時思った。ヤバイって。強姦未遂で減給だけとは、絶対その内ヤられる上に私の存在価値が低すぎる。こいつら信用ならないと。脱走しようと決意した。

 脱走準備している内にもう一つ、分かった事がある。私は魔法が使えた。魔物に襲われ大出血してる人が運び込まれた時、咄嗟に止血やら傷口の洗浄やら骨折の処置など手と口を出して、それでも生きてきてそんな血の量見たこと無いから、血が止まれとか骨戻れとか思いながら触ったら、その人は治ってしまった。

 治療の魔法が使えたみたい。国への登録が必要だ、魔法の勉強するところに入れなくてはとか、大騒ぎ。三日後国から使者来るってんで、ウキウキした様子でその日を待ち、迎えの前日送別会を提案して、皆べろんべろんに酔っ払って、私に結構な人数が愛の告白をしてきたがどうでもいい。強姦未遂を減給で済ます奴等だ、至極どうでもいい。


 そしてその夜。私は脱走した。


 暫く森に隠れてた。何故そんな事出来たかは、もう1つの能力、望むと目の前に地球のご飯が出る能力。大変有り難い能力が備わっていた。

 初日大泣きした日、夜にコーラ飲みたいと思ったら、コーラ出てきた。その後も、チョイチョイ丼ものとか味噌汁とか、何か普通に出てきた。謎だ。

 でも、対価は払ってた。警ら隊の使途不明金として。計算の手伝いをしていたら、どうも合わない雑費の合計。まさかと思いつつ地球でのうろ覚えのご飯の金額とだいたい合った。それでも、2~3万リル(円)だ。よくあることだと、隊長は気にしていない。いやはや駄目警ら隊だ。

 そして私は小遣いも稼げた。一緒に出てきた丼茶碗とか。3万リルで売れた! 売りに出された時は貴族に10万で売ったと聞いて、このやろうと店主を恨んだけど。何とも有り難いチート能力。

 

 森では隊長に万が一にと渡された魔物避けの石を持って、念のためシュールストレミングの缶詰めを潜伏の洞窟に囲う様に置いたら、寄っては来るけど、一目散に逃げてった。凄いね! 風向きで私も死にはぐったけど。凶悪狼に襲われかけた時、その缶詰めぶち当てたら気絶してた。いや本当凄いね! 汁被った私も気絶しそうになったけど!


 そんなこんなで森を移動して10日経って、3つ先の街に到着。髪の毛を用意してた布で覆って、前髪とある程度の長さの三つ編み2本を理髪店から赤髪を買っておいたので、それを付ける。目は暗けりゃ黒だけど、明るければ焦げ茶だからそのまま。本当に黒髪はいない。服は手に入れておいた異国風のワンピース。

 街は最初の所より大きくて、魔物避けの為に入り口門番がいて。行列の中にサーカスの団体を確認して、夕方過ぎ人が少なくなってから門番のいる方へ。

 24歳わたくし山口明日香。恥を捨てます!

 いざ参る!

  

「これ、お嬢ちゃん。一人でどうしたんだい? お母さんは?」

「……あの、あの、皆先に行っちゃったの……」

「えっ!」

「今日からこの街で公演予定で、馬車から降りちゃいけないって言われたんだけど……どうしてもレケの花が欲しくて、止まった時にちょっとだけ探し、てたら……みんなが……馬車が、いなく、なってて……っ」


 ちなみにレケの花は『幸運の花』と言われる稀少の高いもの。そこら辺には勿論生えていない。


「公演? あぁ! ツィルク団か。そういや通したな。大分前だぞ?」

「だ、誰も探しに来てくれなく、ぅあーん!」

「あぁ待て待て。今連絡するから」

「ひっく……だめ! 知られたら捨てられちゃう! まだ修行中だから! 通行料持ってるから内緒にして! お願い!」

「通行料持ってるのか?」

「うん! お小遣いだけど。だからお願い!」

「あ~まぁ良いけど……何の修行してるんだ?」

「お唄よ! いつかステージに立つの! 私、捨て子だから、迷惑かけたら拾ってもらったのに……また捨てられちゃう……」

「……そうなのかぁ」

「お願い! こっそり戻りたいの!」

「う~ん」

「お願いします!」

「じゃあ、証明に一曲お願いしようかな? ツィルク団だと言うなら、何か唄ってごらん?」


 え゛。

 仕方ないので披露した。失恋歌を。

 泣くための歌が主だったから、しっとりしたものとか悲恋ものばっかりしか知らないのよ。

 歌い終わったら、門番のオッサン達やまばらな通行人が、めっさ泣いててドン引きしたね。


「ぅ、うっ。なんて悲しい歌なんだ。辛い! 胸が痛い!」

「ジョニーに会いたい」

「迫るものがあった。こんなに小さな子供なのになんて表現力!」

「素晴らしい……くぅっ」


 なんだろ? 歌もチート? よく分からん。

 そして誰なのさ、ジョニー。


「お、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんは、まだ御披露目されてないのか? こんなに素晴らしいのに」

「ま、まだなの~」

「おいちゃん、絶対聞きに行くからな!」

「あ、ありがとう~」

「さあ、ツィルク団は大通りの真ん中にある広場でテントを立ててたから、行きなさい」

「ありがとう! これ通行料!」

「あぁいらないよ。聞かせてくれたお礼に、おいちゃんが払っておくから」

「ラッ……ありがとう! 私がステージに立てたら必ず聞きに来てね! まだ先だけど!」


 永遠に来ないけど。


「ああ! 必ず行くよ!」

「私も!」

「俺もだ!」


 よく分からんが、ラッキー!

 第一関門突破!

 目立ってしまったので、早めに出ないとな。

 大通りは勿論避けて、裏通りにある宿屋へ行く。少し割高なお金さえ払えば誰でも泊めてくれると噂の宿屋。追及されず結構割高な宿泊費を払って、部屋を確保。そのまま目的地へ宿屋を後にした。

 目的地は奴隷商館。


 一月前ツィルク(サーカス)団が、この日ここに入るのを最初の街で思い出してから計画してた。うまくいって私が一番びっくりしている。記憶喪失という私に、警ら隊の皆は何でも話した。この世界に奴隷がいることも、この街に奴隷商館があるのも、更に日常的に呪いというものがあることも。解呪屋というのが医者の他にあるくらいで、ちょっとした悪戯にも呪いが使われるそんな恐ろしい世界だ。

 魔法使いそんなにいないのに、呪いは溢れてるってなんなんだよ? 訳が分からない。

 まぁ、くしゃみが止まらなかったり、鼻水1時間出っぱなしとかそういうのばっかりだけど、実際に若返りの呪いもある。効果は3~5日とか。宿屋もそうだと思ったのか、何も聞いて来なかった。

 この街の地図も手に入れて、奴隷商館へ向かう。さんざん迷って遅くなったけど、24時間営業だからいいや。寧ろ夜行性の奴隷とかもいるから、夜賑わう事もあるそうな。


「いらっしゃいませ……? お嬢さん、ここは」

「立派な大人よ。呪いでこうなったの」

「あ、いや、これは失礼致しました。本日は奴隷をお望みで?」

「ええ。戦闘に長けたものを」

「かしこまりました。戦闘奴隷ですね」

「時間がないの。早く見せてもらえるかしら?」

「では、直接商品部屋をご覧に? 少々障りがございますが……」

「構わないわ」

「かしこまりました」


 商品部屋? よく分からないまま店員についていくと、大きな部屋に大小様々な檻のある所へ案内された。これは……臭い! なるほど。障りがあるか……。糞尿そのままで、溜まったら回収とかなのかな? 


「先ずはこちら下級奴隷でございます。失礼ですが、ご予算は?」

「そうね……大体どのくらいなのかしら?」

「そうですね、10~500万リルでしょうか。上級ですと、1000万から億を越えるものまであります」


 ヤバい超高い。30万しか持ってないよ。

 隊員の奴等、3万あれば買えるとか言ってたけど、嘘つき!


「そう。そんなに手持ちが無いのよ。20万リルで購入可能な戦闘奴隷は?」

「こちらのスペースです」


 分かりやすいな。一気にテンション下がった。そんな接客は日本じゃ教育対象だからね!

 指された方へ目線を向ける。


「っひ」


 檻の中の奴隷達が俺を私をと騒ぎが大きくなり、店員にムチで黙らされているそんな中に、角が生えた骸骨がいた。

 ボサボサの髪と髭で左半分は皮膚があるみたいだけど、右半分は骨剥き出しで眼窩は黒い穴。全体的に焦げ茶の皮膚で、力なく座っている。

 

「お客さま? あれは廃棄処分待ちです。値札がございませんでしょう?」

「廃棄?」

「ええ。永久呪持ちで戦闘能力だけは高かったのですが、先の魔物減らしの際顔の肉を持っていかれましてね。見た目もああなってしまっては、買手もつかず治癒をかける金が勿体ないので、餌を止めているところです」


 エグいな。


「永久呪とは?」

「治癒がかかりにくいのです。その上強靭な肉体を持つオーガと人間の合の子なので、そうそう死なないんですよ」


 まさかそれって……。

 

「彼を買うわ。幾ら?」

「っ、まさか!? あれを?! 何も与えていないのであと一月程で死にますよ?!」


 何も与えてないのに一月生きるの? ファンタジー過ぎるだろうが。どんだけ生命力強いんだ。


「一月あるならまだ歩けるかしら」

「え、ええ、恐らくは。お客さま、肉壁をご所望で? それでしたら格安でもっと動ける者がおりますよ?」

「ぬりかべ?」

「肉壁です」

「壁はいらない。あの人が欲しいわ」

「正気ですか?」


 おい、失礼だな。


「早くして。幾ら?」

「え、ですが……えぇと、では10万リルで」

「処分対象だったのよね? ちゃんと見られる格好にしてもらえるかしら? なら10万でいいわ」

「は、はい。かしこまりました」


 お金を払い、血をよく分からない輪っかのくっついてる石の部分に染み込ませ契約書にサイン。偽名でアスと書こうとしたけど、尻と言う意味だと思い出して、仕方なく本名のヤマグチにした。警ら隊では、クロと呼ばれたけど。


「本当に宜しいのですね?」

「ええ」

「返品不可ですよ」

「ええ」

「本当に宜しいのですね?」

「ええ!」


 しつこいな!

 臭い部屋を出て小一時間ほどすると、麻の色の服を着た顔やら身体やらを包帯ぐるぐる巻きの人が出てきた。

 髪が濡れてるから急いでシャワーを浴びたのだろう。しっかし、宿屋に入れるかな? 大分お粗末様になってるんだけど?! 髭もそのままだし、身長はこの世界の標準的なものだけれど、やっぱり筋肉が凄い。店員が奴隷の首輪とやらのさっき血をつけた輪っかをその人の首に取り付けた。注意事項を聞いて、いざ出発。と思ったら商館の前で動かない。

 

「? 歩けるよね? 行こう」

「……」

「具合悪い? 歩けないかな? ちょっとそこで休んでから行く?」


 断食してたもんな。

 舗装された道に所々にベンチがある。優しい街だ。それを指差して手を取るけど、やっぱり動かない。困ったな、流石に抱えて行けないぞ?


「な……」

「ん?」

「何故買った」

「欲しかったから」

「っ、死ねると思った」

「それは残念。もしかしたら一月待たずに死ねるかもよ?」

「本当か?」


 死にたいと思えるなんて……知能は人並みにあるんだなと感心した後、自分、人非人だなと自嘲。

 声は、とても嗄れた声。


「だから、早く」


 今度は手を引っ張るとのそりと歩く。

 宿屋につくと、何も言われなかったのでそのまま部屋へ行く。6畳程のベッドと1脚だけのテーブルセットが置かれていた。


「さて、椅子に座って」

「?」

「早く」


 こっちは時間がないのだ。さっさと動いて欲しい。倒れる様に椅子に座ったのを確認して、テーブルの上にご飯を出していく。


「?! ……? ……?!」

「お腹空いてるでしょう? 食べて。どのくらい必要? 聞きたいことは後で」


 デカ盛りのカツ丼と2Lペットボトルの水を出した。スプーンは警ら隊のちょろまかしたやつを渡して早く食えと急かす。中々食べないので、目の前でカツ一枚食べて水飲んで毒は入ってないから早くと、また急かした。

 恐る恐るといった雰囲気で一口食べ、驚愕の顔をして固まったのち、かっ込んだ。

 2皿目のデカ盛りカツ丼を出して、ふと胃に優しい粥の方が良かったかな? と思ったけど、飲むように食べてるからとりあえずそのままにした。

 2皿目も完食。


「まだ食べれる?」


 今度はデカ盛り天丼出したら、2皿で充分ですがそれも食べますと、今度は味わって食べていた。

 胃も丈夫だな?!

 しかも嬉しい事にこのデカ盛り、お金減らない。寧ろものによって3000~5000リル増えた。暫し悩んだのち、大食い挑戦か! と、一人凄く納得する。日本の大食いデカ盛りって、大抵挑戦失敗して罰金か、完食してタダか賞金ありだった。こんな細かい設定なんなんだよと、納得した後で混乱したけど。


「ありがと、う、ございました」

「気分は? お腹は大丈夫なの?」

「大丈夫」

「じゃあ、下着だけになってベッドに横になって」

「ええっ?!」

「煩い」

「あ、いやその、え、え?」

「早く」

「ぁわ、ぉ俺を受け入れるには、主は幼すぎる」

「あ? 何の話?」

「え、その、と、伽?」

「とぎ? いいから早くして」


 とぎ? なんだっけ?

 とぎとぎとぎ……あ、伽! ……馬鹿かっ?


「馬鹿っ! 違うわよ! 良いからベッドに!」

「あ、は、はい」


 もそもそと服を脱ぎ、褌と血の滲んだ包帯だけになりベッドの前で今度は立ち尽くす。

 身体は無数の傷跡と、肉が抉れている部分もあった。全体的に赤くなっていて、商館で擦られたのが分かる。顔以外の包帯を外してベッドへ促す。


「あ、あの主よ、ベッドに奴隷は」

「早くしろ。ベッドに寝ると何かあるの?」


 いちいち煩い。


「い、いえ」

「チッ。早くして」


 ベッドに横になったその人の身体は、青白い肌にどこまでも傷だらけだった。胸が痛んだけど、気にしない。私は人でなしだから。

 奴隷が欲しかったのは、あの強姦未遂で減給のみの処罰を聞いてから。

 自分より価値が低いものを作って安心したかった。兎に角裏切らない存在が欲しかった。

 強制でも裏切れない奴隷が欲しくなった。

 だけど、この人を見て少し事情が変わった。

 脱走する少し前に発覚した治療の魔法がどこまで出来るのか試したかっただけ。周りには怪我人がおらず、あの2日間で指切ったとか小さなものは治したけど、大きいものは治してない。呪いとかも。

 どこまで通用するか、試したかった。どんなものか分からないから、人体実験をする。

 人様を物扱いだ。

 

「気分が悪くなったり、体調の異常を感じたら直ぐ教えて」

「? 何を?」

「やれるとこまでやるわ」


 先ず、胸の傷。治った。腕、背、脚を触って治す。尻まで傷が続いていたから、褌を持ってTバックにするとビクッと尻が跳ねた。尻も傷だらけだ。それも治った。抉れた箇所も何だかリアルにモコモコしながら肉が盛り上がってきた。指が何本か無かったけど、それも生えた。凄いな。治癒が効きにくい永久呪どこいった? 確か永久呪は解呪不可だった気がするんだけど。

 最後、一応手を洗って包帯を外す。ごめん、ちょっとえづいた。グロい。顔右半分は皮膚どころか筋肉も剥がれ、骨丸見え。擦られたのか皮膚の縁が赤く血が滲んでいる。眼窩は暗い穴。額に2本の3㎝程の角。これは骨で出来ているのか……。頭を抱える様にして、後頭部を撫でる。固くてボサボサの髪が艶が戻る。頬を両手で挟み、改めて治れと思う。

 治れ治れと思い続ける。

 戻れ戻れ元気な時に。呪いなんて消えちまえ!

 

「ぅ……ぅえ、ぐぅっ?」


 途端に猛烈な吐き気と目眩に襲われ、寒気がしてくる。何? ヤバい?


「主?!」

「ぉげぇ、ぐっぅう」

「魔力切れっ?! 薬は?! 回復薬は?!」


 そんなもの持ってないので、手を振る。首振ると胃液出そうで。


「なっ! こんな……横に!」


 抱えられ頭が動くと、余計ぐらぐらする。

 やめろ! 本気で辛い。

 ふと、目に入る。全体的にモジャッた顔の右目部分。穴空いたまま。


「いいか、ら……体調、は?」

「大丈夫」

「なら、っ……このま、ま、街を、げぇっ」

「主!」

「ぅげ……街、を出……る」

「?!」

「で、る」


 色んな物が出るよー。本気で意識が遠退きそう……だ。残念ながら意識が無くなった。



  * * *


 

 ヒンヤリ。おでこが冷たくて気持ちいい。

 あぁぁ、ぐるぐるする。身体が重い。

 ……沈む沈む。落ちる落ちる。


「――じ、主? 主!」


 誰それ。

 目を開けると日の光にキラキラしている藍色のモジャッたものが浮いてる。

 ……? 何これ? 目がないクッキーモ○スター? 懐かしい。大好きで沢山グッズ集めてた。


「主! 起きた?!」

「ぁ、ぉえっ」


 戦慄の様に身体が震え、目眩と吐き気を自覚。


「魔力、足りない」

「?」


 モジャッたものがもそもそ動いて、顔に近寄ってくる。モジャが顔に戯れてきた。やめて、具合悪いの。後で遊んであげるから。


「ふむぅ?! ぅ、っぉげ ……?」


 目が無くて色の濃いクッ○ーモンスターから赤い触手が出てきて、口の中に入り込んできた。

 やめてー! 気持ち悪いー! 臭いー!

 ぐるりと腔内を動き、触手が舌に触れると何だかお腹から温かい。口は気持ち悪いのに身体が楽になっていく。ボケ~としていたら、するりと触手が抜けていって一言。


「腹減った」


 なんて事だ、クッキーモン○ター。

 陽気な君がそんな悲痛な声を出すなんて。

 笑っておくれよクッキー○ンスター。

 クッキーあげるから。

 ドサドサッと、バケツ1杯程のクッキーの山が現れた。


「……クッキーあげるから……笑ってよ、クッキ○モンスター」

「っ」


 世知辛いこの世の中をAHAHA~☆とクッキーぼろぼろ溢して笑う君が見たいよ。

 そしてまた真っ暗になった。


「――……っわあ!」


 何か変な夢見た。視界に入るは暗い森。

 横から変な声が聞こえる。


「あ、るじ、アハハ! 起きたか、フハハ!」


 ……酷く不気味な生き物がいる。

 ギョロ目付けたら頭だけクッキー○ンスターに似ている癖に、ひきつった声で笑う不気味生物。1つも可愛くない。


「怖い」

「酷い!」

「え? ……あれ? 誰? ん?」

「はぁ。私は主に買われた奴隷。ここはサンクの街から徒歩半日程の森……アハハ!」

「?! ……ん?」


 思い出した! 私は異世界に来て警ら隊を逃げ出して、奴隷を買って実験したんだ。

 こんな変な人だったかな? 


「何故笑ってるの?」

「っ、主が笑えと!」

「そんな事言ってない。それより……はて、どうしようこれから」

「っ?! は? え?」


 私の中ではあの実験の後、この人は死んじゃうか逃げるか私が捕まるかの予定だった。

 こんな展開は予想外。


「どうしよう?」


 藍色の毛の塊を首に乗せたガタイのいい背中に向かって聞いてみたけど、何やら拗ねているご様子。

 なんなんだ一体。

 とりあえず、飯にした。デカ盛り一皿で腹いっぱいだと遠慮するから、栄養価高い(気がする)ゆで卵を10個押し付けた。


「さて、何にも考えてないんだけど……これからどうしたらいいと思う?」

「……」


 どうやら不機嫌なクッキーモンスタ○はゆで卵を握り潰す。

 一先ず、御機嫌取りから始めるか。


「甘いお菓子はいかがかな?」

「……貰う」


 どこの世界も青い生物は甘味が好きなようだ。

 ゆで卵は、殻取って食べて欲しいものだよ。



お読み頂きありがとうございます。

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