第八話:女将さんの秘密
「数か月前・・私は、誰かの気配を感じて目を覚ましました。ちょうど夜中の二時ごろのことだったと思います。その時は、まだ気配を感じるだけだったんです。でも・・」
女将さんの話によると、女将さんの部屋で起こるその心霊現象は、日に日にエスカレートしていったと言う。
「ある時から、それまでの薄気味悪い気配に加えて、まるで悪魔が囁いているかのような低い唸り声が聞こえ始めたんです。そして、最近ではその声は悲鳴のような甲高い声に変わってきて・・ここ数日、ろくに眠れていません。これ以上、何者かも分からない幽霊に苦しめられるのには耐えられません・・!」
―何それ怖い。
話を聞いてよく見てみると、確かに女将さんの目元にはうっすらとクマが出来始めていた。可愛そうに・・同じ心霊現象に悩むものとして、女将さんの苦悩は非常によく分かった。自分の部屋に自分ではない何かがいるというのは、それだけでストレスを感じるものである。私の場合は今のところそれだけだが、女将さんはそれに悲鳴や唸り声というありがたくないオプションまでついてきている。しかも、私と違い女将という立場上、どこか他の場所へ避難するという方法も難しいだろう。ここは、少しながらでも依頼解決に貢献できるよう全力を尽くして・・
「残念ですが、女将さん。貴女の依頼は受けることができません。」
女将さんを助ける意志を固めた私を、晴明のその言葉がばっさりと切り捨てた。
「ちょ、晴明!貴方どういうつもりなんですか!?さっきまでの女将さんの話聞いていたんでしょ!?なんで女将さんの依頼を受けてあげないんですか!」
私は慌てて晴明を問い詰めるが、晴明は一瞬こちらを見て唇に人差し指を当てて「黙れ」のポーズをとると、突然依頼を拒否されショックで顔が白くなっている女将さんの目を正面から見据えた。
「私は、基本的に依頼は断らないようにしています。・・しかし、依頼主である貴女に嘘をつかれては、こちらとしては何もできません。」
「わ、私は嘘なんてついていません!」
晴明の、私が予想だにしなかったその言葉に、女将さんは慌てて反論する。しかし、晴明の追及は終わらなかった。
「先ほど、貴女は『何者かもわからない幽霊』と仰りましたが・・貴女は、その幽霊に面識がありますよね?」
「な、なにを根拠にそんなことを言うのですか?」
「貴女は、嘘をつくとき目が泳ぐんですよ。ほら、今も泳いでいますよ?」
晴明のその言葉に、慌てて目元を隠す女将。
―この時点で、女将が嘘をついていたことは確定した。女将さんは、諦めたように小さくため息を吐くと、先ほどよりも少し低い声で晴明に尋ねる。
「・・いつから、私が嘘をついていると気付いていたんですか?」
「そうですね・・確信を持ったのは先ほどですが、貴女が嘘をついているんじゃないかと思ったのは、貴女がこの旅館に住む霊を女性だと断言した時でしょうか。声を聞いただけでは、普通の人は恐怖が勝ってその霊が男性か女性かなんて判断できることはあまりありません。それなのに女性と断言できたのは、その声が聞き覚えのあるものだったから・・そうではありませんか?」
「・・流石、噂通りのお方ですね。分かりました。先ほどは嘘をついてしまい申し訳ありません。今度はちゃんと話そうと思います。彼女のことを・・・」
そうして、再び女将さんは話し始めた。そして、その話はいろんな意味で大変ショッキングな内容だった。まず、
「私と彼女は、大学時代ヘビメタバンドを組んでいたんですが・・・」
「見かけによらずはいからな趣味じゃな!」
思わず驚いてツッコミを入れてしまった”ご隠居”と私は同じ気持ちだった。
ヘビメタ!?え、この着物が似合う和服美人が!?冗談でしょ!?
しかし、まだまだ女将さんの衝撃的な告白は続く。
「そのバンドは、彼女の歌唱力の高さもあって結構評判になって、CDも出したりして・・そんな中、ある日野外会場を借りてライブをすることになったんです。」
初めての本格的な野外ライブ。女将さんはもちろん、今は亡き彼女もまた、初めての経験に興奮してたらしい。
「―そんな中、あの事件は起こったんです。」
初めての野外ライブは、前半までは大成功だった。しかし、休憩を挟んでいざ後半という時になって、急に雨が降り始めた。しかも、かなり激しい豪雨だったため、会場スタッフからはライブを中止した方がいいとも注意された。彼女も、そんなスタッフの様子を見て、ライブは中止しようかと言っていたらしい。しかし、初めてのライブで興奮していた女将さんには、そんな雨のことなど頭に入っていなかった。渋るすスタッフと彼女を説得し、後半のライブは雨の中行われることになった。最初は反対していた彼女も、ライブが進むにつれ、次第に興奮していったという。
―そして、それが最悪の事態を呼んだ。
興奮した彼女は、ステージでのパフォーマンス中に足を滑らせ、ステージから転落。もちろんライブは即座に中断され、すぐに救急車が呼ばれる事態となったが、打ち所が悪かったのか彼女はそのまま意識を取り戻すことなく息を引き取ったという。
「あの子は、きっと今でもあの時ライブを続けようと言った私のことを恨んでいるんです。初めて私が自分の部屋であの子の声を聞いた時、そう確信しました。あの子は、未だにシャウトし続けていたんですよ。あの時私が最後に聞いた声、そのままの声で・・・。」
月曜日は、幽霊とのご対面です。